5
リュミナリアは決して強大な国というわけではない。
むしろ穏やかな気候と国民性。冷ややかな風が流れているのは国の上層部だけだ。
だからこそ、他の国、特に国の政に関わるようになってさほど時が経っていない者が多いほど勘違いするところが多い。
リュミナリアは容易にくみしやすい国だ、と。
確かにそれらの国々の過去の重鎮達が最前線で陰謀まき散らしていた頃はそうであったかもしれない。
だがしかし、忘れてもらっては困る。今の宰相が誰なのか、今の神官長が誰なのか。
恐らく歴史に色んな意味で名を遺すことになるだろうシーヴァにユアンだ。
くみしやすいと、若輩と、誤った理解と侮りは自分達に最上級の手痛い仕置きをもたらす。
内部ですら容赦を知らぬ彼ら。救いなのは国に一応の忠義は尽くすところ。もし仮にそれすらなければ彼らはとっくの昔にこの国の乗っ取りをたった二人だけででもやり遂げるだろうし、実際それだけの手腕がある。
故に国益とならぬ相手に受けた侮辱その他諸々はしっかりきっちり返している。
相手の破滅という逃れられない運命を。その酷薄な笑みと共に。
「こんなものでどうでしょう?」
「うん、いいんじゃない?」
ユアンは長椅子に座り、にこやかに微笑んでいる。
喉が乾いたというユアンにリヒャルトは部屋の隅に用意されていたティーワゴンに近づき、静かに用意をし始めた。
さすがに部屋のシャンデリアに侵入者達を宙吊りのままというわけにもいかず、面倒だが降ろした彼らは今、部屋のこれまた隅に山のように積み上げられている。
こうやってみると、さっき悲鳴を上げて出て行った侍女さんの気持ちが分からないわけでもないなと反省できる。
いや、確かに怖い。
死体の山みたいだもの。でも死んでないから、セーフだよセーフ。
「色んな方面では死んでるようなものでしょう?」
「実質生きてるんですからいいじゃないですか。その後に関わるわけじゃないですし」
「ま、それもそうですね」
シーヴァは肩をすくめ、手元の本に目を落とした。
見間違いじゃなければその本のタイトルは“使えない部下を抹殺する方法”。
…………仕事頑張ろう。
というか、その本を執筆した著者、何があったのさ。どんだけ心に深い闇抱えてんの。
「いやぁ、遠く離れた国ならいざ知らず、隣国でこんなナメた真似しかけてくれるなんて。驚きだよ」
リヒャルトから程よく冷めたティーカップを受け取り、ユアンはその匂いを嗅いだ。
自分の好きな種類の茶葉だったらしく、口元にさらに笑みを浮かべている。
しかし、目線だけは山積みとなった襲撃者達をじっと見ていた。
「この国の国王も頭が痛かったのでしょうね。そうでなければこうも早く決断なんてできなかったでしょうから」
「自分が出した王命での婚約をああも国賓が集まる場で堂々と破棄しようとしたんだ。日頃からそういう気はあったんだろうしね」
「全く。愚か極まりない。我らがリュミナリアの王太子がそのような真似しようものなら教育的指導を叩き込んでいるところですね」
「あの、今まで深くは聞かなかったんだけど、リュミナリアの王太子殿下は……」
「国外で遊学中ですよ」
「うん、それは知ってますけど」
「あぁ、少々おイタが過ぎたのでね。我々が仕えるに足る優秀な人物になってもらわないと困りますから」
おいおい、なぁにをやらかしちゃったのさ、王太子殿下は。
部下として仕える主が無能だったり、冷酷・暴虐なヤツだったりしても悲惨だけど、逆パターンもしかりなのね。しかも、それが二人分。私だったら、遊学中に深い谷底に落ちて不慮の事故を演出して逃亡一択だわ。
そんな自分だったらこう逃亡するという算段をつけていた時、部屋をノックする音がした。
決して人が訪れてはいけない時間ではないが、それでもまだ早い。
この三人が部屋にいるのはひとえにこの三人がいつ寝ているのか分からないほどの朝型人間であり、私もそれに合わせているだけに過ぎない。
まぁ、叫びながら出て行った侍女もいたことだし、侍従あたりが様子を見に来たんだろう。
「はい」
「大丈夫ですか!?あなたが襲われたと聞いて!」
外には大急ぎで来ましたとでも言わんばかりに息を乱している王太子、あ、間違えた。
元・王太子のクロード殿下がリリアン嬢と身を寄せながら立っていた。
あら、素敵。カモがネギ背負ってやってきたぞ!
