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なんだかんだと文句を言えど、行かなくて良くなるわけでもなし。いやいや向かった公爵邸。広いエントランスでリヒャルトに出会い、中へ進むとそこは王宮の造りを模した大広間だった。
さすがは元王族。臣下に下ったとはいえ、王宮に住まうことによほど未練があるのか、至るところにここは王宮かと錯覚させるような意匠が施されている。広間の壁は鏡張りでより広く感じられ、中にいる人達の色とりどりの衣装で空間の華やかさが増していた。
着慣れぬドレスを着、履き慣れぬヒールの高い靴を履き、髪もこれでもかとひっつめられ。なにが楽しくてニコニコと笑ってなけりゃいかんのか。
さっきから感じる突き刺すような視線もわずらわしいことこの上ない。これに関しては、目下ジョシュアの護衛兼お守り役を
お嬢さんと呼ぶに相応しいお年の方から、もう無理があるんじゃないかと思うような方まで、リヒャルトの動向を扇の影から
それとはまた別に、常識のありそうな老年の紳士達はジョシュアを見て眉をしかめている。しかし、それはジョシュア自身に非があるわけではない。
「いくら魔術師の庇護を受けている少年だからといって、まだ社交デビューは早い」
「あぁ。だが、ミルドレッド公爵自らが彼にも招待状を出したらしい」
「何を考えておられることやら」
彼らの声を遠くからでも聞こえるよう術を
ミルドレッド公爵、もとい豚……あ、間違えた。私がこの国に来てすぐに豚にかえた男は、私達を目の敵にしている。
王位? んなもん勝手にすればいい……と言いたいところだけど、あいつが王になれば国が乱れる。民が貧しさにあえぎ、一部の貴族が甘い汁をすする。
………あはは。冗談じゃないよね。だから私は全力で阻止してあげるしかないじゃない。
ピシャッ
「あら、ごめんあそばせ」
周囲にそれとなく視線を走らせていると、背後からワインをかけられた。しかも赤。
お腹が空いたと訴えるジョシュアを連れてリヒャルトが離れた時、その暴挙は行われた。振り返ると、女の子の集団がクスクスと扇子や手で口元を隠して笑いあっている。
謝ることには謝ってきた。でもさ、笑ってるくらいだから、確実にワザとだよね? え? これがお貴族様の洗礼ってヤツ? やだ、なにそれ。
空いたグラスを持っているから、主犯はバッチリ判明している。
ムカッと来たのをおくびにも出さず、逆にニコリと笑ってやった。こういう時って笑顔になる方が相手もイラッてくるのは理解済みだからね。なにを隠そう、経験論だから。
「いいえ。でも、お気をつけくださいね。他にもお客様はいらっしゃるのだから。……みっともない」
「なっ! みっともないのは一体どっ……え?」
これくらいなら指一鳴らしで汚れは元通り、何事もなかったかのように綺麗な状態に戻った。揃いも揃って見せてくるアホ面に私はこみ上げてくる笑みを隠さずにもらした。
あー、愉快愉快。口、開いてますよー。 自分達の方が魔法に慣れ親しんでるでしょうに。何故にこの程度の魔法で驚く。
「何事も、相手はよく選ばなきゃダメですよ?
私、私と私の庇護下にある者に害なす者には容赦しないので」
「ひっ!」
「い、行きましょう!」
「そ、そ、そうねっ!」
「早く!!」
あーらら。あっという間にどこかへ行ってしまった。
さぁて、と……ジョシュアにはリヒャルトがついているし。私は私でお仕事しましょうかね。あー、面倒くさい。
ワルツが流れ、たくさんの男女が踊るのを横目に見ながら、私は広間を後にした。
ほとんどの使用人が広間に集まっているのか、廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。ま、すれ違った所で姿は消してるし、万が一に備えて記憶操作の魔術もかけてあるから、
ここで一つ。この公爵邸には高名な魔術師がとある魔術をかけている、らしい。
おまけのもう一つ。魔術と魔法は同じにして異なる。より高い魔力を持たないと使えないのが魔術と言われる方だ。魔法は一般人でも使える。
その魔術をもってしてまで隠しておきたいものが、この公爵邸にはある。
我らが神官長のユアン様は、それがどういう代物なのか、どうしてもお知りになりたいんだそうだ。
他人の秘密は蜜の味、それが使えるものならなおのこと。そう言い切ったユアンに、プライバシーの概念はあるんだろうか。……いや、ないな。それであるとか言われた日には地球が逆回転しだしたか、太陽が西から昇るようになった時かだ。
彼の顔面偏差値は興味のない私でさえかなり高いと思うのに……性格偏差値は底辺どころか底辺突き破ってマイナスすらも超えた概念に行き着きそう。シーヴァについてもしかりだ。
考え事をしながらでも手は動かす。一家の家事を切り盛りしてきたが故になんでもなくこなし、ようやく目当てのものを見つけた。
「……わぁー、ビンゴ」
私の雇い主様に大層満足してもらえること間違いなしだろう。良かった良かった。
懐にいれ、何食わぬ顔で会場に戻ると、帰りまで決して動こうとはしなかった。
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