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「姉さん、聞いて聞いて!」

「分かった分かった。とりあえず落ち着いて」



 私の横に滑り込んできて腰を下ろすやいなや、腕を引いて体を寄せてくる由貴の膝をポンポンと優しく叩いてなだめた。

 気分はペットの飼い主のそれに近いかもしれない。

 構って欲しくて駆け寄ってくるワンコ。……あらやだ、可愛いじゃないか。

 中身は城の自分の部屋に拷問道具置いとくようなぶっ飛んだ子だけども、片鱗さえ見ようとしなければ可愛いもんだ。うん、可愛い可愛い。


 ピョコピョコと体を上下に揺らす由貴は興奮が冷めないのか、一瞬たりとも動きを止めようとしない。

 本人的にはよほどの大収穫だったようだ。



「それで? 何か分かったの? やけに早いけど」

「あのねあのね、魔物はつい最近現れるようになったみたい! それとほぼ同じ頃に妙な恰好をした男も街に現れたって!」

「男?」

「あぁ。道化師のような恰好で、長い笛を吹いてたらしい」

「なんだそれ。ハーメルンの笛吹き男みたいだね」

「あ、そうそれ! 僕も思ったんだぁ!」



 我が意を得たりと由貴は満足そうに顔をほころばせた。

 初めて会っただろうローランドを少しも気にかけず、べったりと甘えてくる由貴を相も変わらずおっさんは気味悪さげに見ている。



「その笛吹き男が魔物を呼び込んでいると?」

「うーん。まだそうと決まったわけじゃないけど、その可能性が高いだろうね」



 ローランドも紹介されないことをそこまで気にした様子はなく会話に入ってきた。

 私のことを異世界から来た魔術師って知ってたってことは、たぶんジョシュアのことも知っているんだろう。彼も幼いが故に私にしっかり甘えてくる。それと似たようなものだと思っているのかもしれない。


 紹介の手間が省けるならそれもよし。


 とりあえずはこの魔物問題を話し合うことが先だろう。



「どうするんだ?」

「この件に関してはユアン様達に一応報告を上げてみるよ。とりあえず、王太子の身の安全はこの人が守ってくれるだろうし」

「当然だ。王太子殿下は俺がこの命に代えてもお守りする」

「らしいから。そっちは任せるとして」

「ん? 他にもまだ何かあるのか?」



 おっさんが眉をひそめた。

 あまり由貴をそこかしこに連れ回りたくないと顔に書いてある。


 大丈夫。安心しな。迷惑はかけないから。


 ……おっさんには。


 二コリと笑い、その名を告げた。



「オルコットさんのとこ」

「お前はまだ諦めてなかったのか!」



 途端に先ほどまでの勢いを取り戻すローランド。


 慌てて席を立とうとする私を引き戻しにかかってきた。



「え? 諦めるなんて私、言ったっけ?」

「え? 姉さん、誰か拷問する? 鉄の乙女貸そうか?」

「あれは罪人にのみ使うと約束していただいたはずです!」

「姉さんをわずらわせる奴はみーんな罪人だよ。ね?」

「いや、それは違うと思うよ」



 だって、それを言ったらユアン様達だって十分対象者、にはならないかぁ! 

 うん、ならないね!


 ……なんだろう。一瞬寒気がした気がする。風邪の前触れ、だよね? そうだよね? ユアン様に伝わったなんて恐ろしいこと、間違いでも困る。非常に困る。

 だったら言うな考えるなって話だけど、こればっかりはどーしようもない。この辺自分の気持ちに素直になるって素敵だけど怖いなぁって思う。


 ……あ。

 そういえば、いるじゃん。適任者ならぬ抹殺対象者リスト不動の一位。



「由貴、今度貸してくれる?」

「うん! いいよ! むしろ僕がやってあげる!」

「うーん。魔族相手だからなぁ。しかも腐っても元天使だし」


「それよりっ!」 



 おっさんが酷く苦いものを噛んだ時のような苦々しい表情を目を固くつむって浮かべつつ、私達の会話を大声をあげて途切れさせた。

 私と由貴の視線が自分に向いたことが分かるとフゥッと息を大きく吐いた。



「いいのか? 学園内を回れるにも時間が限られているだろう?」

「あ、そうだね。こんなことしてる場合じゃないや」

「……感謝する」

「いや。いいってことよ」



 すぐに話を移す私をおっさん二人が生温かい目で見てくる。


 ローランドがおっさんに向かって頭を深々と下げた。

 それに肩を数度叩いて答えるおっさん。


 なんだなんだ? 騎士同士しか分からないような心の無線ラインでも持っているのか?

