15


□■□■



 騎士団の鍛錬のための時間しか割けないというのにあの子はよくもまぁ狙ったかのようにしでかしてくれる。


 魔術師の証とも言われる黒のローブの裾が邪魔くさい。こんなので戦闘に出ることになれば自分が魔術使えますって広めるようなもんでしょうに。それともなにか?自分達は後方支援してますってか?


 いい度胸だ、最前線に立たせてやる。


「ひ、ひぃ」

「あ?」

「ぼ、僕達も戦闘時にはローブ着用はしないです」

「あ、そうなの?」


 どうやら心の声が実際に口から漏れ出ていたらしい。青ざめていた表情をさらに青ざめさせ、正直血の気が全く無くなった表情は若干同情を禁じ得ない。


 恐らく先輩魔術師に私を迎えに行くように命じられたのであろう少年は確か…まだ魔術師の卵だ。


 この国にはローウェン学院という学校がただ一つだけあり、ありとあらゆる学問が学べる。もちろん、騎士科も魔術科もある。そこの卒業生の中でも優秀な者が王宮や王都の神殿に配属されるのだ。

 つまり、元の世界でいう選ばれた新卒。将来有望株ともいう。

 なのだけど、ここでは一新卒。こうやって嫌な雑用なんかを押し付けるには格好の相手で…。


 …………つまりなにか?他の魔術師共は私を呼びに行くのを嫌がったと?


 ……………ほぉ?

 かわいい奴らじゃないか。自分からオシオキを受けたいだなんて。


「お、お、おしおき……」

「おっと。また口に出ていたか。皆には言うなよ?」

「え、と」

「言うなよ?」

「…はい」


 パワハラだと騒がれそうだがここは異世界。そんな言葉は知らないだろう。

 

 それにパワハラなら私も受けてる。主にとある国の宰相と神官長に。パワハラしまくるおっさんもびっくりの所行をなんのためらいもなくふっかけてくる。これで大丈夫なら俺まだいけんじゃね?とか思わせてしまいそうな危なさがある。そんな会社、絶対ヤダ。心底二人がこの世界の住人で良かったと思う。


「で?あの脳内お花畑女はどこだって?」

「王都の外れの森です。す、すみません」

「謝罪はいらないよ」


 王都の外れの森?って、確か魔物が出やすいところじゃないのよ。何を血迷ったか知らないけど、そんなに死にたいのかねぇ?


「私は転移陣で行くよ。ついでだから君も一緒に連れて行こう。術式の実地訓練だ」

「え?あ、は、はい!」


 本来なら無詠唱で術式展開させて行けるけど、私の本来のお仕事は巫女姫の監視と魔術師達の鍛え上げ。上ばっかり育っても意味がないからできるところで底上げしていこうと思うんだけどどうだろうか。


「いいか?本来はこの術式が転移陣に組み込まれているだろう?それを移動先の転移陣に組み込むことでその間の転移が可能となる。ここまでは分かるな?」

「はい」

「そこでここの部分を書き換えると」

「あっ!移動先が…なるほど」

「ま、書き換え自体はすぐ出来ても移動先が自分の思い通りになるにはある程度の魔力と感覚がいる。結構使うから一日に一度使ってしまえば今の君なら後はぶっ倒れるだろうね。でもま、この王宮勤めができてるくらいだから他に使う魔力の量を最大限節約していけばおのずと回数は増えるんじゃないかな?」

「が、頑張りますっ!」


 よろしい。転移術は空間を渡る術式だから卵には難しいだろうけど、こんな素直な子ならちょっと目をかけてやってもバチは当たるまい。その調子で弛んでる先輩魔術師達を焦らせてやれ。


「んじゃあ、行きますよ?」

「はいっ!」


 簡単な講義をしたせいで多少時間をロスしたけど、場所が分かってるってことは誰かついてるんでしょう。急いで行かなきゃいけないわけでも……






「おいおいおい。なに、この状況」

「先輩!」


 少年が駆け寄った先には数人の男達が地面に倒れ伏していた。恐らく何かあった時のために私を呼ぶよう少年を寄越しておいて、その後この状況が起きたんだろう。少年が抱き起こした男の顔は土気色をしている。早く治療してやらないと危険だというのは誰の目にも明らかだ。


