お尻が…てへぺろ!②
ほんの数百メートルの距離を、自転車にて座っては飛び上がり、立ち漕ぎしては『痛っ!』と呟き、歩いては、止まりしながら事務所の前に辿り着きますと珍しく定時に出社している怒りん坊上司がおりました。
「おはようごさいます。かくかくしかじか、病院に行ってまいります」
「なんや、痔か?お前、痔なんけ?」
やんわりオブラートに包み伝えた話を、どストレートに…そのようなお恥ずかしい病に侵されている部下を憐れとは思いませんか!?そして、その様な病に侵されるようなシフトを組んだのも貴方様でございます!!
「とにかく痛いので…」
と明後日の返事をすると、お腹を抱えて笑いだしました。それはもう腸捻転になりそうな勢いの笑い方でございました。この方にとって私の不幸は笑いのタネなのでございましょう。そこへ、先輩がもう1人やってきて
「朝から何そんな笑てんの?」
「かくかくしかじか」
「昨日から痛い言ってたもんなぁ〜。大丈夫?早よ行っといで」
人として、これが正しい振る舞いです!と再確認しつつ、笑い声を背に病院向かいました。
1番近くの内科医院はレントゲン液の垂れ流しが発覚し、潰れてしまいました…。確か駅の近くにもあったはず!と微かな記憶を頼りに辿り着いた木造の内科医院。この建物なら、お医者さまもそれなりのお歳なことでしょう。と安易な考えでその内科医院の趣ある木の扉を開けました。中にはご高齢の方が2人、小さなお子様とお母様。
そろりそろりと若干前屈みで受付に行き
「かくかくしかじか…」
30代後半とお見受けしますお美しい看護師さんが側に来て
「あら、可哀想に。痛いでしょう?わかるわ〜」
「なったことございますか?」
「ええ」
もちろん!と言わんばかりのお答え。このようにお美しい方をも悩ますとは!忌々しき奇病めっ!
その看護師さんに付き添われ、診察室へ入りますと、白衣を着た先生の後ろ姿が見えました。『あれ?この建物に比べて遥かにお若い…』嫌な予感がいたしました…。普段ならいい予感なのですけれども、この状況に置いては嫌な予感でございました。そして、その予感は的中したのでございます。
「先生、お次の相見様です」
その後ろ姿が物語ってはおりましたが…予想通り、歳の頃なら30代前後、若い上に男前…斉藤工を色白にして、唇を薄くした様な先生でございました…。
「はい。どうぞ。相見さんお座りください」
立ち尽くす私に、
「あ、お尻が痛いんでしたね。立ったままの方が良ければそのままで、いいですよ」
と、極上の笑顔を添えて…
『あぁ、この方はもう私の病についご存知なんだわ…』と何故だか悲しくなったのでございました。
「いつからです?」
「3、4日前からです」
「では、そこに横になって患部を見せてくださいね」
…やはり…来た………。
目眩を覚えながら隣の看護師さんに
「見せなくてはダメですか?」
と訴えたのでございますが
「すぐ終わりますよ」
とこれまた極上の笑顔。
私の人生の最大の秘密。数日前に突如できた秘密。その恥部たる秘密『てへぺろ』をこのような斉藤工風男前先生に…喉元まで、もう結構です!と出そうになり、走って逃げたい心持ちを押さえつけ、観念して寝台に横になったのでございます。ズボンと下着を脱ぐ間に先生の姿が見えなくなりました。
「あら、これは痛いわよねぇ」
と美人が仰り
「先生に見せなくてはダメですか?」
と駄目押しの懇願をいたしましたが
「先生ですもの」
と。そして先生が戻ってくるや否や、私の『てへぺろ』を覗き込み
「あー。ここだねぇ」
『そこです。一目瞭然。そこです』
と言う私の心を知ってか知らずか
ツンツン、
「ふぁっっ、あっっ」
思わず声が漏れました。
「痛いよね〜痛そうだ」
ツンツン、
「イっっっ」
「あー、ごめんね」
ツンツン、
「イターっっっ」
「凄く腫れてるねぇ」
『だから、イテーっつてんだろがぁぁぁぁぁ!!』(心の叫び)
様々な意味で涙目の私を余所に、散々意味不明のツンツンを繰り返したあげく、色白斉藤工風先生は
「ユミさん、軟膏あったっけ?持ってきて」
と、立ち上がるとご自分の机に移動しておしまいになりました。情けない姿で寝台に寝そべる私の元に美人のユミさんがやってきて、お薬を塗ってくださいました。
「今がピークだと思うから、すぐ治るわよ」
経験者の重みのあるお言葉。有り難や。むしろ最初から最後までユミさんだけでよろしかったのでは??
ズボンを履き先生の前に行きますと
「いぼ痔だね」
『言わずともがな…』
「座薬と痛み止め出しとくからね。お薬使い切ってもまだ痛むようなら、もう一回見せにきてね」
そして、極上の笑顔。
『お医者様、私のこの様なお恥ずかしい秘密を知ったのですから!知っただけではなく触ったのでございますから!触ったと申しましょうか散々弄んだのでございますから!!責任を取り嫁に貰ってくださいまし!!』
そう叫んでしまえたならば…。
「はい」
と返事をしながら
『二度と参りません。この内科医院にもこの界隈にも!!』
「ありがとうございました」
診察室を出る頃には心身ともに疲れ果てておりました…。
お薬を貰い、事務所に戻りますと私の顔を見るや否や笑う極悪上司…。
それでも、てのは…
それでも、それでも、てのは…
強く生きて行くのでごさいますぅぅぅ。
この様な経験を積み重ね、乙女は図太き女、果ては、おば様、おばぁ様に成長して行くのでございますね…。
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花の命は短くて…
苦しきことのみ多かりき……
林芙美子
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