 まぁいいや。こっちは神様とのホットラインあるしね。シンだけど。だから羨ましくなんかないよ。シンだけど。


 ついさっきまでここにいたシンの姿はない。

 ジョシュアの様子を見に、リュミナリアに戻ったか。

 本当にかゆいところに手が届くというか、頼みたいことを事前に察知してくれる便利……あ、いや、ユーシューな神様だよ。



「さて、本来は王太子殿下とお相手との密会のもみ消しが任務だからね。さすがに顔は知っておかなきゃかな」

「王太子って、あの王太子?」

「会ったことある?」

「まぁね。でも正直覚えてないなー」



 あの、っていう前置詞が気になるところだけど、そこは上手く掘り返した方がいいのかな?



「一つ聞いてもいいか?」



 ローランドが律儀に片手を挙げて質問の許可を求めてきた。


 真面目だなぁ。まぁ、だからこそ隠密に選ばれたんだろうけど。



「なに?」

「彼らはもしや……」



 ローランドの視線が由貴とおっさんに向かう。


 やっと興味が出たというか、聞く気になったらしい。


 えっと……あれ? おっさんの名前、そういえば私知らないや。

 ま、いっか。名前で紹介しなきゃいけないわけでもなし。



「こちら、隣国の女王陛下とその腰巾着」

「えっ!?」

「こ・の・え・へ・い!」

「近衛兵だって。やっぱり出世したんだねー」

「お前を連れて行ったから俺の日常がおわ……様変わりしたんだよぉ!」



 おっさんが若干涙目になりながら辺りに響き渡るくらいの大声で叫んだ。

 それを耳を押さえてやり過ごす。


 心外だなぁ。私はあの時、城に連れていくって言うおっさん達の指示に従っただけで。そりゃあ、大人しくはしなかったですけどね? えぇ、思いっきり抵抗はさせてもらいましたとも。

 だからといって、結果が出世だなんて、感謝されこそすれ、避難される覚えはないなぁ。


 つまり、何が言いたいかと言うと。

 自分だけ平穏な日常を過ごせると思うなよ。平穏な毎日、ずるい。道連れだ。


 二コリとそれを含めた笑みを見せると、おっさんにも伝わったのか、ヒクヒクと唇が戦慄わなないた。



「……貴女は一体……」

「ん? 異世界から来た一般的な魔術師だよ」



 ローランドはそういうことが聞きたいんじゃないと思うけど。どうして一介の魔術師が隣国の女王とこんなに仲睦まじげに過ごしてるのかってことだろう。

 でも、こればっかりは運命の悪戯としか言えないよね。


 まぁ、そんなことバカ丁寧に一から教えてあげる義理はまだない。

 代わりにもう一度口角を上げてやり過ごした。



「こんなあらゆる面において規格外な魔術師がいてたまるか!」

「……同感だ。いや、もっと言ってもいい」



 おっさんの叫びに、ローランドもうんうんと頷いている。



「いやー。照れるね」

「「いつ誰が褒めたっ!」」



 おっさん二人の声が見事にシンクロした。


 その後、おっさんの名前ってなんだっけ?と真顔で聞く私に、おっさん、もといダグラスは肩を落としてぼそりと呟くように名前を教えてくれた。


 いや、ホントごめんてば。

 今度チロルチョコみたいなチョコあげるから。向こうの世界だと五円ならぬ二円チョコだけど、言わなきゃ分からない。


 言わぬが花、よくあることだよね。



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