「おい、少年。君は治癒術は使えるか?」

「は、はい…。でも、多人数を同時には…」

「そうか。…そこのバカ娘!」


 目の前にはゆりあが地面にへたりこんでいる。ギギギっと音がしそうに首をこちらへ向けたゆりあの目には恐怖の色が浮かんでいた。そりゃあそうだろう。私も初めて見た。


 旧時代の魔物、ドラゴン。しかも成竜?のようでかなりバカでかい。


 光の粒子で壁を作り、ゆりあの周りを覆った。腰を抜かしているようだからこちらに来るのも無理だろうからゆりあはこれでいい。


 それよりもさっきゆりあに呼びかけたせいでドラゴンがこちらに気づいた。


「シン」

「あぁ。あいつを止めればいいんだろう?」

「バカ。どう見てもこちらが叩き起こした結果だろう?ちょっとオハナシをして、再び眠りについて頂く。お前はユアンとシーヴァにこの付近に住民が近寄らないように呼びかけを。あと、治癒術が得意な奴をすぐさま送って」

「バカ…。……了解」


 あのドラゴンのことは書物で読んだことがある。今から五百年と少し前、今以上に魔物がうじゃうじゃいた頃、一体のドラゴンが突然現れ、この国を救ったという。そのドラゴンは人語を解し、当時の王ととある契約を交わした。その中身までは分からないとされている。

 その後、眠りについたドラゴンの周囲には木が生え、森になり、それが今のこの場所になった。魔物が出やすいのはドラゴンの魔力を喰らおうとうろちょろしているからだろう。


 その眠っているはずのドラゴンが今、目覚めて怒り狂っている。どう考えても理由は足元で震え縮こまっているアレだろう。それ以外の理由が思い浮かばないなんてどんな笑い話だ。笑えないけど。


「サーヤ様!」

「これは…なんてことですか」


 私の名前を呼んだのは魔術師達の中でも確かに治癒術に特化した男だ。彼ならなんとか負傷者を死なせずに済むだろう。少年と一緒に大至急処置に取りかかってもらった。


 シンは目当ての人物と一緒にユアンとシーヴァも引き連れてきていた。


「シン様から話を聞いた時はまさかと思いましたが…」

「で、またアレなの?」


 ユアンの凍えるような視線の先にはゆりあがいる。


「シン。あれ回収しといて」

「サーヤ?どうするの?」

「ま、見ててくださいよ」


 シンがゆりあの回収が終わると同時に私が代わりにドラゴンの前に立った。ユアンとシーヴァは黙って様子をうかがっている。


『そやつを我によこせ。八つ裂きにしてくれよう』

「…伝承通り。やっぱりあなたがこの国を救ってくれたドラゴンか」

『我は静かに眠っておった。我が子と共に』

「子?」


 子どもがいたのか?姿は見えないけど、いるというからにはいるんだろう。


「大変申し訳ないことをした。どうか再び眠りについて頂けないか?」

『そやつを八つ裂きにした後でな』


 どうやらゆりあを八つ裂きにしたくて堪らないらしい。テコでも動かなさそうだ。


「あなた、何をしたんですか?」


 シーヴァが眉根を寄せつつ、ゆりあに詰問した。

 ゆりあはガクガクと身体を震わせながらやっとのことで口を開いた。


「だ、だ、だって…そのドラゴンはこの国を滅ぼすかもしれないでしょう?だって魔物、だから。だからゆりあが退治してあげようって思ったの!だってゆりあは巫女姫なんだから!!」


 調子づいたところ悪いけど、周り見て。魔術師ズは憤怒の形相、魔王二人は絶対零度の視線。私なら憤怒の形相までは軽くあしらえるけど、魔王サマ方の絶対零度は絶対に避けたいところだ。

 しかもその言葉を聞いたドラゴンがさらに怒りのボルテージを上げた。


「この国を滅ぼす?滅ぼしかねないのはあなたの方ですよ」

「よくもまぁ次から次へと」

「逆にこの国はドラゴンによって守られているんだ!」

「え、だって…そう教えられて…私は何も悪くない!騙されたのよ!」


 ふむ。騙された、と?誰に?


 それを聞き出そうとした時、空中の空間が一角、新たに歪んだのが分かった。


「ほーんと使えない奴だなぁー。ま、ドラゴンを呼び出してくれたからちょっとは役に立ったのかなぁ?」


 今にもゆりあに襲いかかりそうだったドラゴンがジリリと後ずさった。その判断は正しいと思う。


「死の番人」

「やぁ、サーヤ!これが終わったらまたご飯作ってよ」


 ふふっと笑う男は宙から私達を見下ろしていた。



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