16
面倒くさいのが出張ってきた。
『邪魔を…するなぁ!』
「……へぇ。眠りについていたとはいえ、まだ力は健在のようだね。なによりだよ」
ドラゴンが吹いた炎の息吹が死の番人の腕の一閃によってかき消された。それに眼を見張るドラゴン。
「お前の目的はそのドラゴンか」
「ん?そう。ちょっと年取りすぎてるみたいだけど、これでもつい最近までは僕達の邪魔が出来てるくらいだからね。いないよりマシかなって思って」
飄々と語る死の番人は宙で足を組み…見下ろしている。大事なことなのでもう一度言おう。見下ろしている。
向こうは宙に浮いているのだから当然といえば当然なんだけど、それが通じないのが我らが魔王様達だ。あ、分かってると思うけど、某神官長と宰相サマ達のことだからね?
「サーヤ」
「アレ、落としな」
「あー」
やっぱり?見下ろされる感じが見下されてる感じに思えるもんね。しかも落とせって。
「でもアレ、一応魔界の…承知致しましたぁ!」
反論、だめ、絶対。怖い、怖い怖い怖い!!
シーヴァ、あんた笑えたの?でもね、今この状況での笑顔程怖いものはないから。しかも目ぇ笑ってないわ。
ユアンに至っては親指地面に突き立ててる。どこで覚えてきたの、そんな俗世のポーズ。あなた一応神に仕える人達のトップでしょ。
「サーヤ、僕お腹空いたんだよねぇ。ね、一緒に魔界に来ない?料理人として雇ってあげる」
「ふざけんな。魔界に行く前にあの二人に調理されるわ」
「えぇー。そんなに強いの?あの二人」
「強い云々の前に怒らせちゃならん二人だよ。というわけで、あんたを地に這い蹲らせることが私のお仕事になりましたんで」
こいつがめちゃ強いってのは噂やら実物やらで知ってるから、最初から割とガチ目で行ってみる。
思えば夜中に家に襲来して激辛ハバネ…お料理を食べにきただけの面識だから実際に手合わせしただとかではない。
「えー。…でも、君、とっても美味しそうな魔力してるんだよねぇ。ちょっと味見…ってうわぁ!」
ゾワッとした。あ、鳥肌立ってるよ、これ。
とりあえず最後まで言わせない方向でいってみた。なんだろう避けられてむしょーにイライラする。
「地獄に…ってそういやあんたはもう堕ちてたか。んじゃあ、天界の神様に引き渡した上でかつての御同胞達と感動の再会アーンド見せしめとして天界の丘に死ぬまで
「君って結構ゲスいよね?僕が天界に?やだよ、あんな退屈なとこ。しかも磔って。退屈なのがさらに退屈になるでしょ?」
おい、どーして私が分からず屋みたいに肩をすくめられなきゃならんのよ。
しかもフゥという溜息つき。
「ねね、ちょっとだけ。大丈夫、殺しはしないから」
「おー、それは安心だ。こっちはいつでも殺る準備は出来てるけどね」
「だってここで殺しちゃったらつまらないでしょ?楽しみは後に取っておかなきゃ」
お前は子供かっ!とんでもないヤバい思考の子供だなぁ、おい。好物は殺し合いってか?どこの戦闘狂だ、出直してこい。
「んん。そーいやお前にどーしても返しとかなきゃならんやつがあった。危ない危ない」
「なぁに?僕、何か貸してたっけ?」
「てめぇ、ジョシュアになんてこと吹き込んでくれたんだよ。おかげでジョシュアがさらに天使になっちまったじゃねーか、この野郎」
「サーヤ?」
「あ、いや、あれです、言い間違いです。ジョシュアが騎士団の訓練に参加することになっちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ、あ゛ぁん?」
「サーヤ?いつまでかかってるの?」
あ、そっち?はい、今すぐやります。
逆らわない 命は大事 即行動
これ、私の座右の銘だから。ちなみに今からだから。
「あ、ちょっと待って」
「は?待てるか」
待てのポーズをとられても待つだけの義理はない。
というわけで容赦なく。
いつも魔術師達や騎士団の奴らにオシオキのために放っている火の玉とは比べ物にならない規模の炎の渦。片手から飛び出したのは炎で作り出された龍だ。別にドラゴンがいるから龍にしたわけじゃない。西洋のドラゴンと東洋の龍じゃ姿形は全然違う。
だから別に狙ったわけじゃないんだよ。分かる?ただ奴を捕らえるのに都合が良かっただけ。だからそうシラけた顔で見上げるのやめてくれないかなぁ!
