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 まさかの婚約イベントが終わり、私達は国に帰ってきた。

 ステラシアとは手紙を書くからねと言って泣いて別れましたよ。


 別れ際に新しく王太子となったキドラク殿下に


「今度じかにお会いするのは我々の婚約式になるでしょうね」


 そう言われていた時のステラシアの顔は絶望に染まり、それを見てキドラク殿下はイイ笑顔で笑っていた。



「サーヤ!お帰りなさい!」

「ただいま。いい子にしてたか?」

「うん!」


 王宮の入り口につけられた馬車から降り立つと、ジョシュアとミハエル、エンリケが出迎えてくれた。


「ご苦労様でした。万事つつが無く行えております」

「そうか。お前もご苦労だった」


 リヒャルトの代わりに神殿騎士をまとめていたのはエンリケだったようだ。彼は得物さえ持たなければすごく気弱な青年なのに…刀や銃、その他諸々の武器を持つだけで人格豹変ひょうへんする。

 死の番人程ではないにしろ、戦闘大好きっ子になるだなんて…どんな幼少期を送ってきたのか少々心配になるよ。


「ほら、渡すんだろう?」

「う、うん」


 ミハエルに何やら促され、途端にもじもじしだすジョシュア。激カワです。なに、なんなの?何を渡してくれるの?ていうかジョシュアからもらえるもんならなんでも嬉しいんだけど。


「これー」

「ん?」


 しょうたいじょう?招待状か?


 ジョシュアの筆跡だからこれはジョシュアが書いたものに間違いないとして…なんの招待状だ?


 ミハエルを見ると黙ってニコリと笑っている。…なんか自分は全て分かってますから的な微笑みむかつく。


「そういえば今日はユートリアの日でしたね」

「ユートリアの日?」


 ユートリアの日って確か…あ。異世界版母の日。

 ごめんよ、お母さん。こんなにも子供からの贈り物って嬉しいものだったなんて。いっつも何事もなく終えてたもんなぁ。


「今日は僕がご飯作るからね!」

「うん、ダメです」

「えっ!」

「え?」


 だって料理ってなかなかに怪我の心配とか火傷の心配とかあるんだよ?キッチンは女の戦場とはよく言ったもんだ。そんなヒヤヒヤさせられる状態で私がなんの手も出さずにいられると思うか?思いません。


 ジョシュアもまさか断られると思っていなかったのか口をパカッと開けて私を見上げている。でも次第に言葉の意味を理解したのか泣く三十秒前くらいの顔をしてきた。そんな顔をしてもダメなものはダメです。


「ひ、一人っきりじゃなくとも、誰かと一緒にやればいいのでは?」

「私がやってもいいのか?」


 ジョシュアはフルフルと首を横に振った。なんだ、このフられました感。


「シン、一緒に…」

「神様をそんなことに使うんじゃないよ」

「…はぁい」


 そんなこと…料理よりもさらに下らないことに使ってるけどね。お使い行ってきてとか、留守番とか。言わなきゃ分からんから黙っとこう。


 そしてシン、ちょっと感動したみたいな顔やめろ。バレるやろ。


「王宮の料理長に頼んでみましょうか。彼ならジョシュアでもできるような簡単な料理を知っているでしょうし」

「なるほどね。それなりに厨房も広いから邪魔にもならないし」


 魔王サマ達の言うお願いは常ならば脅迫といってお願いとは言い難い。だけどそれを知らないジョシュアは期待に染まった眼をして二人を見つめている。


「そうと決まれば厨房へ行きましょう。サーヤ、頼みましたよ。私達も後から行きます」

「あ~了解です」


 はいはい、アレですね?まったく、人使いの荒い。


 もうちょっとくらい休ませてくれたっていいだろうに。

 そうは口に出して言えない悲しさよ。





「……というわけで、さっさと飲んで下さいませ」


 一足先に転移陣で転移した私は、各大臣達や近衛騎士団長、それに名だたる名家の当主が雁首がんくびそろえている場を狙い、恒例の朝議が行われている謁見の間において、隣国でクロード第一王子から聞き出した情報を報告した。


 そして、隣国で作成したばかりの飲み物を一人一人のグラスに注いで回る。

 見た所淡く金色に輝くその液体、またの名を自白剤とも言う。それも改良に改良を重ねられ、悪意ある嘘をつく時以外はなんの効果もない、ただのシャンパンに似た炭酸水となっているのでご安心を。


 恐ろしいのはその作成者がユアンというところだ。言わずもがな、彼が考えついた拷も…調きょ……んん!スバラシイ道具は悪意ある嘘をつくと簡単に分かるようになっている。おそろしいブツだ。


「別に飲まなくてもいいですけど、飲まないなら飲まないで別の対応がありますよ?たとえば……」


 言葉を言い終えることなく、大半の者達がグラスを手に取り、一気に飲み干した。


 それをしない、できないのは腹に一物ある人物達だけ。

 冷や汗をこめかみから垂れ流し、周囲から集まる疑惑の視線に耐え切れず俯く男達数名。いずれも今回もたらされた情報に関係する者達ばかり。これが何を意味するかなど、火を見るよりも明らかだ。


「今まではあの公爵がいたから隠れ蓑にできてたけど、そうもいかなくなりましたねぇ。隣国へリュミナリアの情報を流す、それもその情報は遊学中の王太子について。これは安全上、機密とされているのでは?」


 これが国内の情勢についてだったらまだ上辺だけの相互情報交換とかいって言い逃れできたんだろうけど、事は王太子の滞在先、護衛の人数にまで及んじゃってるからね。


 そんな情報を隣国にしろそうでないにしろ入手した裏世界の連中はどのような行動にでるでしょうか?定かではないけど、到底無理な金額をふっかけるために拉致監禁に走るに違いない。最悪、まだまだいそうな反王太子派の人間に殺しを依頼されたり、とか?

 そんなしなくてもいい心配を抑えるために必要最低限の情報しか与えられていないというのに。困ったものだ。


「私はこれから養い子が料理を作ってくれるそうなので、これで退席します。自白剤、効果が切れるまでシーヴァ達の尋問がないといいですね」


 扉の前で待機してるだろうから逃げるなんて無理だろうけど。


 あぁ、それと。


「これ、返してもらいますね?」


 首から下げていたペンダントを服の下から取り出して見せた。


 これは大事な養い子が巣立つ時に渡すプレゼントです。断じて見ず知らずの暗殺者共に渡した覚えなどありませんからね。


 国の守りの要にするから結界術の中心となっている石の側で保管したいと申し出られたこのペンダント。国の守りになるならと王宮に貸し出し、魔力を込める時だけおもむいていた。最近は忙しくて行けていなかったから、その隙を狙われたのだ。


 私もまだまだ修行が足りないということか。罠の一つや二つ張り巡らせておくんだった。


 でもまぁ、これはすでに終わったこと。


 情報漏洩ろうえい、特に王族にまつわるソレはいかな者とて厳罰必須。

 弁明する場を作ってもらえるといいですね。


 では、私はこれで。


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