8



□■□■



 リヒャルトに連れられ、王宮を訪問して丸一日が経過した。

 夜も夜で最悪だったけど、今も今で最悪だ。


 もぉー嫌だ。なんで私がこんな目に。


「おい、こら。本気マジでグレて魔王側につくぞ、この野郎」


 ガシャガシャとやかましい鎖の音が、狭く暗い牢屋ろうやの中に響いた。


 後ろ手に罪人よろしく拘束されているのにも我慢の限界がある。

 だから、ここで一つ。脱走というものをしてみようと思うが、どうだろう? そして、それが成功したあかつきには、私がここに入る要因となったヤツを一つずつ消し炭にしていこうと思う。大丈夫。周りに被害が及ばないよう、ピンポイントでやると誓おう。


「はっ! 無様だな!」

「あ?」


 カツンカツンと牢屋の方に向かってくる足音がするかと思えば。


 飛んで火に入る夏の虫。ここで会ったが昨日ぶり。ここに入る要因となった一人が今まさに目の前にいる。


 ――ミルドレッド公爵。

 奴だけはお天道様がお許しになっても私が許さん。末代までってのは疲れるから、奴が死ぬまでたたり続けてやりたい。……それはそれで疲れるか。やっぱりここは即日の方向性に重きを置こう。


「豚じゃなくって焼き豚にしてほしかったってか」

「……そんな口をきけるのも今のうちだぞ」

「へぇ。今のうち、ね。そりゃそうだ。だって、アンタはもうじき口がきけなくなるからなぁ」

「……なに?」


 奴の優越感にひたっていた顔が、にわかにゆがんでいく。


 あぁ、今ならユアンの気持ちが分かるかもしれない。嫌いな人間を地獄に叩き落とすまでの時間というのはすごく楽しい。


 ……ほんと、神職っていうのに疑いの目を向けざるを得ないよなぁ? あれで実は稀代きたい詐欺師さぎしかもしれない。うん、それなら納得できる。それか、天使の皮をかぶった悪魔、いや、魔王。


「……い。おいっ! 聞いてるのかっ!?」


 いえ、まったく。


 鉄格子を握りしめる指にはどれだけの力が込められているのか、プルプルなんて可愛らしいものではなく、ブルブルと震えていた。もちろん、顔も赤い。いや、もはや赤黒い。


 これではどちらが鉄格子の中にとらわれているか分からない。

 ただ、間違うことなかれ。被害者は私だ。


「貴様、何を世迷い事を言っている。これ以上私を侮辱ぶじょくするならば、今すぐ断頭台へ」

「行くことになるのはどうやらあなたのようですよ。ミルドレッド公爵」


 遅い。遅すぎる。


 新たに現れた男――シーヴァに一瞥いちべつをくれてやってから、牢屋の固い床でさらに固くなった身体にむち打って立ち上がった。

 こんな暗くてジメジメした所、二度とゴメンだ。こんな所に入れられると分かっていたら、シーヴァとユアンに呼び出されたとはいえ、だ。のこのこと顔を出さなかったというのに。


「よっこらせっと。………なぁ、公爵さんよ。因果応報って言葉、知ってますかぁ?」

「自業自得という言葉も当てはまりますね」

「なにを」

「本日、ミルドレッド家の貴族位剥奪はくだつ、及び財産のほぼ全てを没収ぼっしゅうが決定されました」

「っ! わ、私は……私は国王の叔父だぞ!?」

「そう。ただの叔父。国王じゃない。だろう? ……あぁ、そうそう。財と家柄を持たないものはどうなろうと構わない、だっけか? 良かったなぁ。自分自身でおのが言葉の意味を確かめられるぞ?」


 パチンと指を鳴らせば、鎖は耳障りなほど大きな音を立てて床に落ちた。もう一つおまけに牢屋の鍵も粉々に。こんなの朝飯前だ。


「はぁ。手首が痛いし、背中も痛い。今夜は薬草風呂だなぁ。……あ、薬草代は労災として別に回収しますので」

「構いませんよ。国庫に多少のうるおいができましたから」

「それは何より。昨日、半ばおどされるようにしてここに入れられたかいがあった」


 まったく、昨日のアレは酷かった。


 呼び出された私が王宮に向かえば、笑顔のユアンとシーヴァにご対面。

 犯罪者を断罪する並みに恐ろしかった事情聴取は、どこから聞き付けたかあの悪魔が私の家を訪れたことを知る公爵によって中断させられた。

 正直、この時ほどこの愚かな公爵に感謝したことはないし、これから先一度もない。ただし、すぐにその感謝の念は吹き飛んだ。


『では、この娘をろうに入れましょう。処遇は後程、ということで』


 そのとき垣間見たユアンの笑みはヤバかった。

 あれはダメだ。まさしく魔王の笑みと言っていい。ほんの一瞬だったのに、まるでそう、蛇がとぐろを巻いて締め殺そうと虎視眈々こしたんたんと獲物を狙っているようだった。


 本当にユアンが魔王であったなら、私は何の迷いもなくその配下に下っていただろう。誰だって我が身は可愛い。ジョシュアには、あれは無理だ、諦めなさいと言い含めて勇者になるのをやめさせている。


 しかし、悪者の最後の悪あがきはなかなかにしぶとかった。


「なんの罪でだ!? 私は何も悪いことはしていない!」

「ほぉ! ここまで面の皮が厚いと、感嘆せざるを得なくなるな」

「まったくです。……例の物をここへ」


 シーヴァに促され、彼の侍従が運んできた物に公爵は目を見張り、ガクガクと震えだした。先程の震えとは違う。それは、怖れ故であることは誰の目からも明白であった。


「だから前に言っただろう?」


 牢から出て、地面に手をつく公爵を見下ろし。


喧嘩けんかを売る相手は選びなよ、って」


 まだ顔に幼さの残る侍従君や、途中から隅の方で傍観していたシンの身体がブルッと震えた。目の端にそれを映しながらきびすを返し、その場を去った。


 ……あぁ、お腹空いた。


 後に、宮中内に『牢屋には魔物が住む』とまことしやかなうわさが流れるが、知ったこっちゃなかった。



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