「あっつい!」
「熱いようにしてるんだから当たり前だろ。さ、そのまま大人しくしてろ」
「えー。ま、いっか。仕事しろって連絡きたけど、面倒くさいからこっちにいるよ」
「……むっしょーに魔界の輩にこいつを引き渡したい」
私はこんなに大変な仕事させられてるっていうのにさ。なんだこの不公平感。魔界の奴らも仕事しろよ、こいつ引っ張り帰るぐらいの気概を持とうよ。まぁ、こいつの意に沿わないことさせたら消し炭になるかもだけどさ。そこは知らん。花は供えてやる。
「じゃあ、ユアン様。そいつは任せました。私はドラゴンを」
「うん。頼んだよ」
「そのドラゴンまた眠らせる気?」
「当たり前だろ。お前のオモチャにさせる気はさらさらない」
「ちぇ」
本気でどうこうする気はなかったのか死の番人はすぐに諦めたらしい。本人の言う通り魔界に帰らないでいられるよう大人しくしているつもりのようだ。
さて。どうしたもんかねぇ。
「古の守り手よ。此度のこと、誠に申し訳なかった。二度はない故、再びの眠りについてはもらえないだろうか」
『…その言葉、どう信じよと?』
そらそうだわなぁ。叩き起こした人間と同じ人間の言葉なんか信じろっていったって普通は無理でしょ。
………ん?
「一ついいだろうか」
『なんだ』
「この小さいドラゴンはあなたの子か?」
『……なんと』
なんか後ろをツンツンされると思って後ろを振り返ってみたらいた。いや、なんだろう、この子。クリンとした目で見上げてきて。
……はぁー。可愛いは正義。うん、間違いない。
『…………グルルルル』
『キュウ』
『グルル』
『キュ』
なんか分かんないけど会話してるらしい。さすがにドラゴン語まではわからない。
「……え?」
ドラゴンが子ドラゴンを鼻先でずいっと私の方へ押し出してきた。
え?なんなん?抱っこしろと?えぇ、しますけど。
うわ、ぬいぐるみみたい。そりゃあ生きてるからあったかいし、重いけど。
『この子が懐くくらいだ。お前は嘘はつかない人間なんだろう』
いやぁ、嘘はつきますよ?話こじれると厄介だから口にはしないけど。
『我は再び眠りにつこう。お前はこの子を頼む』
「え?いや、頼むと言われましても」
腕の中にいる子ドラゴンに視線を落とすと、見られていることに気づいたのか顔を上げてこちらをじっと見てくる。心なしか期待がこもっているような?
『ドラゴンは依存心が強い。その代わり、主によく仕える。悪い話ではあるまい』
「お前、うちの子になる?」
『ミャウ』
ミャウって…お前は猫か。まぁ、ドラゴンってどう鳴くのが普通なのかわかんないからこれが普通なのかもしれないけど。
どうやらこの白くて小さくて目赤くてくりっとした子ドラゴンが家族に加わるようです。ジョシュアと仲良くしてもらいたいなぁ。
そして可愛い子達を抱きしめるのは私だけの特権。役得ですが、なにか?
『そこの者らよ、二度はない。ゆめゆめ忘れるな』
「承知致しました。必ずやあなたの眠りを妨げるようなことは致しません」
シーヴァの言う言葉に一つ頷いたドラゴンはおそらく眠りについていただろう場所へと腰を下ろした。
ふむ。なるほど。魔術陣が昔のものだからかけ直した方がいいな。
ここの陣形をこれに作り変えてっと。…できた。
『ではな、娘。お前の言葉、信じよう』
「あぁ。ありがとう」
ドラゴンは光の軸となり、やがて消えた。
子ドラゴンはドラゴンが消える瞬間こそ鳴いていたが、それ以外は酷く大人しい良い子だ。
地面に降り立ち、ユアンとシーヴァを見る。二人もどうしたもんかと顔を見合わせている。
「どーでもいいけどお腹すいたぁ」
「…………」
「痛っ!」
当たり前だろ、痛いように頭の上に拳骨振り落としたんだから。氷の塊じゃないだけマシだろ。
「 そっちはどうだ?」
「やれるだけのことはしました。後は彼らの回復力です」
負傷していた魔術師達の回復も大分進んでいた。これくらいなら後は安静にしていれば治るだろう。かなりの腕だなぁ、さすが次期魔術師長候補の名は伊達じゃない。
「ご苦労様。転移陣でそのまま王宮の医務室に送るよ」
「ありがとうございます」
ほっとした彼は本当に安堵したようにふわりと笑った。
あぁ、いいな。最近濃ゆすぎる奴らばっかりなせいで私の精神ズタボロに近いし、今もそうだけど。
静かに眠る負傷した魔術師達を転移陣で送った後はユアン達だ。
……さて、忘れかけてたけど、アレはどーしたもんかね。
これ以上はシーヴァもユアンも目を瞑らないと思うんだけど。
我らが巫女姫サマはいまだもって自分は悪くないと完全に信じ込んでいた。そもそもシーヴァの話によれば、この国を守るに当たってのしくみはこの国に来た当初に事情はどうあれ一通り教えているらしい。教えた教師によると話半分に聞いていた可能性があるとのことだったが。これじゃあ話半分どころか全部まるっと聞いてなかったに一票。
んー。でも、公爵の時みたいに完全に切り捨てるのは同じ世界から来た身としては忍びない。いや、だから切り捨てるっていうよりも、関わり合いたくないってのが正しいな。
困ったちゃんにはお勉強の時間が必要か。さっきから魔王サマ二人のどうにかしろって視線がびしばし刺さってるし。死の番人手中に収めたから次はこいつだ的な?
あーあー。今夜の晩御飯は何にしようかなぁー!?
…………………ヤケクソだこの野郎。
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