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「サーヤは何もしちゃダメ」


 養い子からそうきつく言い寄られ、分かった分かったと了承してから早五分。

 待つことに早々に飽きてきた。


 そしてできれば目の前の人物から逃げ出したい。


 シーヴァと一緒に貴族達の締め上げに行くかと思われたユアンは私の目の前で優雅に紅茶を飲んでいる。


「……シーヴァ様と一緒に拷も……尋問しなくて大丈夫なんですか?」

「君が今、何と言いかけたか尋問してもいいんだけどね」

「是非ともご温情をください」

「別に僕は必要ないでしょ。元々政治に関することは彼の領分だしね。僕は神官長としての祭事と外交が主な仕事だから。情報収集はただの趣味だよ」

「ほ、ほぉ?」


 ただの趣味で人を恐怖の渦に陥れることができるほどの情報量の豊富さと正確さを兼ね備えたモノを手にするのかぁ。……どうしよう。私が知ってる趣味と違う。辞書の改訂を要求しなければいけないかもしれない。


「それに、今回は漏れた情報が王太子のもので早急に手筈が必要だったから自白剤なんてものを作ったけど、本当なら隣国での君が起こした例の逆さ吊り事件の時みたいにじわじわと相手の反応も楽しみながら尋問していく方が僕の好みだしね。ペラペラとしゃべってくれるようじゃ面白くないもの」


 おっと、ザ・魔王的発言いただきましたー。

 ほんと神職ってなんだっけ?神官長と書いて魔王と読め的なアレかな?


 少なくとも、いくら適任者が他にいなかったとはいえ、前任者、後継選ぶの間違ってんぞ。この人は選んじゃいかん人種ですやん。むしろなんで神殿に入れてみた?神殿で神に仕えたらその性格も少しは治るだろう希望的観測ありき?いやいや、むしろ神々しいまでの黒い光を放っておりますが。まだご存命であるならば、そこの部分について今度よーくお話し合いなんぞをしてみたい。


 とりあえず、ジョシュアが離れたところで料理長とせっせと料理作りに励んでいるようで良かった。


 あの子には曲がらず純粋に大きくなっていって欲しい。

 こんな反面教師にしがいのある人材ばかり揃っていて、しないなんて勿体ないことはさせないよ?


 もちろん、私もその反面教師の一員だという自覚はある。実に正しい自己分析だと思う。

 まぁ、一癖も二癖もあるような輩じゃなきゃ、王宮で蔓延る勢力争いに巻き込まれて、気づいたら妙な立ち位置に立たされていました、どうしよう!?ってことになりかねないからね。このまま現状維持でいきたいと思います。


「そういえばさ、サーヤは恋を知ってる?」

「鯉?」

「うん、なんとなく僕が予想してるものじゃなさそうだってことと、知らないってことは分かった」

「なんですか。鯉くらい知ってますよ。鯉こく美味しいですよ?」

「あーハイハイ。君にこの話題を振った僕がバカだった」

「……熱でもおありで?」

「熱?ないけど?」


 あのユアンが、どれほど自分が悪かろうが、決して自分を貶めず、白を黒、黒を白にする男が、己をバカだと蔑んだ。

 言った本人にしてみれば周囲が言うのと変わらない軽口のつもりでも、聞いた方は耳を疑うこと請け合い必須。


 家に帰ったらきちんと耳掃除をしよう。それから彼には疲れのとれる薬草を煎じてあげるべきだろうか。そういえば、自白剤を作るために少々無理をしていたのかもしれない。そうだ、そうあって欲しい。……でなければ天変地異の前触れかもしれないなんて発想がシャレにならない。


