あいみての、、

あひみての

下着泥棒。

    


逢い見ての のちの心に くらぶれば

     

昔はものを 思わざりけり



    ***権中納言敦忠***





 ある初夏の日のことでございます。私が仕事から帰宅いたしますと


「今日、いたずら電話があったのよ。『横山警察署です』って。無言で切ったわよ。うふふ」


と、母が楽しげに話してまいりました。


「はぁ、そうでございますか、、詐欺の電話でしょうかね」


そう答えました私は特に気に留める事もなく聞き流したのでございました。


 その翌日のことでございます。帰宅した私を呼び止め、母が言いました。


「てのちゃん、また警察って方から電話があってね、捕まえた下着泥棒が、家から盗んだって言ってるらしいのよ。心当たりある?」


「何かの間違いではございませんか?全く覚えがございません」


「そうよねぇ。ママもわからないわ。」


しつこいイタズラ電話ですこと。まったく。


 そのまた翌日でございました。


「てのちゃ〜ん、警察からお電話よ〜」


と母が呼びますので、本当に警察の方なのかしらん?と疑いつつ億劫ながら電話に出てみますと、


「あいみ様でいらっしゃいますか?横山警察署の佐々木と申します。突然申し訳有りません。実は、先日我が署で捕えました下着泥棒が、お宅から下着を盗んだと供述しておりまして、、、お心当たりございませんか?」


「・・・・・・・。」


その佐々木さんと名乗る男性が、真摯な口調でお尋ねになるものですから、私も一応は真摯に記憶を辿ってみたのですが、、


「・・・。全くございません。その方の勘違いではありませんか?」


「ですが、、、犯人がお宅から盗んだと言っておりますので、確認の為、お手数ですが署まで来てはいただけないでしょうか?」


「本当に心当たりがないのですが、、、、」


そんなやり取りがしばらく続きました。なんの事だかさっぱりわかりませんでしたが、佐々木さんの熱心な説得と、『下着泥棒』という言葉に対する好奇心に負けた私は日程を調整し、署に出向くことに承知致しました。


 隣町の中心地にあります横山署は、ほどよく寂れた昭和の建築物の威厳を放ち、テッペンにあります旭日章は初夏の日差しを受けキラキラ輝いておりました。

正面の駐車場に車を停め置き、受付にて、警察署を訪れた事の次第をお伝えしまた。


「ご足労いただきありがとうございます。只今、担当刑事を呼びますのでしばらくお待ちいただけますか。」


「はい」


担当刑事・・・。刑事!!!!

『人生初』の刑事さんとの遭遇ではございませんか!?おまわりさんはお見かけいたしますけれども、刑事さんにお会いするのは初めてです。私のような平凡で優良な一般市民が刑事さんと関わる事があろうとは。


 私は、受付の側にあります、所々すり切れた焦げ茶のソファーに腰掛けました。どんな方が現れ、何をしなけばならないのか、不安な心持ちで『担当の刑事さん』を待っておりました。例えるならば、幼少の頃、予防接種の順番待ちをしている時のような気分でございました。

『ダメ。ゼッタイ。』笑顔でガッツポーズする若い女性のポスターを見つめて5分ほど待ったでしょうか、


「あいみ様ですか?」


声のした方へ振り向きつつ


「はい」


と返事をいたしました。


「今回の事件を担当しております、佐々木です。先日は突然のお電話で失礼いたしました」


キラーン。キラーン。キラキラーン。

私の人生で初めて出会った『刑事』と名乗る方は、藍鼠色の背広から白いシャツをのぞかせ、旭日章より輝く笑顔を向けているではございませんか!

イ・・イケメンですこと・・・。爽やかとはこの方の為に存在する言葉だったのですね・・・。

この笑顔を見れただけでもお断りせず隣町まで出向いて来て良かったと思ったのでございました。


「あ、いいえ。とんでもございません。ただ心当たりがないので、お役に立てますかどうか・・・」


「そうですか・・まぁ、詳しく説明致しますので、とりあえずこちらへ」


「はい。」


イケメン刑事に促され、受付の右手にある階段を上り、2階に行くと鼠色の扉がいくつも並んでおりました。イケメン刑事は一番奥の扉を開けると、


「どうぞ、お入り下さい」


と仰いました。扉には『取調室3』と書かれておりました。私がその文字を見上げている事に気付いたのでしょうか。


「すみません。こんな部屋しかなくて・・。」


と、申し訳なさそうに頭をさげておられました。

その部屋は3畳ほどの広さで、色あせた鳥の子色の壁に囲まれ、小さな窓があり、鼠色の事務机が中央に置かれ、その机を挟み事務椅子が2脚。入り口の扉の横にも小さな机があり、その脇にパイプ椅子が2脚畳んで立てかけてありました。


