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 ローランドを捕獲してから一時間後。


 私とローランドは少し離れたところから隠れて王太子の様子を窺っている真っ最中である。



「なんだ。ふっつーじゃん」

「おいっ!」



 あの方が王太子殿下であるとローランドに聞いてから、私がその王太子サマに対して持った印象はザ・普通。漫画や小説みたいにキラキラした人間を想像することなかれ。見た目でいえば、普通の中の普通。普通過ぎてこの中で王太子を探せと言って一般人の中へ紛れ込ませても分からなくなる自信があるくらい普通。



「さっきから普通普通普通普通と。一度ならず何度も連呼するとは何事だっ! 貴女はやはり宰相派かっ!?」



 だーかーら、宰相派かそうじゃないかって言ったらそうなのかもしれないけど、それは不本意な合意による意思表明があったからで。


 それに、あんただって相当数連呼してるよ。



「ローランド?」



 ほーらみろ。こっそり見るだけのはずが、見つかっちゃったし。



 ローランドの大声のせいで私達が草陰に隠れていることに気づいた王太子さまがこちらへと歩いて来た。


 間近で見ても第一印象は変わらない。


 ある意味安定の普通さだ。好感さえ持ててきた。



「殿下。こちらは例の魔術師殿です」

「初めまして、王太子殿下。私、氷室朔夜と申します。皆にはサーヤと呼ばれております。以後お見知りおきくだされば光栄でございます」

「あ、あぁ」



 胸に手を当て、膝を折って臣下の礼をとった私に、王太子は目を瞬かせた。


 正確にいえば、私の上司は宰相であるシーヴァなのだが、上司の上司はこれまた上司であるという法則に従って挨拶をしておくにこしたことはない。それに、リュミナリア王国に居を構える者としてはその国のNo.2には従っておくのが得策だろう。たとえ、王太子として宰相や神官長に認められていないとしても、だ。



「ちょっと手がかかりそうな問題が別にありそうなので、単刀直入にお聞きしますね。貴方と恋仲にあるというご令嬢はどちらの方でしょうか?」

「おいっ!」



 すかさず後ろからローランドに羽交い絞めにされ、口まで大きな手で抑え込まれた。


 だもんで、こっちもすかさず頭を僅かに前に倒し、勢いよく後ろに振りぬいた。身長差があるおかげで顔面には当たらないことは確認済で、見事に鎖骨の所にヒットした。優しかろう?


 それでも骨があるのだから痛いものは痛い。怯みを見せた瞬間に手をまっすぐに上に突きあげ、スッと身体をしゃがませ、拘束から逃れた。


 振り返ってローランドを見ると、こらえようとしてこらえきれていない痛みに顔を歪ませている。それを見た王太子がどうしたものかと困惑した表情で私とローランドを交互に見てきた。



「フェリシア嬢に何かするつもりなのか?」

「いえいえ。私の役目は貴方とご令嬢の噂の火消し役。けれど、ここまで広まっているならもうそれも無駄なこと。もうこの際火消しよりも炎上させてやればいいかと。婚約まで持っていって堂々とすればよろしいでしょう。いえ、決して面倒だとか、他に手がかかるんだとか、そういう問題ではないですね、えぇ、全く」

「……後半ひっかかる物言いだが……味方になってくれるのはありがたい! フェリシアはとてもか弱くて、俺が守ってやらなければいけないんだ。今もこうしている間に他の令嬢にいじめられているかもしれないと思うと……うぅっ、哀れでたまらない」



 王太子は表情をさっと明るくさせたかと思えば、愛しい恋人のことを頭に浮かべ、胸をおさえて苦悶の表情を浮かべた。コロコロとよく変わること。


 ただ、一点。どうしても確かめておかなければいけないことがある。



「……殿下。どなたか他の方とご婚約はされておいでですか?」

「ん? ……いや、国内の令嬢と婚約はしていたんだが、向こう側から破棄された」

「……ほぅ。それはそれは」



 王族が絡む婚約はそんじょそこらの婚約とは訳が違う。貴族同士のもの以上に様々な思惑が絡みあい、時には国すらも動かす。それを王族側でなく、相手側からとは……なかなかな修羅場があったと勘ぐっても間違いじゃないだろう。



「おい。殿下に対して無礼ではないか?」

「ローランド、気にしなくていい。それよりもサーヤと言ったか、本当にフェリシアと婚約できるんだろうな?」

「逆にお聞きします。リュミナリア王国第一王子レオンハルト王太子殿下、件のご令嬢がどのような方であれ、一生添い遂げられるお覚悟はおありですか?」

「……もちろんだ」



 魔術師が問い、王太子が真顔で頷いた。言質はとった。



「分かりました。貴方がそうおっしゃるのであれば、王国にお世話になっている身のこの私の持ちうる限りのすべを使って必ずやお二人に祝福への道をお届けいたしましょう」

「本当か!? ありがとう!」



 これはいけないなぁ。仮にも一国の王太子が昨日今日会ったばかりの魔術師を信用し、言質を取らせるなど。


 ユアン様やシーヴァ様の言う通り、彼にはもっと教育的指導がいりそうだ。



 それでは一度失礼しますと踵を返した私は、舌で唇をぺろりと一撫で舐めた。



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