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□■□■



 今日は王宮に行く用事もなく、丸々お休みをもらっている。

 というわけで、ジョシュアやシンと久々に市場へ行くことにした。


「ん? サーヤじゃないかい!? 最近見ないからどうしたのかと思ったよ」

「ごめんごめん。王宮に呼ばれててね」

「サーヤ! 上の息子が今度北に仕入れに行くんだが、また守り石つくってくれないか?」

「いいよ。まだストックがあるから、後で家に寄んな」

「すまねぇな。何か入用のモンがあったら言ってくれ。いつでも持ってくよ」


 歩く度に声をかけてくる街の人達は陽気な連中が多くて、バシバシと叩かれた背中が少し痛い。

 ここに来てから最初は遠巻きだった彼らも、私が主に魔法のことで手助けしたら徐々に受け入れてくれた。今では昔からの知り合いのように接してくれている。


「サーヤはすぐ皆と仲良くなるねぇ。すごいねぇ!」

「すごくない。この世は持ちつ持たれつなんだ。誰かが困っていたら自分ができる範囲でいい。助けてやれ。その人からじゃなくても絶対に返ってくるから。分かった?」

「うん」


 素直な養い子の頭を撫でてやると、ふにゃあっと笑い、私の腰に両腕を回して抱きついてきた。


「今日のご飯はチーズフォンデュにしようか」

「本当!? やったぁ!」

「チーズと牛乳買って……パンは家にあったよな」

「ねぇねぇ、お菓子買ってい?」

「あぁ、三つまでな」

「わーい!」


 駄菓子屋の階段を上がり、ドアの前で私を手招きしてはしゃぐジョシュア。店番はいつも優しいおばあさんなので、いささか人見知りの気がある彼もなんの気兼ねなく店のドアを開けた時だった。


「出ておいき! そして二度と来るんじゃないよ!」


 いつもの優しいおばあさんはどこへやら。怒り狂った本人が誰かを店から押し出した。


 ドンッ


「うわっ!」


 小さなジョシュアに二人とも気づかなかったのか、押し出された誰かに巻き込まれ、ジョシュアの体は階段から足を滑らせて宙に浮く。

 しかし、その体が地面に叩きつけられることはなかった。


「あ、ありがとー」

「どういたしまして」

「たまには役に立つな、シン」

「たまにじゃないでしょ。失礼な」


 私が動くよりも先にシンが階段下に体を滑り込ませ、ジョシュアを受け止めた。


 ……さて。

 無事だったから、で、済ませられるわけがないよな?


「あぁ、ジョシュア! 大丈夫だったかい? すまないねぇ」

「おばあさん、どうしたの?」

「サーヤも悪かったね。……なんでもないよ。さ、今日は怖い思いをさせたおびに、なんでも好きなの持っていっていいからね」

「だって! サーヤ、行こ!」

「おばあさんと一緒に選んできな。後から行くから」

「置いて帰らないでね?」

「帰らない。さ、行っといで」


 そう言って、ジョシュアの背中をポンと押す。こくりと頷いたジョシュアはおばあさんに手を引かれ、店の中に入っていった。


「……待ちな」


 どさくさに紛れて逃げようとしていた先程の人物の肩をしっかりと掴み、目深にかぶっているフードを頭から下ろした。


「どうして神殿にいるはずのあなたがここにいるの?」

「ご機嫌よう。ゆりあ、メロンパンが食べたいって言ったの。なのに、ここの世界の料理人てば、メロンパンを知らなかったのよ?」

「そりゃそうでしょ。ここには菓子パンていう概念がないんだから」


 パンはパン。あってサンドイッチくらいのもの。それがここでのパン事情だ。

 それを知らずに半年もいたのか。来て半月の私だって知ってるよ。

 無知は罪である。昔、誰かがそう言ったそうな。ここのことを学ぼうとしなかったのか、学ぶ機会がなかったのか。まさしくその通りだね。


「それでね、ムカッときて、家出してきちゃった。あなたが住んでるっていう街にも行ってみたかったし」


 テヘッと舌を出して笑う彼女に、その舌を引っ掴んで投げ飛ばしてやりたい衝動にかられた。無責任すぎる。あまりにも酷い。


「ムカッときてじゃねぇよ」

「え?」


 その時、市場がにわかに騒ぎだした。

 どうしたと聞くと、予想通りの言葉が返ってきた。


「巫女姫が消えたらしい。護衛騎士達は皆、厳罰を与えられるんだと」

「……え?」


 思いもよらなかったのか? そんなきょとんとして。本当に、少しも。


 もし、そうなら……。


「もう神殿に戻った方がいい」

「……大丈夫よ。彼らのことはゆりあが許してくれるように頼んどくから」


 ……あぁ、もう無理だ。


「あのさぁ、ここが乙女ゲームの世界で自分が主人公? 別にそう思うのは勝手だけどね。……いい加減、現実見ろ。周りを巻き込むんじゃない」

「え、でも……本当のことだし。巻き込んでなんか」


 ぶつぶつと小声で反論してくるくせに、私の目を見ようとはしない。あまりにも幼稚すぎる彼女の行動に、もはやなんの言葉も出ない。


「サーヤ!」


 市場に来てすぐ声をかけてきてくれたおばさんが、私の姿を見つけて駆け寄ってきた。かと思うと、地面にひざまずき、泣きながら懇願こんがんしてくる。


「お願いだよ! うちの息子を助けておくれ! やっと騎士になったってのに、死罪になるかもしれないなんて、あんまりじゃないか! サーヤ、あんたしか頼める相手がいないんだよ!」


 そういえば、彼女の息子はこの間の叙任式で神殿騎士になっていた。巫女姫付きになっていたなんて……なんて不運な。


 要人が消えたとなれば、その罪は全て、警護をする護衛にある。しかも、巫女姫の場合、他国へ連れ去られた場合の損失は大きい。死罪という噂が流れるのも無理はない。


「分かった。分かったよ。王宮に今から行くから、その間ジョシュアを預かってくれる? 今、ここの店の中にいるから」

「ありがとう! 本当にありがとう! ジョシュアのことは任せな! ちゃんと面倒見とくから!」

「うん。……あんたも一緒に来な」

「え? きゃっ!」


 おばさんの泣きながらの嘆願に狼狽うろたえたのか、遠巻きに見ていたゆりあの手を掴み、転移陣の中に無理矢理連れ込んだ。



 転移した先は王宮――王の間。

 突然の出現に驚いた王の顔と、超絶不機嫌なシーヴァとユアンの姿があった。


 嘆願っていうのはさ、やっぱりトップに直談判が手っ取り早いのよ。

 今回は人の命かかってるんで。こんな勘違い娘のために悲しむ人がいるなんてのはいただけない。断じて許せん。


「陛下。ちょっと、お話合い、しましょうか」


 にっこりと営業スマイル浮かべさせていただきました。



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