黒くて丸い玉。

 あれはまだ、ご近所のおじい様とおばあ様方に遊び相手をしていただいていた頃、3歳くらいの事でございましょうか。

 長い冬も終わりに近づき、田畑の根雪も日差しを浴びてキラキラ光りながらゆっくりと溶け始め、いくつもの小さな流れが冷たい澄んだ小川になっておりました。

 自宅で祖母と『おこた』に入り、ミカンなど剥いてもらっておりますと、後ろの家のおばぁ様が訪ねてまいりました。


「なにしてる?」


「なーんにもしてないよ」


「芹出てるか見に行かない?」


「あら?まだ早くない?」


「最近、暖かいから出てるかもよ」


「そうねぇ。てのも行くか?」


 よくわかりませんが、お外に行けるなら、どこでも行きます!


 祖母に厚手のコートを着せてもらい、ピンクの長靴を履いてご機嫌さんで外に飛び出しますと、ピンと冷たい空気があっという間に頬の熱を奪って行くのでした。祖母に手を引かれて、裏山を登りくねくねとどこを歩いたのか覚えてはおりませんが、しばらく進むと開けた場所にたどり着きました。

 積もった雪の表面は朝の冷え込みでカチンカチンに凍っていますので、ツルツルと足を滑らせながら歩いておりました。


「あら、結構出てるわ」


「ほんと!」


 祖母たちは、雪の間を流れる小川に顔を出している芹を見つけ嬉しそうに摘み始めました。しばらく2人の側でその姿を見ながら、ご婦人特有のどうでもいい噂話など聞いておりましたが、幼い私にその意味が分かる訳もなく。

 キラキラ光る小川の流れに生き物を探す事にも飽きた頃、ふと、木々に囲まれた広い雪原を見渡しますと、黒くて艶のある小さな玉がたくさん落ちている事に気がつきました。よく見ると、雪原のあちら此方に落ちております。

 私はちょうど木の実でも拾うような感覚でその玉を集める事に致しました。小さい左手ではあっと言う間に持ちきれなくなり、右のポッケ、左のポッケと詰め込み、まだまだ集めておりました。何にそんなに惹かれたのか今となっては検討もつきませんが、幼き私には余程、魅力的な黒い小さな玉だったのです。


 祖母たちはは雪解け水の中そっと顔を出す芹に夢中。


 私は1人黙々と、黒くて、丸くて、少し艶のある小さな玉を飽くことなく収集しておりました。考えうる限りの場所に詰め込み、残りは一箇所に集めておりました。


「おばぁさまぁ!みてぇ!こんなにたくさん!これなぁに?」


「ての!!何もってるの!?」


「?わかんない」


「はっはっはっはっ!!」


 後ろのお家のおばぁ様が豪快に笑いはじめました。


「それ、ウサギのフンよ!!」


「ふん??」


「うんち!!」


「・・・・・・」


 私が一心不乱に集めていた、美しく黒光りする魅力的な玉が、、、、


小さな手からこぼれ落ちるウサギさんのうんち。


コロコロと足元に転がるウサギさんのうんち。


ポッケにぎっしり詰まっているウサギさんのうんち。


 …………。


 お腹を抱えて笑う祖母たち。


 こんなにも一生懸命集めた宝物が、よりによって、ウサギさんのウンチだったなんて……


 幼き私は相当な衝撃を受けたのでございますが、私がこの2人をこんなにも愉快に笑わせているのだと思いますと、何故だか嬉しくなったのを覚えております。


「こんなに集めてぇ!こらっ!」


「何だと思ったのです?」


「ポッケにまで入れてるじゃないの」


「全部出しなさい」


「てのちゃんたら、もう。」


そう言いつつまだ、笑う祖母らに促され、先ほどまで、私の宝物に値した、ウサギのウンチを雪原に放り出したのでございました。そうして冷たいザラメ雪で洗われた小さな手を真っ赤にしながら、前掛けの中にてんこ盛りの芹を抱える祖母らの後を付いて歩き、自分だけが手ぶらであることを少し寂しく思ったのでした。


 しかしながら、私のポッケににはまだ、捨てられずに残ったウサギさんのウンチがあったようで、洗濯をした母上が偉い剣幕で怒っておりました……。


 何のことだか忘れちゃったぁ。


 とトボけてやり過ごしたのでごさまいますが。


 幼子にはどの様な物でも宝物に見える事がございます。無下になさいませんように。

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