隣国でのオタノシミ
1
□■□■
「んじゃー、いい子にしてるんだぞ?」
「……」
おいおい、そんな顔をしてくれるなよ。
ジョシュアはまるで親に捨てられた子供のように絶望に涙を…って泣くな!お前に泣かれると…私だって行きたくないーっ!
ひしっと抱き合う私達を周囲は同情半分呆れ半分で見守ってくれている。
「ほら、サーヤ。そろそろ出発の時間だろう?」
「あぁ。悪いね、頼んだよ」
「任せときなって!」
「あたしらがちゃあんと面倒みとくからさ」
近所の頼もしいおばちゃん達の頼もしい言葉。それを聞くやいなや後ろから両肩を叩かれる。振り向きたくないと本能が言ってるよ、これ。しかし、振り向かない私にイラッとしているのだろう、段々と強められる手の圧力。
「このまま首、絞められたい?」
冗談じゃねぇ!とでも言えば、もちろん冗談なんかじゃないよ、と返されるのがオチ。
自分の首は自分で守ろう。私はすぐさま立ち上がり、後ろを向いた。するとそこには想像していた通り、いつもの服装とは違い旅装束に身を包んだユアンとシーヴァが。
私が愛想笑いでニコッと笑うとユアンもニコッと笑う。その笑顔に騙される女の子多数。騙されちゃいかんよ、そこの彼女達。この人、顔は特上、性格も大変トクジョウ。あえてのカタカナ表現に察してくれ。
「さぁ、行きますよ。時間が惜しい」
「了解です。じゃあジョシュア、そいつとお利口にな」
頭をガシガシと撫でくりまわし、用意されていた馬車に乗り込んだ。シーヴァが出発の合図を出すと緩やかに馬車は走り出した。
後ろの小窓を覗くと、ジョシュアがドラゴンを抱え、しょんぼりとしている。それをおばちゃん達が懸命に慰め、角を曲がった所で見えなくなってしまった。視線を前に向けると何やら含みがある笑みを浮かべる魔王サマその一、ユアンがこちらを見ていた。
「…なんですか?」
「いや?君達二人は相変わらず仲が良いようでなによりだよ」
「いいじゃないですか。誰に迷惑をかけているわけでもなし。……まぁ、近所の方達にはお世話になっている分思う所はありますが」
「そうだよねぇ。仲がいいのは結構。でもそれが他人の迷惑になるようなら考えものだよねぇ」
ニコニコと愛想のいい笑顔を続けるユアン。私は外で馬上の人となっている常識人に救いの手を求めた。
「リヒャルト!あんたの上司怖い!」
「………」
すっと視線をそらすことでリヒャルトは一人難を逃れた。
う、裏切りだ。酷い裏切りに逢ったぞ。
「そういえばサーヤ。死の番人の件、まだ弁解を聞いてなかったよね?丁度時間が十分あるんだし、話してごらんよ」
ちなみに笑顔の裏に隠された言葉を付け加えると、言い訳できるもんならなぁ、がもれなく追加されるのは間違いない。
あぁ、世の無常。なんで私がこんな目に。
誰が悪いのか。もちろん犯人は別にいる。逆恨み?断じて違う!こんな絶対的時間の猶予を作った奴らのせいじゃあなかろうか?その通りだ!
私はその犯人達に華麗なる復讐を誓った。
ことは死の番人が逃亡した翌々日に遡る。
死の番人が逃亡したことで騒ぎになる王宮内と神殿。ただでさえ総出で探そうかと揉めている最中にとある方から私宛てに招待状が届いた。
一応国に属する魔術師故に国を通しての招待。そこまではまぁ問題ない。でもまぁその招待されたのが何なのか、それに加えて見え隠れする向こうの思考がまずかった。
王太子の婚約パーティー。しかも、なにやらオモシロオカシイイベントも用意されているらしい。だからそれに参加してみないかと。
ちなみにこのオモシロオカシイイベントとは、ある令嬢と王太子の婚約破棄、並びに別の令嬢との婚約イベントとなるらしい。
………ねぇねぇ、なに?この茶番は。しかもこの二番煎じ感。
わざわざ他所の国の魔術師捕まえてきて自慢げに見せれるものですか?
