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「おま、おまえがっ!」

「ジョ、ジョシュア? いきなりどうした?」


 なおもゆりあに突撃をかまそうとしてたジョシュアの肩を掴み、その進撃を無理矢理止めた。すると、今度はくるりと方向転換し、両腕を上げてくる。私にも攻撃するのかと思いきや、なんのことはない。


「抱っこ! ねぇ抱っこ!」

「あ、あぁ。シン」

「シンはいや! サーヤじゃなきゃいや!」

「ソウデスカ」


 シンはいや……とつぶやき、全身灰になりそうなシンに憐憫れんびんの眼差しを向けながら、ジョシュアを抱き上げた。キュッと身を寄せてくるジョシュアに、シンには悪いがやっぱり可愛いは正義だなぁと思う。


「ジョシュア。どうしたんです? いつものあなたらしくないですね?」

「……もん」

「え?」

「そいつがもっと仕事してたらサーヤはもっともっと僕と一緒にいてくれたもん! 置いてきぼりになんかされないもん! 捨てられたりしないんだからぁ!」

「ジョシュア、落ち着け。置いてきぼりは……留守番させることは結構あったけど、私はお前を捨てたりなんかしないぞ?」


 なんだろう。恋人同士の痴話喧嘩に似てる気が……。


 だから二人とも、そんな生温かい目で見ないでよ。

 シンも早く復活しろ。そして助けてください、お願いします。


「だってだって、サーヤは僕が大きくなって、勇者っていうのになったら……ぐすん……僕を捨てて……ひっく……どこか遠くへ行くって……言ってたもん」

「誰が?」


 どこのどいつだ。そんな面白くもない冗談をうちの可愛いジョシュアに吹き込むとは。万死に値する。


「分かんない。遊びの帰り道で……んっ……言われたから。……ぐすん……サーヤに……ご飯、またよろしくねーって」

「……あんにゃろ」


 読めた。あいつだ。あの悪魔。

 ジョシュアを外から攻撃じゃなくて中から攻めるなんて。まだ子供だぞ? 断じて許すまじ。


「サーヤ、それって」

「この前の悪魔ですよ。死の番人」

「ジョシュアともう接触してくるなんてね」

「あのときは私だけだったのに。くさっても悪魔、というわけか」


 この場に早々に呼び出して制裁加えたいとこだけど、ここ王宮だし。とりあえず家に帰ってから考えよう。魔術師長んとこにも行かなきゃだし。


 ……あれ? なんか忘れてる気が。


「……あ、ゆりあ」

「あぁ、ごめん。君のことすっかり忘れてたよ」

「これ以上浪費しないというならまだ神殿の庇護ひごを受けられますが? いかがです?」

「……分かりました」


 ゆりあは立ち上がり、ドレスについたほこりを払うと足早に立ち去った。


 去り際に私の耳元へ


「覚えてなさいよ」


 という捨て台詞を吐くのも忘れてなかったし、うん、大丈夫そうだ。

 あれか、万年お花畑は死なんと治らんってやつか。悲しい現実だ。


「ジョシュア、私はお前を捨てたりしないよ。捨てるならこの世界の方だ。二人で一緒に元の世界へ帰ろう」


 その術はまだ見つけられていないけど。むしろ、シンには絶対帰れない言われたけど。やる時はやるよ? 私はね。

 ユアンもシーヴァも空気を読んでくれたのか、私のこのちょっと問題発言にも目をつむってくれるらしい。何も言ってこなかった。


「本当? サーヤは僕と一緒? いなくならない?」

「いなくなるもんか。私とお前が離れるのは仕事の時とお前が学校に行くようになった時だけだよ」

「うぅ」

「ほら、男ならいつまでもメソメソするものではないよ。そんなにサーヤと離れるのが嫌なら、サーヤがこちらに来ている間、神殿でリヒャルト達に稽古けいこをつけてもらえばいいんじゃない?」

「いいの?」

「ちょっとユアンさん? ジョシュアにはまだ早いんじゃ」

「いいよ。早速頼んであげるよ」

「あ、ありがとう!」

「おーい」

「ふふ。どういたしまして」

「お話聞いてー」


 ユアンとジョシュアだけで話題が終了してしまった。ユアンは絶対わざとだ。ぐぬぬと歯軋はぎしりしていると、シーヴァが目を細めた。


「ジョシュアの方が寂しがっているかと思いきや、その実、あなたの方が自分だけの庇護でなくなるのを寂しがっているように思えますね」

「……ふん」


 そんなんじゃない。そんなんじゃないけど。


 呼び出されたリヒャルトと楽しげに話しているジョシュアを見た。


 本当の両親の元へは……無事で帰してやりたいだろう? 何年かかるか分かんないけど。危ないことからはなるだけ遠ざけてやりたい。そのために今の私の力があるんだから。


「男の子というものはそういうものです。今はあぁでも、自然と親の手から離れる時が来ますよ」

「あー、あんまりそういう時は来て欲しくないなぁ」

「今が一番最初の時です」


 シーヴァにそう言われると、そうなんだろうなって思えてくる。実際シーヴァも男だし。……シーヴァとユアンに可愛い子供時代があったなんて想像できないけど。


「サーヤ、今とても失礼なこと思わなかった?」

「思ってません」


 油断するとこれだ。ユアンは心の声が本当は読めているんじゃないかと毎度毎度思わされる。そういう術は早々に会得していそうだし。


「サーヤ!」

「うおっ、なんだ?」


 リヒャルトと話していたジョシュアが私のお腹にタックルをかましてきた。地味に痛い。けど、ジョシュアのキラキラとした目を見て先を促した。


「僕、すっごく強くなって、サーヤを守るからね!」


 ニコッと笑い、またリヒャルトの所へ戻っていくジョシュア。


「……おーい。サーヤ?」

「二人とも、どうしよう」

「……何が?」

「うちの子が可愛すぎて死ねる」

「「……」」


 黙った二人に生温い視線を受けようとも気にならない。だって本当のことだもの。うちの子、最強!


 シンを見ると、シンも穏やかな顔で私達を見ていた。


 ジョシュアに反抗期は当分訪れそうにありません。良かったです。まる。



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