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 舞踏会の五日後。

 家でぐっすりと寝ていた私のもとに、招かれざる客がやってきた。


 この世界に来る前も来た後も、色んな性格の奴に会ってきた。

 十人十色なんて言うけど、実際二重人格やら腹黒なんかで一人二色も三色も持つ強者もいる。十人十色なんて最初に言えた奴の周りにはまともな奴ばかりだったんだろう。私はそう、運が悪かっただけで。


 でもな? こういう性格の奴はやめようか。マジ無理。ホント無理。


 いや、おかしいでしょ。


 まだ『魔王様を倒すという勇者を子供のうちから始末しに来た!』とか言ってくれたらののしれますよ、思う存分罵倒ばとうした挙げ句に返り討ちにしてやりますとも。えぇ、間違いなく。


「ねぇ、まだぁ?」


 春先じゃなくて良かった。玄関のドアは姿を消し、中から外が丸見え……違うな、外から中が丸見え状態になっている。まずはここの修繕をしよう。


 ジョシュアはシンがついているから大丈夫だろう。神殿へ直通で運んだから、リヒャルトもいるし、ユアンもいる。たまには私の面倒事の手伝いして欲しいし、構わない……はず。


「ねぇってばぁ。聞こえてる?」


 あ、混乱するといけないから念のため。さっきから背後で無邪気な声を響かせているのはジョシュアじゃない。


「……僕、そんなに気が長くないんだよね」

「黙らっしゃい! 人を訪ねてくるときは時間を気にしろ! 今何時だと思ってんだ!?」

「何時って……三時だけど?」

「そう! 三時! 夜中のな! 良い子と疲れた人はみんなぐっすりお休み中の時間! これについて何か言うことは!?」

「だって僕、悪魔だよ? そんなことより早く何か作って。お腹空いたんだよ、僕は」


 ザ・ワガママ!

 ご飯要求する前にお前が壊した玄関のドア直せや!

 違う! 反省だ! こんな夜中にいきなり奇襲かけてきたことについての!


 ……本気でジョシュア目当ての奇襲かと思って焦ったのに。蓋を開けてみればなんのことはない。異世界の料理が食べてみたいから作ってだぁ? 一昨日来いっての!


「……その目、その言動。お前、『緋の異端児』だろう?」

「うわぁ。その名で呼ばれたの随分久しぶりかも。最近はずっと別の名前で呼ばれてたからなぁ」


 ……無邪気な言動の一方、仲間すらも躊躇ちゅうちょなく手にかけられるという残忍さ。好きなことは殺戮さつりく拷問ごうもん。かつては神のお膝元で仕えていた天使ながら、自分の興味が薄れると迷うことなく堕天の道を選んだ悪魔の中の悪魔。魔王の右腕とも呼ばれる魔界の公爵。よく天使なんてものに生まれることができたもんだとユアンから話を聞いたとき思ったよ。


 そのこいつの、今の呼称は……


「……死の番人」

「そう、それ。でもちょくちょく死神から苦情が来るんだよね。返り討ちにしてるけど」


 ケラケラと笑いながら言ってるけど、その返り討ちって相手死んでるよね? 死神殺しちゃってるよね?


「最初はさぁ、君のことも暇潰しに殺しに行こうかなって思ってたんだよねー」


 ちょっとそこまでお使いに行こうと思ってたんだよねー的なノリと同じように言わないで。内容悲惨ひさんだから。真逆だから。


「でもね、そういえば僕、異世界のこと何も知らないなぁって思って。殺すのは勿体もったいないからやめたんだ。だから、お腹空いたからご飯早く作って」


 ……だからの前後の台詞が絶妙にみ合ってないと思うのは私だけだろうか。


 あいにく冷蔵庫の中身は昨日の夜、冷蔵庫の中身処理ご飯をやったからほぼ皆無だ。残っているものといえば………あぁ。アレがあった。


「ちょっと椅子いすに座って大人しく待ってろ」

「はーい。早くしてね」


 冷蔵庫の奥の方に封印してあったモノ。決して食べるまいと固く誓ったモノがそこにあった。

 ――ハバネロ。あの激辛な、そう、あれだ。

 保管に困り、結局冷蔵庫の隅へと追いやられたご近所付き合いの副産物。まさかこんな所で役に立つとは。ばあちゃん、ありがとう。


 そのまま出すのは見るからに料理じゃないので、作ってあったオーロラソースをかけて皿に綺麗に盛り付けた。


 別に、私は相手が神様だろうが人間だろうが魔族だろうが区別はしない。まぁ、さすがに神様には敬意を払うけど。シン以外は。

 だから、魔族にご飯を作ってと言われても、そう抵抗はない。材料人間ってわけでもなければ。


 でもねぇ? さすがに夜中の三時のおさんどんは怒るよ? 怒ってるよ? 私。


 だからハバネロ。辛さにもだえるがいい。ざまぁ。


「はい、どーぞ」

「なぁに? これ」

「いいからいいから。食べてみなって」


 マジ辛いから。辛すぎるから。


 元天使だけあって、見目麗しい容姿にたがわず綺麗な所作でフォークを扱い、ハバネロを口に運ぶ悪魔。

 それが何なのか知っている私は、悪魔が好奇心満々に口にするのを見て、軽く口元をピクピクと震わせた。


「……しい」

「え?」

「おいしい! おいしいよ! こんなおいしいもの食べたの初めてだ! 何て名前なの?」

「……ハ、春野菜の……オーロラソースえ……です」


 ガシッと両肩をつかまれ、悪魔は目をキラキラ輝かせている。これは本気で嘘偽りなく美味しいと思っている顔だ。私はその視線にえかねて顔ごと反らし、若干の嘘を交えて答えた。


 だって、ハバネロだって野菜だし……オーロラソース和えなのは間違ってないし。ハバネロを春野菜にしていいのかって言うと……まぁ、あれだよね。そう、あれだよ。


「ホント、君のこと殺さなくて良かった。この味は独り占めしなくっちゃ。あの人にも黙っとこ」

「……あの人って、まさか」

「ん? 魔王様だよ。僕の唯一の上司」

「さいですか」


 でーすーよーねー?

 つーか独り占めとか言ってるけどもしかしてまた来る気じゃあ……。


「これもうないの?」

「ないね」

「えー。じゃあまた買っておいてよ。じゃっ」

「あ、ちょい待ちっ!」


 ……玄関のドア破壊して帰んなよ。

 残されたのは、ハバネロが入っていた皿、と、可哀想な玄関のドア。


「……魔族なんて、大嫌いだコノヤロー!」


 防音にしといて良かったのか悪かったのか。

 夜明けと共に、王宮にすぐ来るようにとリヒャルトが迎えに来た時、私は不気味な笑み(リヒャルト談)を浮かべながら掃除をしていた。


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