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 もうどうにでもしてくれ。

 ストレスで胃に穴が開いたら労災で休暇をもぎ取ってやる!


 大国の名に相応しく、華麗なる王宮に到着した私達一行は国王へ謁見するべく控えの間に通された。出迎えた宰相は私達が持ってきた招待状を見るや否や顔色を無くしていた。その後、失礼に当たらない程度に挨拶を済ませた後、飛ぶようにどこかへ立ち去った。大方国王の元へ報告に向かったんだろう。苦労するね、宰相殿よ。


「夜会は明日かぁ。あんまり時間がないね」

「なに言ってるの。一日もあれば十分だよ」

「…そうですね」


 馬車の中で告げられた今回の作戦はいつにもましてえぐ…スバラシイものだった。まぁ、私に害はないから問題なし!他人のことなんて気にしてられるか!!


 魔王サマ二人が周囲に値踏みの視線を廻らせていたところに、複数の足音が聞こえてきた。

 ノックにシーヴァが応えると扉が開き、先程の宰相と国王らしき壮年の男性が気まずそうな表情をして立っていた。

 宰相が後ろに控えていること、着ているものの質を鑑みて…やっぱりこの男性は国王陛下だな。

 いかな経緯があろうとも、自分達の国が上であったとしても相手は王族、それもトップ。私達は当然立ち上がり、二人を迎え入れた。


「今回は我が愚息が大変失礼なことをした。私の許可なく他国の、しかも魔術師に招待状を送りつけるとは…。リュミナリア国王には正式に謝罪の文書を送らせてもらう」

「いえ、我が国王は今回のことをそれほど深く考えておられませんよ」


 いや、それは間違っている。どこかの二人が禍々しいオーラを出しまくっていたから怯えてそれどころじゃなかったというのが正しい。


「王太子殿下も成人なさって婚約にこぎつけるとあって余程嬉しいらしいですね。文面から溢れる想いがとても伝わってきますよ」

「………」


 おーい。黒いオーラが透けて出てるぞー。

 決して額面通りに言葉を受け取ってはいけないのが国と国との外交術だ。ここでも国王はしっかりと言葉の裏に隠された本音を受け取ったようだ。成人してこれか、と。


「……そちらが異世界から来たという魔術師かな?」

「お初にお目にかかります。リュミナリア王国が魔術師、サーヤにございます。この度はこのように楽しげなイベント付きの婚約のお披露目にお呼び頂きまして誠にありがとうございます」

「…楽しげなイベント付き?」


 字面だけを見れば可もなく不可もなく…なのだが、私とて報復を誓った身。我が子を制御できなかった親も同罪である。ちくりと言葉の針を刺してやった。


「……ごゆるりとおくつろぎくだされ」

「ありがとうございます」


 来た時よりもさらに顔色を悪くして出て行く国王と宰相。

 とりあえず宰相に文面見せたから、自分の愚息が何をしでかそうとしているかは探らせるでしょう。これ以上国の恥とならないためにね。



 国王の賓客扱いだから私達に用意された部屋は豪華なものだった。それこそゆりあが好きそうな天蓋付きのベッドにふかふかのソファ、細やかな細工が施された調度品に大国の威信がかけられていると見た。

 しかもだ。一人一部屋与えられたからユアン達とは別の部屋ー!

 気持ち良い肌触りのソファを堪能しているとノックの音がした。


「サーヤ。ユアン様達が呼んでいる」

「…………」


 騎士であるリヒャルトは入室の許可がない限り部屋に入ってくることはない。非常事態は除いて。

 それならばやることは一つだ。狸寝入り。

 部屋付きの侍女さんはさっき呼んだら来るようにって言い含めて出て行かせたから中には私一人。なんて理想的な状況なんでしょ。


「サーヤ?」

「………………」

「リヒャルト、甘いですよ」


 え?今の声は!?

 あ、ちょっ、待って!起きてる!起きてますから!!


