彼は実在した。

 秋晴れのとある休日の事でございます。

 私は1人お買い物に出ておりました。珍しく膝上丈のプリーツスカートにジャケットと言う、いかにもお嬢さんらしい装いに、編み上げのロングブーツを軽快に鳴らしながら、日頃の鬱憤を晴らすが如く、お買い物を楽しんでおりました。私がスカートを着用するなど、本当に珍しい事でございました。おかげで気分ほ上々。心ときめくお品物とも出会い、なんて素敵な休日でしょう!弾むように歩いていたに違いありません。


 ちょうどその頃、大きな再開発の途中で広範囲にわたり高いフェンスと防音壁に囲まれて見通しが悪い一画がございました。とはいえ、中心街ですので人通りも多く、特に危険な場所と言う認識もなく、傾きかけたお日様が作る長い影を見ながら帰る途中のことにございます。


 常々、噂には聞いておりましたが、彼の方が実在したのでございます。本当にいたのでございます!!


 フェンスと防音壁に囲まれ、何となく圧迫感のある通りを歩いておりますと、前方から30代前後の身なりのきちんとした殿方がこちらに向かって歩いて来ました。亜麻色の背広に海老茶色のコート。世間一般には好青年に分類されるであろう、眼鏡の殿方でございました。


 私の前方には、その方以外にも数人おられましたが、人の切れ間と申しましょうか、その範囲にはその方と私だけでございました。


 何故だかその方は、私に向かって歩いて来るように思われましたが、気のせいでございましょうと歩みを続けておりました。しかし、その方はどんどん私に向かい歩いてまいります。はて???ほんの少しの疑問とともに、その方に道を譲るつもりでフェンス側に寄ったのですが、、、、、、


 もはや、予想通りと申しましょうか、当然と申しましょうか、私に向かって挙動不振丸出しで近づいて来るのでございました。


『嗚呼、またですわ…』


 すっかりその手の方への免疫がついておりました私は、ため息とともに、撃退の方法を思案しつつ身構えたのでございました。


『その眼鏡の奥の目から不埒な計画がダダ漏れですわよ!!』


 眼鏡の奥にある目が、表現しがたい色を放ちながら私を見ております。彼はコートの裾をお腹あたりで不自然に重ね、やや速度を上げてまいります。


『まさか!まさか!ついに!?』


 その距離が2メートルほどになった刹那。


 皆様のご想像通り、一切の裏切りもなく、突如広げた海老茶色のロングコートの下には、


「やぁ!元気かい?僕はこんなに元気だよ!!」


亜麻色のスラックスの間から元気いっぱい顔を出し跳ねる破廉恥、不埒、不謹慎。そして、不敵に微笑む好青年風の変態。


 この方は、私の瞳の奥にある『怒り』に気付かなかったのでございましょうか??確かに、私の見た目は、丸く、ほんわか、虫も殺せない様な『か弱き』乙女でございますので(多少誇張しております。苦情は直接お願い致します)気付かなかったのも致し方ございませんが。

 予想通りの展開に、私の怒りは臨界点を超えました。そのまま怯むことなく、丸出しの殿方に近付きますと、持っていたお買い物袋を渾身の力で殿方に叩きつけました。

 腕で顔を覆い、防御の構えの殿方に飛び蹴りを喰らわそう『あら。お下品な言葉を失礼』と思ったのですが、、、逃げられてしまいました。

 チャックを必死で上げながら走り出したその方の襟元には、由緒正しい風格の金色のピンバッチが輝いておりました。

 余りにも不自然に走り出した上に、可愛らしい私が大声で


「へんたーいっっ!!」


と叫んだものですから、皆の視線は当然殿方に集まりました。何の罪もない通行人に激しくぶつかりながら逃げて行く好青年風の変態さん。無事にその元気いっぱいのモノを収納出来たのでございましょうか??

 

チャックに挟んでおしまいになればよろしいのに。と願わずにはおられませんでした。


 せっかくの休日の終わりに、その様な破廉恥な欲望を見せられた私の怒りは収まらず、脳内で更に懲らしめながら、帰路に着いたのでございました。


 私が遭遇いたしました変態の方々の中では一番の好青年風で由緒正しき所にお勤めの方であろうと思われます。何が彼をそうさせたのか…。日頃のストレスなのか、それが彼の常で常習なのか、それもと私が可愛らし過ぎたのか……。

 この一件で、重々反省し、二度となさらない事をお祈り申し上げます。その由緒正きピンバッチの名誉にかけて。

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