 ユアンは引きつった笑みを浮かべる私を可哀想なものを見る目で見てきた。


「何でそんなこと聞くのか気になるけど、まぁいいや。それでさ、ちょっと君、王太子の遊学先まで行ってきてくれない?」

「王太子の?……それまた何で?」

「ふふふ。あのヘタレ、僕達が必死で仕事してる間に呑気に遊学先の令嬢と仲良く恋愛してるんだって」

「へ、ヘタレ……王太子も一応遊学先でなら多少の自由も許されるのでは?」

「お忍びで、それもバレないようにするなら、ね?一応王太子として遊学してるわけだから、その一挙手一投足を国の代表として見られるんだよ。それに、今回のは完全にしでかしたことに対する罰的な意味での遊学なんだから、大いに反省してもらわないといけないのに、何を楽しもうとしてるんだか」


 な、なるほど。

 つまり、自分が働いてるのに、相手が楽しく過ごしてるのが面白くない、と。自分が働いてるのにって部分が重要だと思う。だって、たぶん自分も休暇を取っている間だったら完全に放置してたと思うしなぁ。


 しかもユアンさん。自国の王太子つかまえてヘタレって……。


 どことなく同情心を覚えると同時に、彼が起こしたというコトに俄然興味がわいてくる。誰に対する同情心か、なんてことは言うだけ野暮ってものだ。


「彼には存分に仕置きを受けてもらわなきゃね」

「……さすがにお世話になってる国の王太子にアレコレするのは」

「君に拒否権、あったことあった?」

「……ないです、ハイ」


 私が観念して白旗を上げると、ユアンは遠くから見るだけなら見るモノを魅了する笑みを浮かべた。あくまでも、見るだけ、なら。

 しかしてその実態は魔王にすら匹敵する邪悪さを持った人間版魔王の獲物を捕らえた時の笑みだ。この人が神官長だというのだからこの世界の神様は騙されていると思う。


「それでね?君にやってもらいたいことなんだけど」

「あんまりひどい事は止めてくださいね?」

「何言ってるの、君、今までだって十分なことしでかしてきたでしょ」


 ちょっと待って、と声を大にして言いたい。

 私は別に無害な人達に無差別に襲いかかるようなことはしでかしていない。


 ……まぁ、由貴の国での宿屋水浸し事件は思うところがないわけではないけど。それは今はノーカンで。


 しかも相手は絶賛青春中のこの国で二番目に偉い人だ。

 権力に屈するわけじゃないけど、先程から王太子殿下に対しての同情具合が限界突破しそうで怖い。


「別に別れさせろっていうわけじゃないよ。さっき君が言ったとおり、多少の自由はあるからね。君には王太子の密会がバレそうになったらそれのもみ消しをして欲しいんだ」

「もみ消し、ですか?」

「そ。何かと他国でそういう噂を流されると後々面倒だからね」

「まぁ、確かにそうですね」


 主に結婚問題とか。別に他国から嫁取りは珍しくもなんともない。確か、この国の王妃様も他国の王女様だったはずだ。しかし、それは相手側の背景がクリーンだった場合。グレーな部分も許されない王族の婚姻であればユアンやシーヴァがピリピリとするのも頷ける。


 しかし、そうなると一つ疑問が残る。


「えっと、先程おっしゃってた仕置きには関わらない方向で大丈夫ですか?」

「あぁ、そっちは別口で適任者がいるから問題ないよ」

「適任者、ですか……」


 なんだろう?嫌な予感がする。


「できたよー!」


 ジョシュアが私とユアンが座っているテーブルまで駆け寄ってきた。

 その顔は一仕事終わらせた達成感で輝いている。


 ……ジョシュアや、お前はそのまま素直に育つんだよ?

 まかり間違っても私達のように癖の強い人間をマネしちゃいけません。


 ジョシュアの代わりに料理を運んできてくれたリヒャルト達と一緒にその料理は美味しくいただきました。


 厨房の影からそっと見守る料理長の姿がまるで独り立ちする息子を見るように温かい。

 彼には今度礼として何か贈らねばなるまい。彼のおかげで私は今、ジョシュアの嬉しそうな顔を見ることができ、先程まで魔王サマとお話合いなんて背筋も凍る時間を過ごしていた私にとってなんとも幸福な時間を過ごすことができている。


 とりあえず、育毛剤でいいですか?



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