「おはようございます。良く眠れましたか?」

「……はい」


 学習してないわけじゃない。魔王サマ達が私に甘くないだけ。




「その破棄される御令嬢ってどんな方なんですか?」

「いずれは王妃となるべく厳しく躾られているらしいよ?まぁ、当然だけどね」

「と、いうことは王太子のお気に入りは躾が足りない、もしくは躾られるつもりがない、と?」


 ユアンは答えず微笑むだけ。肯定ですな。

 シーヴァは持ってきた書類に目を通して会話に入るつもりはないらしい。まぁ、彼からしてみればこんなくだらない茶番に割いている時間はありませんよってことだ。それでもついてきたのは余程頭にきていたからとみえる。


「そもそも相手の国王を経由して送るっていう頭はあったのに、どうしてそれが自国の王も経由しなきゃならんのだと思いつかなんだか」

「それは当然だよ。相手はあの一文をどうしても盛り込んで来てもらうようにしたかったんだからね」

「………………」


 それで魔王サマ達怒らせてどうすんだ。

 これが他国の王族だからこの程度で済むけど、自国の王族だったら彼らは徹底的に矯正に入るぞ。いや、入った、らしい。

 私がこちらに来てから一度も会ったことのない我らがリュミナリアの王太子は現在他国に遊学に出ている。王太子は本来自国にて教育され、王位を継ぐべく成長を見守られるもの。他国で暗殺とかあっちゃならんからね?その王太子が他国に遊学…。なにしたんだ、まだ見ぬ王太子サマよ。まだここよりマシだと思いたい。


「……リヒャルト」

「はい。見てまいります」


 一を聞いて十を知る男、それがリヒャルト。主の考えることなど分かって当然って顔してるけど、特殊だからね?自分。

 リヒャルトは足音も少なに先程から騒がしさを増した廊下に出て行った。


 しばらくして彼が引き連れてきたものは私達にある種の笑みを浮かべさせた。


「この度は我が婚約の夜会に来て頂き感謝する」

「王太子自らお越し頂き有難うございます」

「彼女はルーズ男爵家令嬢のリリアンだ」

「は、初めまして!ルーズ男爵の娘、リリアンにございます」


 それを冷めた目で見る魔王サマ達。当然のように彼女は本来の婚約者ではない。

 しかし、外交上唇は上げていた。目は笑ってない、けど一応笑顔ねってヤツ。


「そちらの方が……」


 リリアンが王太子の裾をツンツンと引っ張りながら私を見てくる。

 それにさらに顔をしかめる魔王サマ達。リリアンに可愛らしい仕草をされ、デロデロなのを隠さない王太子。……どんなカオスだ。


「宰相閣下、発言をお許し頂いてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「私、リュミナリアが魔術師、サーヤと申します。この度はお招き頂き誠にありがとうございます」

「私、女性の魔術師ってお会いするの初めてっ!」

「……」


 私が黙ったのを誰か褒めてくれないだろうか。もし横の魔王サマからの絶対零度の眼差しをひしひしと感じなければ私はつい口走っていたかもしれない。


 あんた、なに考えてんの?ってね。


 ここは宰相と神官長、神殿騎士団長が揃っており、国王の賓客扱い。私らがいる場はすでに立派な外交の場だ。なのに私の次に身分が低い彼女がペチャクチャとおしゃべり。

 少しでも身分制度、他国との付き合い方を学んだものならば顔面青ざめるどころか全身から血の気が失せること間違いなし。

 私はこっちに来てから速攻で叩き込まれたよ?目の前の魔王サマ二人にね。それを何故ゆりあにもしないんだ。面倒だったの?面倒だったのか。面倒だったんだな。

 しかし期待を裏切らない御令嬢だね、リリアン嬢は。


「申し訳ございませんが、私達はこの後国王陛下に呼ばれておりまして」

「なに?…すまないが、リリアンのことは内密に」

「分かりました」

「では、明日を楽しみにしている」


 王太子はリリアンを連れて部屋を出て行った。

 途端に部屋の気温がだだ下がった。気のせいか冷気が漂っているような。気のせいだよね!だって霧が部屋の中で勝手に発生するはずないもの。うん、そうだよ絶対。


「リヒャルト」

「承知致しました」


 ホントすごいよ、あなた。何も指示を受けていないというに彼は荷物から聖水を取り出し、王太子達が通った道筋に巻いていった。水だし少量だからカーペットに吸い込まれていく聖水がよく効いてくれることを祈ろう。

 ユアンも何も言わないところをみると、これであっているらしい。実は読心術でも使えるんじゃないかね、リヒャルトさん。いつも私の心の声を読み取る魔王サマ達の配下だからさもありなん。


 国王に呼ばれているなんて嘘をついて終わらせた挨拶。これで由貴とかだと内心を探るためにもっと長く時間をとっただろう。いくら由貴が女王とはいえ、魔王サマ達が相手を見誤るはずもない。

 それを考えると…哀れよな、この国の民達が。合掌。



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