今の段階ではブラック確定してるけど、あなたの頑張りでは周りの目にはグレーに映るくらいには言い逃れできるからぜひとも頑張って根性見せて欲しいところだ。
……この二人を相手にいつまで持つかは分からないけどね。
そもそも、さっき悲鳴を上げて出て行った侍女さんには何も告げていないのに、何で分かるのさ?
私が襲われた、なんて。
絵面だけ見れば、私が襲ったの方でしょうに。
それともあの侍女さんはあなたの息がかかったものだったんでしょうか?それなら、まぁ、話は分かるけど。
ま、国王が国賓として迎えたんだから、下手に繋がりのある者は選ばないでしょう。ここの国王は英断ができる人のようだし。
というわけで……私達の中では黒確定択一ですよ。
「おはようございます。さぁ、こちらへどうぞ」
部屋にある椅子の脚数は四つ。他の部屋から転移させて後二つ持ってることくらい朝飯前だけど、あえて私とリヒャルトは立ったままでいた。身分的にもそれで正しいし。
「随分と情報が早いですね。まだここの侍女にこの部屋のことがバレてから時間がそう経ってないと思いますが」
「え、えぇ。何かあれば私は避難対象となるので、すぐに連絡が来るようになっているのです」
「なるほど。それでは、その連絡はなんと?」
「……え?」
でた。ユアンのじんわり誘導尋問。私も初日にやられたわー。
ごめん、リヒャルト。遠い目をしてる自覚はあるから、そんな可哀そうな人を見るような目でみるのはやめて。
笑顔で、しかし、追及の手は一切緩めない。ユアンの外見に騙される人が通る最初の関門。
終いには神職ってなんだっけ?というところに行きつく。そうなると、最早引き返すことはできない。一生ユアンの性格に恐怖する生活の始まりだ。
クロード王子も先程までの勢いはどこへやら、自分が想像していた反応と違っていたらしく、しどろもどろになりながら口を開いた。
「あ、侍女が、魔術師殿が襲われたと」
「侍女が、ですか?」
「あ、あぁ」
「コレが、襲われた、と?」
「…………何が言いたい?」
あえての内容全確認に、クロード王子の眉にしわが寄った。王子の隣に座るリリアン嬢も不安気に王子とユアンを交互に見ている。そんな二人の視線をものともせずにユアンはにこやかに笑っている。
そして私は心の中で叫びたい。コレ言うなし。私は物か。
しかし、今は空気が読める子でなくてはならないから、お口チャックだ。一言でも漏らしてみろ。帰った時の私の仕事が天井知らずで増えることなんて体験しなくても分かる。そんなの絶対に嫌だ。
「いえいえ。王子のお目汚しになるかと思い、消させていましたが、この状況を見た侍女がそのような事をいうものかと思いましてね?……サーヤ」
「ユアン様、大変失礼ながら、ご婦人に見せていいものではないかと」
ここでリリアン嬢に気絶されても困るしね?
だって……これからじゃないですか。
正直彼女にはこの二人とこの国まで来させてるって恨みしかない。
まぁ、嫌味の一つや二つくらいで足りる恨みではないけど。これ以上余計な手間をかけてもらいたくはない。
「ユアン、サーヤの言葉にも一理あります」
「……リリアン嬢。彼女の言う通り、女性が見ても楽しくないものですから、目を瞑っておいた方がいいでしょう。どうしても見ておきたいというならば止めはしませんが」
「……私も拝見したいわ」
よし、よく言った!!
