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■□■□



 あー、駄目だわ。こりゃ。


 私達が来る半年ほど前にこの世界に来たらしい巫女姫サマ。お名前を姫崎ゆりあという。歳は私と同じ。高校二年。やっぱりっていうのか、日本人だった。


 そして……最高の勘違いっ子だった。


「ゆりあはねぇー、選ばれてここにいるの。だから、大切にあつかってくれなきゃイヤ」


 初対面でこれを言われた時の私の気持ち、誰かと分かちあいたい。

 たとえ、かなり譲ってここが乙女ゲームの世界だったとしても、この主人公にれることはないわ。私が男で攻略対象なら、こっちから願い下げだって断るし。


 ……ほっとく? ほっといちゃう?

 いや、もう無理よ、この子。自分に酔っちゃってるよ。


「あなたは今、どこで暮らしてるの?」

「……王都近くの街」

「王都じゃないの!? 可哀想! 私達異世界人は王都で保護してもらわなきゃいけないのに。ゆりあが頼んできてあげるね!」


 元気な巫女姫サマはおごそかな神殿の中をバタバタと走っていった。

 周りに元気溌剌はつらつ天真爛漫てんしんらんまんなイメージを持たせようとしているんだろうけど、ここではまるっきり逆効果だ。


「シン」

「……なに?」

「私はいずれ、どこかの火山を爆発させてしまうかもしれない」

「……お願い。こらえて」


 神様の方でも中間管理職的な立場にあるらしいシン。しかし、巫女姫サマをお召しになった神様は古株で、それはそれはお美しい方らしい。いや、皮肉とかじゃなくてホントに。

 バックに上司ついてるからなにも言えないなんて、神様界も世知辛せちがらいもんだね。


「どうして彼女になさったのか」

「ここに合った潜在的な力があるからじゃない?」

「あと、オツムが格別に弱いからでしょう」

「ぎゃっ!」


 突然背後に立たれたもんだから、驚いて相手に炎球ファイアーボールを命中させかけた。らすのがもう少し遅かったら相手に直撃していた炎球は、近くのステンドガラスを破壊。


「……」

「……サーヤ?」


 運悪く、どこかへ行っていたユアンが扉を開けたのとほぼ同時のことだった。


「えぇっと……今、直しますね」


 あぁ、神様。シン以外の。


「なんでボク以外!?」

「頼りないから」

「……いいよ、どうせボクは」


 隅っこで“の”の字を書き始めたシンは放っておいて。


 急に現れた彼――シーヴァは多少乱れた赤髪を後ろに撫で付け、銀フレームの眼鏡をくいっと上に押し上げる。ユアンとは違い、文官服を着ており、立場としては宰相の地位を王から与えられているらしい。三十手前にしか見えないのに、誰も彼も有能なことで。


「ユアンに呼ばれて来てみれば。時間を無駄にはしたくないのですが」

「ごめんごめん。なんかサーヤが逃げ出しそうな気がしてさ」


 ユアンが私の方に流し目を送ってきた。お前の弱点、バレてるぞ、とでも言うかのように。


 弱点というほどでもないとは思うけど、弱点といえば弱点になるのかもしれない。

 というのも、私は基本、人の気配を読み取れるようになった。ただし、読み取れない人もごく少数ではあるが、確かにいる。その一人がこのシーヴァというわけだ。

 なぜ読み取れるか否かが分かれるのかというと、この世界の人達は大なり小なり魔法を扱う力があり、それを感知することによって気配を読み取れている。けれど、中には全くその力がない人もいて、そういう人の気配は私にもまったくだ。シーヴァはその後者側の人間だった。


 つまり、私に気配を察知させないシーヴァを背後につかせることによって、事前逃亡を阻止そししようとしたわけである。この、目の前にいる神官長あくまは。


「先程、巫女姫のドレスや宝飾などの請求書が届きました。なんですか、あの額は」


 聞くと、五人家族が半年はそれで暮らせるくらいの額だった。

 五人で半年を一回の買い物で使いこめるなんて、すごいなぁ。私には無理だなぁ。


 ……その金、どこから出てると思ってんだよ、あの女!


 街中で暮らしてると分かる。みんな一生懸命に働いてるし、その働いた分の中から血税として国に納めてる。そんな大事な金を……。


「僕は彼女に必要最低限以外は一切関わってないよ。でも、その使い込みを知らないわけじゃない」

「ユアン、あなた……巫女姫を辞めさせろと国民からの嘆願たんがんが届くのを待っていますね?」

「さぁ……どうだろう?」


 そうなんですね。

 確かに、神様が決めた巫女姫に神官長であるユアンが否やを唱えるわけにはいかない。でも、それが国民なら。神様もやむを得ずを認めてくれるだろう。なんて策士。


「……神殿というより、あなただけは敵に回さないようにしますよ」

「そう? まぁ、その方が得策だろうね」


 この国の宰相と神官長の会話が怖い。

 氷の宰相と呼ばれるシーヴァと、腹黒神官長のユアン。二人がタッグを組めば、落ちない国はないかもしれない。


「しかし、金庫の金が減り続けるのも問題があります。もしものために貯蓄はしておかなければなりませんから」

「そう。だから、君の出番ってわけ」

「へ?」

「まず、君には彼女に徹底的に嫌われて欲しいんだ」

「……そんな簡単なことでいいんですか?」

「こんな簡単なことがいいんだよ」

「なるほど。そういうわけですか」


 それならまぁ……一つやりますか。


 この時、邪悪なオーラを感じたらしいシンが顔をあげると、私達三人がそれはそれはイイ笑顔で笑っていたという。


 そのまま、シンは無言でその場を去っていった。

 王宮の一室でお昼寝していたジュシュアの側で何やらぼそぼそとつぶやいていた。というのが、姿を消すのすら忘れていたシンの目撃談であった。



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