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□■□■



 ジョシュアが神殿騎士達に稽古をつけてもらうようになってから、数日が経った。


 ここは魔術師達が仕事をしたり、一部は生活もしている魔術棟。その横は神殿となっており、その間には神殿騎士達がよく稽古に使っている中庭がある。

 目下もっか、ジョシュアもそこで色々教わっているわけで……あぁ、心配。


 ちらちら


「……サーヤ、聞いておるかの?」


 ちらちら


「サーヤ」


 ちらちら


「……サーヤ!」

「うえぃっ!」


 ど、どうしたんだ? 魔術師長様。

 いきなり耳元で叫ばないでもらえないか。鼓膜が破れる。


 こちらは魔術師長様、御歳不明。……いや、本当に不明。白くて長いおひげを触るお姿はまさに某魔法学校の校長先生だ。


 情報通のユアンでさえ

「あのお方は僕達が子供の頃からあのお姿だよ」

 と言っていた。

 決して知らないと言わないところがユアンらしいと言えばユアンらしい。


 ということは、少なくとも十数年はこの姿ということになる。

 不老か。不老なのか。禁呪の一つだけどな。


 ふぉっふぉっふぉと好好爺然こうこうやぜんとしている気のいいお爺様だけど、ユアン同様、底知れない。


 その魔術師長様が目を細め、やれやれと首を振る。


「ジョシュアのことが心配なのは分かるが」

「そうだろう!? 分かってくれるだろう!? あぁ……怪我しませんように怪我しませんように」

「怪我をしても、そなたの回復術があるではないか? 何をそんなに」

「確かに治せる。一瞬だ。だが、それでも、痛い、だろう?」


 私がそう言うと、魔術師長様だけでなく近くにいた魔術師達の目が丸くなった。


 なんだ、その目は。そんなところで立ち止まらずにキリキリ働け。そもそもお前達が不甲斐ふがいないから、私が定期的に来る羽目はめになって、ジョシュアにあんな悪魔の言うことを本当のことかもと思わせる一因になったんだ。さぁ働け! 馬車馬のように!


「そなた、報告では鬼だ悪魔だ魔王だとか言われておったが、なんの。優しいの」

「その報告を魔術師長様にした奴。ちょっと一緒にお話合いでもしましょうか」


 おい、待て。蜘蛛くもの子散らしたように全員逃げるな。

 お前らが普段、私をどう思っているかがよーく分かった。そんなに悪役やらせたいんなら徹底的にやんぞ、こら。


「まぁまぁ。あんまりいじめてやらんでくれ」


 魔術師長様にそう言われれば、それ以上の追求もナンセンスだ。気分を入れ変え、さっきまでと同じように今いる魔術棟から下の庭を見下ろした。


「……あっ、危ない! ……ふぅ。あいつは確かミハエルとか言ったな」

「さ、サーヤ様、紅茶をどうぞ」

「あぁ。ありがとう」


 紅茶を持ってきてくれた少年がビクビクしながら差し出してくれたティーカップを受けとると、少年は脱兎のごとくその場から立ち去っていった。


 ……なんだ、あれ。別に取って食いやしないのに。


「せ、先輩。僕、殺害予告を聞いてしまったかもしれません」

「やっぱりお前にもアレが聞こえていたか」

「安心しろ。俺たちも聞こえていた」

「……じゃ、じゃあ。サーヤ様に言って止めさせ」

「「だが断る!」」


 給湯室の隅でこんな会話が行われていたのには目をつむるならぬ耳を塞いでやった。

 なんでこんなに優しいのに分かってくれないんだろう。


 パチン


 ……あ。


「「ぎゃあぁっ!」」


 無意識のうちに火炎魔法を使っていた。

 給湯室から悲鳴が聞こえてきたけど、気のせいか。だって、耳塞いでるから聞こえるはずないし?


「ひ、火を消せぇっ!」

「み、水だ!」

「ばっか! 出しすぎだ!」

「す、すみません! ……あぁ、火がまた!」


 騒がしい。うるさくてゆっくりジョシュアの様子を見れないじゃないか。あぁ、心配だ。


「そうそう。サーヤ、約束の品じゃ」

「どうも。……うん、なかなかいい。それで? どれくらい?」

「一日十五分。月が出る晩に。これが限界じゃ」

「上出来だよ。ありがとう」

「なに。そなたには魔術師達の育成に力を貸してもらっとるからの」


 ふぉっふぉっふぉと自慢の髭を撫でる魔術師長様。

 これがあればジョシュアもきっと喜ぶだろう。受け取った品物を大事に包装して家に飛ばした。なくなったら嫌だからね。


「じゃあ、私は今日はこれで帰るよ」

「あぁ。わしもまたしばらく国外へ出る。よろしく頼むぞ?」

「はいよ。任しといて」


 魔術師長様も高齢なわりに活動的だよなぁ。この間他国から帰ってきたばっかりなのに。……後継が育ってないからか。そうか、そうなのか。

 せめて次代の長くらいは育てないとなぁ。今のところ候補は何人かいるみたいだけど。


「じゃ、魔術師長様も気を付けて」

「あぁ」


 こんな高い棟から階段を使って降りるなんて面倒だし、なにより疲れる。

 だから行きは瞬間移動、帰りは


「また窓から出おって……」


 そんな魔術師長様の呟きがかすかに聞こえた。


 だって気持ちいいんだもん。風がびゅっとうなるのを聞くのは。

 足元に地面が柔らかくなる術をかけ、飛び降りる。まぁ、要はトランポリンだ。


「ジョシュア、終わったよ」

「サーヤ!」


 ジョシュアが稽古をつけてくれていた騎士達にお礼を言い、駆け寄ってくる。

 よし、どこも怪我をしてないな? あぁ、汗びっしょりじゃないか。


「世話になったな、リヒャルト。……それより、どうしてミハエルがここに?」

「おや、名前を覚えていてくれたんだね? 嬉しいな、光栄だよ」

「触るな、変態」

「ひどいな。僕は変態じゃないよ。この世の女の子を全員愛してるだけさ」

「間違うことなく変態だな」

「あぁ、末期だ」

「へんたい?」

「お前は知らなくていい言葉だよ」


 神殿騎士達の集団に、なぜか所属の違う近衛騎士のミハエルが混じっている。

 奴は重度の女好き。女と見るや歳を考えず、誰も彼もと口説き回っている。そのうち去勢されないかとひそかに期待しているんだが。いかんせん腕も立つのでそのきざしはまだない。実に残念だ。


「ひどいな、君達。今日はもう帰るのかい?」

「あぁ。変態も帰れ」

「変態変態って僕の名前は違うよ?」

「お前は変態で十分だ」


 さぁ、ジョシュア。お前にこの男の性格が移らないよう、早く帰ろう。

 ジョシュアが女好きになった日には、お前の両親に顔向けができないからね。そんなの、養い親である私も断固認めません!


 そしてシーヴァ。

 世の中の女の子達のために、早々にミハエルを去勢させるべきだと切に願います。


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