かの肩書き、王太子なり

1



 リュミナリアの王太子が遊学という名のもと魔王サマ二人にお尻を蹴られて送り出された国は、地図上ではステラではなく由貴がいる方の隣国の西南に位置する。

 その国では学問・研究が発展しているらしい。昔から著名な研究者・学者を有し、多くの子弟の教師となれる人材が豊富だったことから、世界でも指折りの学園を設立した。そこが王太子の遊学先に選ばれた学園だ。


 学園のすぐそばにある街の外れに設置されている転移陣を使い、その国へやってきた私。

 今の役回りはあてもなく彷徨さまよう旅人だ。


 街に入り、それとなく人々の会話に聞き耳を立てる。


 少し歩くと、色々な出店が並ぶ市場を見つけた。食料品だけでなく、日用品や文房具など数ある出店のうち、店主が暇そうな店に当たりをつけ、近づいた。


「それ、もらおうかな」

「はいよ。もうすぐ店じまいだからまけといてやるよ」

「本当?悪いね。……そうだ、今、この街で流行っている噂とかって何かある?」

「お客さん、旅の人かい?」


 店主は品物を包みながらチラリとこちらを見てくる。


「まぁね。さっきこの国に着いたばかりなんだ。一応流行には乗っておかないとね!」

ちげぇねぇ。ほら、あそこ、見えるか?」

「うん?」


 店主が指さす方を見ると、遠くに尖塔が見える。


「ありゃあ、この国一番の学園で、そこにはこの国の王族だけじゃなくて、他所の王族も留学に来てんだ。その中のリュミナリアの王太子が今、この国のある令嬢に夢中っていうじゃねーか」

「へぇー」


 リュミナリアの王太子が恋に落ちている。


 隠密として秘密裏につけられた者はとても優秀だったようだ。王太子の一瞬で過ぎ去る素晴らしき青春を謳歌させてやろうと頑張ったに違いない。


 この国に実際に来て、予想外に学園の外で噂が広まっており、思ったことがその二つ。


 この様子だと、学園内部ではその隠密は火消しに回り、なんとか魔王サマ達の耳に入らないように情報操作に奔走している。

 しかし、人の口に戸は立てられない。何者かが学園外でわざとかどうかは分からないが、その話を持ち出した。娯楽を求める人々はそれに飛びつき、噂は別の魔王サマの子飼いへ。晴れてあの二人の耳に入ったというわけだろう。


「その令嬢だけど、どこの令嬢か知ってる?」

「そこまで俺も知らねぇなぁ。リュミナリアの王太子は深窓の王子って以前から評判だったんだ。きっと相手もフォークとかナイフより重いものを持ったことがないような箱入り令嬢だろうさ」

「そっか。ありがとう。宿の手配があるからこれで失礼するよ」

「おぅ。あ、そうだ。ついでに教えといてやるぜ。この大通りから向こう、夜は出歩かない方がいいぞ?」

「なんで?治安でも悪いの?」


 店主はガリガリと頭をかいた後、出し抜けに声量を落とした。


「治安って言やぁそうだんだろうが。……出るんだと」

「何が?」


 私が尋ね返すと、求めていた反応ではなかったのか、不貞腐れたように口を尖らせた。


「何がって決まってるだろう?魔族だよ。何体か目撃情報もあって、死人も出てるらしい」

「へー」


 さすが異世界。出ると言っても幽霊やゴキブリと同様の列に魔族が追加されるなんて。元の世界でそんなこと言いだした日にはどこの厨二病患者だとツッコまれること間違いない。


「へーってなぁ。まぁ、とにかくお前も旅先で死にたくなけりゃ近寄らないこった」

「肝に銘じておくよ」


 とても有益な情報をくれた店主にヒラヒラと手を振り、その場を立ち去った。


 正直、王太子の恋愛云々より、こちらの情報を仕入れた方がいいような気がする。各国の王族の子弟が集まる学園のすぐ近くで魔族の出現。そして少なからぬ被害。

 その件についてはユアンも言っていなかった。放っておいていいことではない気がするけど。


 とりあえず、学園内に出入りできるように何か策を考えないとなぁ。


 普通に見学する感じでも私の外見年齢的には大丈夫だと思う。

 ただ、それだと色々な手続きがいるだろうし、そういうのは極力避けたい。


 さて、どうしたものか。



 ……うん?アイツは確か……。


「……ゲッ」

「あぁ!由貴の手駒のおっさん!」


 道の反対側から歩いてくるのは、由貴の国で私を拉致って城まで連れて行ってくれたおっさんじゃないですか。


 どうして方向転換して逃げようとするんだい?悲しいなぁ。


 というわけで、そこでストップ、アンド、ステイ。


「……やぁ、こんにちは」


 おっさんが立ち止まらされた場所までゆっくりと歩いた。

 真正面に回り込むと、まるでこの世の終わりみたいな顔をして立っているじゃあるまいか。失礼な。

 まだ挨拶しただけだというに。まだ。


「ここで会うなんて奇遇だなぁ。何してるの?」

「べ、別になにも……」

「へぇ?サボり?」

「違うっ!」


 冗談だよ、冗談。


 理由を話すまで私が解放する気がないのを悟ったか、おっさんは深い溜息をついた。


「……明日、あそこの学園では保護者の見学が認められる日になってんだよ」

「ふぅーん」

「もちろん保護者だけじゃなく、将来的に子供達が仕えることになる王族達も中には来るところもある」

「ほうほう」

「で、うちのワガマ……女王陛下も視察に行きたいとごねたんだ」

「へー!」


 由貴も明日来るんだ。なーるほど?

 ふむふむ……いーこと思いついちゃった!


 リュミナリアからは誰が来るか分かんないしね。

 治安もなかなか悪くなってるみたいだから、シーヴァとかが国王夫妻を直接行かせるのは止めそうだし。


「……おっさん、取引、しよっか」


 ニッコリと笑って見せた私に、おっさんはゴクリと重々しく唾を飲み込んだ。



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