内科医。

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みちのくの 忍ふ文字ずり 誰ゆへに


乱れそめにし われならなくに


            河原左大臣

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 ある冬の日、滅多に風邪などひかない私が、ひどい悪寒と、筋肉の痛み、高熱に襲われた時の事でございます。余りの辛さに床に伏せっておりましたが、食欲もなく、熱は上がるばかり。嗚呼、このまま天に召されてしまうのかしらん...。あの方にお逢いしてないのが心残りですわ…。あの場所に行ってないのが心残り…。冷蔵庫のプリンまだ食べておりませんのに…。そう言えば、父ヒロシ(仮名)にケーキを横取りされたまま、代わりのケーキ買っていただいておりませんわ…。まだ天に召される訳には参りません!!

 

病院に参りましょう!


と、重い身体を引きずるよう起き上がり、出かける為に着替えをしようとしましたが、とにかく怠くて、辛いのでございます。


『もう、すぐそこの内科医院ですし、パジャマの上にコートを着てけばよいですわよね…。ブラジャー…、も、いいですわよね…』


 怠惰ではございますが、それほど辛かったのです。家族はあいにく出払っておりましたので、パタパタ尾を振る愛犬に


「病院に行ってまいります」


と行き先を告げ、病院に向かったのでございました。病院に着きますと、当然、検温をいたします。滅多に出ない38度越え39度直前でございました…。辛いはずでございます。ええ。

 

 ぐったりと待合室のソファに座り込み、悪寒と筋肉の痛みに耐え、診察の順番を待っておりました。幸い行った時間が良かったのか、さほど混み合っていなかった為に15分ほどで診察室に呼ばれたのでございます。

 

 診察室の中は至って普通でございます。先生の机に寝台、患者さん用の丸椅子。カーテンの隙間から忙しく動き回る看護師さんの姿が見え隠れしておりました。


 案内してくれた看護師さんが、


「あいみさん、コート脱ぎましょうか。寒い?」


「あ、いえ、あのぉ、下パジャマのままでございますので…ちょっと、、」


 お恥ずかしい。何ともお恥ずかしい。いい歳のオトナが体調不良とは言え、パジャマのまま他人様の前に…


「気にしなくて大丈夫ですよ。診察できませんから。脱ぎましょう」


 と、柔らかな笑顔に促され、そっとコートを脱がせていただきました。


「こちらに置いておきますね」


「ありがとうございます…」


 不精をした自分を責めつつ、パジャマ姿でおじいちゃん先生の前の丸椅子に腰を下ろしたのでございました。


「パジャマのままで来たの??」


 先生は、そう仰ると小さく口角を上げ微笑みました。


「はい」


『辛いからここにおります!お恥ずかしいのは承知の上でございます。はい』


「熱高いね〜いつから?」


「昨日の昼くらいからでございます」


「筋肉の痛みは?」


「全身、痛いです」


「食欲は?」


「全くございません」


「咳とかタンは?」


「それはないのですけれど、鼻水が…」


「一応、あとでインフルエンザの検査と血液検査しとくね」


「はい…お願いいたします」


「じゃ、舌見せて、べぇぇぇー」


「喉、腫れてるねぇ。痛いでしょ」


「はい…」


「聴診器当てるから、服めくってくれる?」


『!!!そうでした…病院には聴診制度があるのでした!!私とした事が…不精をしたために、“のーぶら”でございます……どういたしましょう…どうにもなりませんが…』


 私は、そっと、遠慮気味に、お腹とパジャマの間から手が入るくらいの空間を開けました。


『これで、よろしいでしょう?お医者様の前とは言え、他人様に肌を晒すなど、真にお恥ずかしゅうございます』


「ちゃんと上までめくって!聴診器当てられないじゃない!」


 病人に向かって、何故だか語気を強めた先生が、更にパジャマをめくるように指示なさいました。私は渋々ではございましたが、先生のご指示通り、エイッ!と、パジャマの裾を鎖骨近くまで捲り上げたのでございました。恥ずかしさで、顔の熱が更に上がった気がいたしました。


『寒い…。恥ずかしい。早く終わらせてくださいまし。聴診器当てる時って、こんな感じだったかしらん?早く終わらないかしらん、寒いのですよ…。それにしても、この格好で診察受けるのは小学生以来な気も致します…。嗚呼、お恥ずかしい限り…』


 などと思っておりますと、先生の聴診器は右の鎖骨の下辺りに置かれたのでございました。それを皮切りに、位置を変えながら数カ所、神妙な面持ちで体内から発せられる音を聞いておいでになりました。冷たい聴診器が私の熱を奪い、すぐに人肌程に温まっていくのを感じつつ、高熱のせいもあり、ぼんやりと先生を見ておりましたが、次の場所に移動する為に私の肌から一旦離れた聴診器が、次に触れたのは…………


 

しばし私の時は完全に停止いたしました…。



 そこに置かれた聴診器をしっかり確かめてから、私の視線は先生の手を辿り首を辿り、ゆっくりと先生の顔を見ますと、しっかり、確実に目が合いました。そして、ほんの一瞬、見つめあった後、先生は目線を外し、お顔ごと左45度下に向けたのでございました。聴診器は、しっかりとそのいただきを捉えたままで…


『!!!いやいやいや、いやいやいや、えっ??えーーーっ??イヤイヤイヤイヤ、ご冗談でしょう??なんか、じーさん、照れてます??なに?なに?これ??どんな状況??!』


 その内科医の指先に握られた聴診器は、確実に私の左胸の頂点をしっかり、すっぽり覆っていたのでございました…。


 そして、私は思い出したのでございます。十数年前の先輩の話を…


 *******************


 それは、私がまだ会社勤めをしていた頃の事でございます。年に一度の健康診断を事務所近くの診療所で行って頂いておりました。至極一般的な血液検査、聴力検査、心電図、胸部レントゲン、聴診、問診程度の健康診断でございます。

 その日、朝一番に検診に向かったのは私でございました。何事もなく、検診を終え事務所に戻りますと、入れ替わりで一つ上の先輩が出かけて行きました。小一時間ほどで先輩が戻って来るなり


「ねぇ、ての、聴診器さぁ、乳首に当てられた?」


「え??はぁぁぁぁ??え?」


「普通、当てないよね?」


「ないです!それはないです!え?当てられたんでございますか?」


「そう。3回に1回くらい乳首で休憩してた。。。。。」


「えーーーーーーーーーー!!!あり得ません!嘘でしょ??」


 衝撃的な告白でございました。。。


「そんなお医者様います???」


「そうでしょ?やっぱり変だよね〜。」


 なんと呑気な方!!なんとおおらかな方!


「いやいや、それはないです!ないないない!!」


「だよねぇ、、、」


********************


後日、その医院はレントゲン液の不法投棄か何かで廃院になったと聞いておりますが、、、


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 私の左胸で再現される、そのお話。事実でございました。そんな体験をなさるのは、先輩だけだと思っておりました。十数年の時を経て、同じ経験を今、まさに私がしているのでございました、、、、。


『まさか、、、』


 時が止まっている私を他所に、翁の手に握られた聴診器は何事も無かったかのように、それが当然の行為であったかのように、正当な診察の一環だと言わんばかりに、次の場所に移動したのでございました、、、。私も何事も無かったかのように、それが患者として受ける当然の行為であったかのように、微動だにせず、受け流したのでございました。このような場合の正しい対処方法はあるでございましょうか??ご存知の方がいらっしゃいましたら是非ともご教示くださいませ。


それとも、本当に正当な診察だったのでございましょうか、、、?


いや、じいさん、確実に照れてましたわよね??

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