13



 おっさん—本人曰くまだ三十路には手が届いていないおっさん—に連れられ、たどり着いたのは高い塔の最上階の一室だった。

 部屋の前には衛兵が二人立っており、私達の行く先をほんの少し阻むように持っていた槍を動かした。そいつらに近寄り耳元でごにょごにょ話し出すおっさんと衛兵達。その間私は大人しく待っている。偉くね?凄くね?ビックリじゃね?


 –––分かってる。全然偉くも凄くもビックリでもないわな。


 そんな冗談はさておき。話し終えた彼らがおっかなビックリといった様子で扉の前から退き、私の前には貴人の居室らしい豪華な装飾が施されたでかい扉の全貌が見えた。


 それを見た私が思うことはただ一つ。

 腹減った。これに限る。…いや、だってお昼ご飯まだだったんだよ?


「陛下。連れて参りました」

「遅い。入れ」


 低い声にビビるような私ではない。しかし、声をかけた男はそうではなかったらしい。明らかに動揺していた。


 じゃあまぁ入れと言われてますし。入らせてもらいましょうかね。


「はいはい、失礼しますよ、っと」


 中は…あーここは案外普通だったとか予想通り豪華だったとかいう反応の方がいいのかな?いいんだよね?

 ざーんねん。


「待ちくたびれてまた誰かオモチャを用意しなきゃいけないかと思っちゃった」


 中には博物館とかでしか見たことのないものが揃っていた。その中に一人、気だるげにソファーに寝転ぶ少女がこちらを見上げていた。

 うん。なるべく見ないようにしようっと。怖いもんね、聞けないよ?なんで鉄の乙女アイアン・メイデンとかギロチンとか磔台とかがあるんだろうってね。本能が叫んでるし。

 あ、ヤバイやつだこれ、って。


「お前は下がりなさい」

「しかし…」

「私の言うことが聞けないって言うの?」

「い、いえ!失礼します!」


 …なんだろう。なんか分かりたくないけど、今若干おっさんにシンパシーを感じてしまった。誰に対してのシンパシーなのかは黙秘で。


「…もっと近くに来なさい」

「……はい」


 周りを見れば分かる通りめちゃくちゃアブナイ嗜好の持ち主みたいだから逆らわない方が賢明だよね。うん、自らメイデンさんに飛び込んでいくようなドM気質じゃないから、私は正常だから、たまにシンにドSとか呟かれるけど聞こえてないから。


「あなた、異世界から来たそうね」

「えぇ、まぁ、そうですね」

「どこから来たの?」


 どうやらこの目の前の女王様は私がいた世界に興味深々のようだ。僅かに身を乗り出して尋ねてきた。


「説明しても分からないかもしれませんが…地球と呼ばれていて、日本という国に住んでいました」

「……っ。…あぁ」


 そう答えると彼女は顔を覆い、ソファーから体を起こした。次に彼女の顔が見れた時には先程まで彼女の顔に浮かんでいた気怠げな表情は綺麗さっぱり消え去っていた。


 そしてあろうことか


「やっと…見つけた!」

「のわっ!」

「姉さん!」

「……………………はい?」


 私の腰に縋り付いてワンワン泣きだした。そして私を姉だと言う。


 …………………なにゆえ?


 私の頭の上にはハテナマークが飛び交っている。

 父さんは私と母さんが知らないうちに異世界に来ていて娘をこさえていたのか。それとも母さんが?いやいやいや、二人が急に長くいなくなるなんてことはなかった。


 なら、彼女は何で私のことを姉だと?


「姉さん!姉さん!あぁ、もう会えないかと思った!僕ね、頑張ったんだよ?頑張って頑張って姉さんの所に戻ろうとしたのにできなくて。だから姉さんがいないこんな国なんて、世界なんていらないと思って、まずは近くにいる者達から壊していこうと思ったんだ。なのになかなか減らないんだよ。でも、姉さんは来てくれた!しかも自分からこの国に!ねぇ姉さん、もうずっとそばにいてくれるんだよね?」

「…………………」


 何だろう。頭が痛い。ものっすごい既視感にくらっくらする。


 この猪突猛進、猪もびっくりの勢いの良さ。おまけに話に他人が口を挟める余裕皆無のマシンガントーク。

 私に妹がいたことはないけど…近所に五つ年下の男の子がいたなぁ。その子も何故か私に懐いて…あれは懐いているっていうよりスト…いや、懐いてくれていたんだ。うん、決してストーカーなんかじゃないともさ、うん、可愛い子だったよ?うん。


「もしかして、由貴ゆきか?」

「そうだよ!姉さんもますます綺麗になったね!僕、なんでか女の子になっちゃったけど、構わないよね?だって男より女の子の方が好きって言ってたもんね?だったら、今の僕と姉さん、両思いだね!」


 ……おーい。待て待て待て。ちょっとお姉さん頭がパンクしそうだよ。時間をおくれ。

 すいませーん、誰かー。お茶くださいお茶ー。


 それから私と何故か隣国の女王様となっていた幼馴染の由貴は長い間話し込むことになった。


 途中食事やら飲み物を持った来た侍女さんや侍従さん達が今まで見たことがなかったのかもしれないけど、今の由貴の笑顔を見て目ん玉ひんむいていた。


 例のおっさんなんか

「……誰だ、あれ」

 と思わず口に出していた。


 もちろん由貴はそんなことに構わず私に纏わりついている。




 そして、今。


「………………………で?なんであなたが隣国の女王からの決闘状を我が国の騎士団宛に持ってきてるんですか?」

「…秘密です」


 テヘっと笑った私に氷の宰相様の絶対零度の視線が振り落とされた。そのすぐ後、私の断末魔が王宮内に響き渡り、すぐに処刑台へと送られることになる。


 魔王ユアンの巣へと、私自らの足で向かわされたのだ。


 言わずとも分かるだろうけど、神殿から出るとき私の精神は…死んでいた。


 ジョシュアー!私の天使ー!!すぐ帰るから待っててね!!!



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