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■□■□



 三日後。


「おや? 今日は一緒に来たんですか?」

「あ、うん。ちょっと……」


 シーヴァが昼過ぎに王宮を訪れた私の背後を見て、軽く目を見張った……と思う。奴の顔面表情筋は使われたことがあるのかというほど退化、もとい使用不可になっているから、本当のところは分からん。

 そんなシーヴァを驚かせた?のが、我が養い子であるジョシュアだ。私のローブの後ろをきゅっとつかんでいる姿は、通りかかる女官さん達や警備中の兵士達など、見る者をほっこりとさせている。


 いつもなら留守番のジョシュアが王宮に来たのには、あるわけがあった。


「あぁ、そういえば、あなたが前に言っていた物の試作品ができたそうですよ。魔術師長に聞いてみてはいかがです?」

「ホント? ならこれから……」

「だめ!」


 後ろから可愛らしい抗議の声が入った。

 親バカならぬ養い親バカなのは分かってるつもりなんだけど、やっぱり可愛いな、ジョシュアよ。でも、本人は至って大真面目なので、笑ってはいけない。


「サーヤ! お仕事もうダメ!」

「今日のは違うよ。ほら、シーヴァにご挨拶あいさつは?」


 いつもなら家に押しかけてくるユアンやシーヴァ、時々リヒャルトに自分から挨拶したり、話しかけたりする良い子だろう? それが今日は目すら合わそうとしない。


「イヤ! ねぇサーヤ、もう帰ろ? 早く帰りたい」

「なら、シンを呼ぶから一緒に……」

「サーヤも一緒なの!」


 昨日、近所の子達との遊びから帰ってきてからの甘えた坊主の襲来だ。今までが本当に幼稚園児かと思うほどの聞き分けのよさだっただけに、ちょっと驚いた。ウソ、かなり驚いた。


「どうしたんだよー。何かやっぱりあったのか?」

「ないもん! ないったら!」

「あー、分かったから。服をそんなに強く引っ張るな」

「帰るのー!」


 とうとう泣き出し始めた。

 そんなに私が王宮で仕事するのが嫌か? 私もできればしたくないけど。私の理想はジョシュアが魔王を倒すまで、のーんびりと街中で暮らすこと。早く実現させたいもんだわな。


「あ! いたっ!」


 ……おいおい。今はジョシュアのことで頭がいっぱいだってのにあんたのことはキャパオーバーだよ? だから、大人しくとっととさっさと今すぐ神殿へお帰りください、巫女姫サマ。


 長ったらしい廊下の向こうからドレスのすそをたくしあげ、猛烈なスピードで走ってくるゆりあを見て、憂鬱ゆううつ度がMAX値を迎えた。


 今日はアレか。厄日か。


「ちょっと! なに!? この地味な服!」


 シーヴァの片眉がピクリと上がった。傍目はためには分からないけど、分かってしまった。

 そりゃ怒るわな。この国の最高品質のシルクでできたドレスを地味って言われちゃ。しかも、一見なんの意匠も施されてないように見えるけど、その実、裾の方にはとても丁寧な透かしが入っている。


 なんで分かるかって? そりゃあ、街で暮らしてるとさ、いろんな仕事の人と出会うからねぇ。自然と目も肥えるって話よ。


 そして、何故それを私に訴える?


「なんであんただけ優遇されるの!? この世界はゆりあのためのものなのに!」


 おーい。今まであなたって呼んでたのに本性ですか? それ、隠せなくなった本性ですか? しかも、自分のもの発言って……笑える。


 さーて、ジョシュア。

 宰相殿が巫女姫サマに言いたいことがあるようだから、ちょっとお耳、ふさいでおこうか。


「この世界があなたのもの? それはとんだ勘違いですね。そもそもあなたは異世界人。それも本来ならば生けにえの身。今なお五体満足衣食住なんの問題もなく生活できているのは、他ならぬ陛下のご温情あってこそだというのに。随分と国庫の金を使いあさってくださったようで」


 ……うん、えっとー。

 どこから私はツッコメば良いのかな?


「い、けにえ? ……なに、それ。私、そんなの、しらな」

「君、この国のこと、本当に何も知ろうとしなかったもんね。君を召喚した女神様、彼女が何をつかさどっているか、知ってる?」


 なんとなく話の先が読めたような。

 側に立つシンに目を向けるとスーっと目をそむけやがる。ビンゴか。


「知らな」

「彼女が司るのは“死と生け贄”だよ。きっと君を魔王封印のいしずえにしようとしたんじゃないかな?」

「じゃあ何か? その女神サマは、ゆりあを人柱にしたてるために呼んだってこと?」

「まぁ簡単に言えばそうだね。まさか自分のもの発言するまでおごりが過ぎるようになるとは思わなかったけど」


 突然現れたユアンに驚かない私。もう慣れた。


「ねぇ、神殿騎士の件や今までの浪費癖ろうひへき。本来なら厳罰ものなのに、何故君を操ってた公爵にしか罰が下らなかったと思う? みんな君に同情してたのかもねぇ。いつ気が変わって差し出されるか分からないから」


 ジョシュアや。私達、シンで良かったね。

 神様界の中間管理職バンザイ!


 ゆりあが真っ青通り越して真っ白になってガクガク震えている。そりゃあ、怒らせちゃならん二人を怒らせてるんだから仕方ないか。同情は……まぁ、さすがに人柱はあんまりじゃなかろうか。だって、呼び出したのはそちらの都合もあるだろうに。


「でも、今回はサーヤ達がいるから人柱はいらないし、正直君、いらないんだよね。でも一応女神様が呼び出した相手だし、失礼がないように神殿が預かっているだけで」

「本来ならサーヤ達の方が王都に、むしろ王宮に住んでほしいくらいです。あなたは単なるオマケですよ」

「神殿側も君には辟易へきえきしてるんだよね。いっそサーヤを巫女姫にすれば良かったと思うよ。……うん、我ながら良い考えだと思う。ねぇ、サーヤ? 今からでもならない?」

「丁重にお断りします」

「えー残念」


 それは使い勝手のいい駒をすぐに呼べる範囲に置いておきたいからですよね? そんなの絶対イヤだ。それに巫女姫なんてガラじゃないし、今の生活で十分満足してる。


「……なんで。なんであんたばっかり!」


 どーん!


「きゃっ!」


 ……何が起きた?


 私とシン、ユアン、そして珍しくも本日二度目のシーヴァ驚きの行動。

 目の前には尻餅をついたゆりあと、今にも泣きそうなジョシュアが足を踏ん張らせていた。



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