それじゃあヤレというご命令ですので、やりますよっと。
今まで全く視界に映りこんでこなかった隅の人の山が目に入れるようにするためには。
指鳴らしを一回。それだけ。
しかし、もたらした効果は絶大なものだった。
「きゃあぁぁっ!!」
突然現れた大量の男達の折り重なった姿に王子は何も言葉を出せないようで、ただ驚愕を隠せないようで口をポカンと開けていた。
リリアン嬢はやはりというかなんというか、悲鳴を上げ、王子にしがみついた。
「な、な……」
「いやぁ、睡眠の邪魔をされて、つい。まぁ、命に別状はありませんよ。ただし、別の意味では死んだも同然なんでしょうが。それこそ、命を狙われた身としては知ったこっちゃありませんけど」
「ひ、ひっ!」
おいおいおい。そんな化け物を見るような目で見ないでくださいよ。正当防衛でしょ。
過剰防衛?んな結果論なこと知らん。
結果的に向こうが酷い目を見た。それは私の実力あったからこそ。
もし私がなんの力もない女だったら、死んでただろう?
まぁ、そもそもなんの力も持っていなかったら、この二人に目をつけられることもなかっただろうから、ここに来る事もなかっただろうけどね。
「彼らに見覚えはありますか?」
うわ、意地悪な質問。あーカワイソ。
クロード王子はブルブルと首を横に振った。
そんな脂汗だらだらな状態でそんな首振られても信憑性の欠片もないが。
「そうですか。ならこの国の王子であるあなたがいれば問題ないでしょう。ほら、君、返しの術くらいできるんだろう?」
「承知いたしました。さて、返しの術というのは正式名称は別にあるのですが、今は省略で。どんなものかというと、彼らを使役していた主人の元へ同じ術をかけることができるというモノです。今回はそれに加えて状態置換もかけましょう。つまり、彼らと同じ状況が主人にも起こるわけでして」
「さすがにこの国の者に許しを得ておかなければ国際問題にもなりかねませんから。ほら、例えば、この国の重要人物に術が返った場合、とかね?」
ユアンは爽やかな笑顔で、真実を知っている身であればこそ知り得る容赦のない毒を吐いた。
「ちょ、ちょっとま
パチン
…………っ!!」
私がクロード王子が喋っているのも関係なく指を鳴らすと、クロード王子が椅子から転げ落ちた。
ある一点を押えながらもんどりうっている姿を見ても、私にはなんの痛みも分からないからノーコメントで。
「クロード様っ!大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですよ。死にはしませんから。……にしても、おかしいですね。私は彼らを使役した主人へと同じ術がかかるようにしたはずですが。はて、一体どういうことでしょう?ちなみに、彼ら、今後子供を作るのは困難でしょうというのが私の見立てです」
「子供?え?困難?」
リリアン嬢は何を言っているのかわからないといった感じだが、一方の王子は痛みにのたうち回っている間にも私の声は辛うじて拾えているのか、ごくごく僅かに見せてくる怒りと怯えの目を向けてきた。
「私を殺させて、その罪を第二王子殿下に着せようとしたのでしょうが。少々爪が甘いようですね。人選ミスです。まぁ、最初は忠誠心よろしくお黙りになってましたから、多少の及第点はあげてもいいかもしれませんけど。それに、第二王子殿下に罪を着せられるくらいの重罪ともなるならば、私ではなく、同じ王族、せめてユアン様やシーヴァ様を狙うべきでしたよ?私の立ち位置は魔術師という肩書はあれど、所詮異世界から来た勇者の保護者役でしかありませんからね。この世界での王族の命と引き換えにできるような高位の命ではありません」
多少は痛みが薄れてきたのか、立ち上がろうとするクロード王子に上から重力を倍にかけ、再び床とこんにちはさせた。グエッという蛙みたいな呻き声が聞こえてきたけど、気にしない気にしない。空耳だ。
さぁ、聞きたいことは山ほどあります。
キリキリ吐いてもらおうか。
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