そんな感じのことをシーヴァに尋ねたら
「国の恥ですね」
ばっさり切られましたね。
このことは王太子の独断で招待状を出したらしく、向こうの国王は知らない模様。知っていたら絶対止めるわなぁ?この息子にしてこの親ありなんてことにならない限り。
イベント内容が知れたのは単に魔王サマ子飼いの密偵による情報です。密偵さん達も呆れてて声や表情には出さないものの、出て行くときの背中が語ってたね。
こちとら逆隣の国との対抗試合、死の番人の逃亡、その他もろもろあるというにこの招待。正直燃えカスにして葬ろうと思っていた所にシーヴァとユアンから謎の待ったがかかった。
「面白そうじゃないか」
魔王サマのパシリ―自分で言ってて悲しくなるけど事実だ―たるものこの言葉の裏に隠された意図を読み取らずして我が身を守ることなどできやしない。いかに生贄を捧げて我が身の救済をはかるか。これ超大事!
生贄が向こうからネギしょってやってきただー!
魔王サマはこうおっしゃる。
自国を不利に陥れる王族、それも王太子。外交においてこれほど有利になりえる使えるカードはない。この世界を救わんとする勇者の養い親にして自身も最強を冠する魔術師によもやこのような茶番の見届け人になるべく招待状を王の許しもなく送りつけるなど。初見の相手、しかも他国に仕える魔術師を自国の王の許可なく招待できると思えるほど我が国はそちらに劣るとでも?それはそれは大した自信ですねぇ。
多少は違いがあるかもしれないけど…えげつない方に。大筋はこの路線で間違いないと思う。
それで私はお目付役としてユアンとシーヴァ、護衛としてリヒャルトを伴いその国に向かっている。地理的には由貴の国と反対側に位置しているから由貴が知ることはない。あの子は自分の国を私が通るとしたら確実に足止めをするだろう。そしてコトを知るや否や戦争だ侵略だと言いだしかねん。
「ほら、早く」
現実逃避も許されず、現実に引き戻される私。言い訳なんてできるはずもなかろうに、それはそれは楽しそうにいたぶってくれるのだ魔王サマは。
「ユアン、その位にしておきなさい」
「え?」
いや、なんでもありません。
魔王サマの片割れから飛び出したのは予想外もいいところな言葉だった。あれ?おかしいな?寝ぼけてんのかな?私、ちゃんと現実逃避できてるじゃん。ちゃんと気絶できるなんて。
…大人しく寝れたなんて思えないところが辛い。
「あちらに行くまでの時間で弁解を聴き終えられるなど思いませんよ」
………はい、上げて落とされたー。
分かってたよ?分かってましたよ?こうなるってことくらい!でもちょっとは夢見てもいいじゃんかぁー!!
がっくしと肩を落とす私の姿にユアンも今度は満足げに笑っている。このドS魔王どもめ!
「それより、サーヤ?今回はうちの威信がかかっています」
「はぁ、まぁそうですねぇ」
だからあなた達二人が供につけられたんだろうし。
……言論による報復的な期待ももたれて。
「確かにあちらはこちらよりも領土は広いですが、所詮それだけです」
おいおい。所詮って言い切っちゃったよ、この人。
「こちらがより優れているということを見せつける絶好の機会です。その結果、少々の力業にも目を瞑りましょう。ただし他の国に目をつけられて余計な面倒事を起こすのも考え物です。必要最小限にしてください」
……………これは、マジですね?
滅ぼせとか言いださないのは大人の理性ですか?
「返事は?」
「はい」
「いいお返事だね」
「………」
自業自得だ。王太子らに同情するつもりは一切ない。だけどさ、もっとこう、なんていうの?相手は腐っても王族なんだからさ。
そう考えてふと思った。
この人達に常識通用しねーな。
自分がクロだと思ったらシロでもクロにしかねん御方達だ。身分制度も上手くすり抜け、自分に都合の良い結果のみを手にするのが当たり前な彼ら。
この二人を魔王と呼ばず何と呼ぶ?あぁ、自国じゃないし、そんなお馬鹿な脳みそしてる王太子サマなら彼らの真の恐ろしさなど耳に入らないに違いない。所詮は宰相と神官長と侮っているかと。
……無知って本当に恐ろしい!
私はそんなのが王になりかねん御国の民達に手を合わせた。合掌。
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