「そちらにおかけください」


私が腰を下ろすとイケメン刑事は部屋の扉を閉めようとして、不意に動きを止めました。そして私の方を見やると


「扉を閉めても大丈夫ですか?閉めると圧迫感凄いんで、開けておきますか?ね?」


「あ、はい。どちらでもかまいませんけれども」


なんてお優しい方でしょう!私が緊張している事を察して、これ以上精神的負担を掛けない配慮をしてくださったのですね。

やわらかに微笑んだイケメン刑事佐々木さんの眩しかったことといいましたら、もう。


 そのイケメン刑事佐々木さんのお話によりますと、犯人は私と同じ市にお住まいの65歳で、市内、県内は勿論、隣県まで遠征に出かけ、収集した下着は800枚近くという何ともお元気な翁ということでございました。10日ほど前に逮捕され、取り調べていた所、私の家からブラジャーを三枚盗んだと自白したそうでございます。


 下着泥棒という方々は盗んだお家をいちいち記憶しているのでございましょうか?それとも記録を付けてらっしゃるのでございましょうか?800枚も盗んでらっしゃるこの犯人はいったい何軒のお宅を記憶なさっているのでしょう、、。地図に印を付けたり、ランク付けしたりしてるのでしょうか?はぁぁぁ、そもそも他人様の下着を、盗んでまで収集なさった理由は何なのでしょうか。。。そんな事を考えつつ、イケメン刑事から犯人逮捕の経緯、自供内容など一通りの説明を受けたのでございます。


「あいみさん、お心当たりがないと言うことですが、一度、盗まれた証拠品を見ていただけますか?」


「!!こちらにあるんですか??」


「はい。数が数なので、少々大変かと思われますが、、よろしいですか?」


「はい。もちろん。」


「では、参りましょう。4階になります。」


「はい」


私は、イケメン刑事佐々木さんの後を歩きながら質問してみました。


「犯人は盗んだお宅を覚えてらしたんですか?」


「そうなんです。全てではありませんが、近隣の犯行現場はほぼ覚えていたようです。」


「他の下着泥棒の方も覚えているものなのでしょうか?」


「ほとんどの犯人は覚えているようですね、、」


「その記憶力、別の事に使えば良いのに、、」


「僕もそう思います」


そうおっしゃいながら振り返ったイケメン刑事佐々木さんの笑顔はやはり眩しいかったのでございます。


 案内されましたのは、普段、警察官の方々が悪の手から善良な市民を守るべく、日々武術を鍛錬されているのであろう武道場でございました。イケメン刑事佐々木さんは扉の施錠を手間取りながら外すと(手間取るお姿も素敵でございました)


「さぁ、お入り下さい」


と、その場所に私を招き入れたのでございました。幾枚かのパーテイションの間を抜け、開けた私の視界に飛び込んで参りましたのは、、、、広い部屋に敷き詰められたブルーシート、ブルーシート、ブルーシート。その上に几帳面に並べられた見渡す限りの、それはもう色とりどりのおパンツとブラジャー、ランジェリー。このような光景をこの人生で見る事になろうとは想像もしておりませんでした。


************************************************************


 この時点においては、未だ下着泥棒の被害にあったとは思っていなかった私でございますが、イケメン刑事の解説付き他人様の下着見学ツアー中に出会ってしまったのでございます。それは見覚えのあるブラジャーでございました。



************************************************************


「この中から、あいみさんの物を探していただきたいのです」


「・・・・・。すごい量でございますね」


この時、私の丸いびっくり目が更に真ん丸になっていたことでしょう。


「ええ。犯人の自宅から押収したものです。先程もいいましたが、800点ほどあります」


「はぁぁ。」


「犯人はお宅からブラジャーを盗んだと言っておりますが、一応すべて見ていただけますか?」


目の前にいるイケメンが、お仕事とはいえ、初対面の女子にブ、ブ、ブラジャーと口にしている、、。そして、これだけの数でございます。日々、被害者の方をこちらの武道場に招き入れ、ブラジャー!ショーツ!キャミソール!シュミーズ!ガーターベルト!と何度も仰っているのでしょうか。お仕事とはいえ、、、。心中お察しいたします、、。


「ではまず、こちらから、、」


入ってすぐの一角には、布地の多いもの(キャミソールや、スリップなど)が並べてありました。

白の総レースの高級そうなミニスリップ、黒のレースがあしらわれた藍色のスリップ、淡い桃色のシフォンキャミソール、赤い絹素材のキャミソール、目に優しくない蛍光色の派手なキャミソールなどなどなど


「・・・・・・・・・。」


その中に1着だけ


「・・・体操着もあるんですね・・・」


「・・・ええ」


下着の中にある白い体操着は不思議な存在感を放っておりました。


ほほう。ほほう。と他人様の下着を眺めておりますと

「・・・・・・・・・・・・・ましたか?」


真剣に見入っていて、最初の言葉を聞き逃してしまったようです。


「はい?」


「あ、えっと、こちらにあいみさんの持ち物はありましたか?」


「いいえ!ございません!」


と慌ててお答えいたしました。

私の返事を聞くと、イケメン刑事は背面のブラジャーがずらりと並べられた場所を示しながら、


「では、次はこちら側をお願い致します」


と、微笑んだのでございます。


「本当にすごい量でございますね。並べるのも大変でしたでしょう」


静かな空間に耐えきれず、そんな質問をいたしますと


「ええ。職員総出で並べました。うんざりしましたけれども、これも職務ですので」


そう仰って微笑む紳士なイケメン刑事佐々木さんが、誰の物ともわからぬ下着を手に取り、広げ、前後左右を確認し、番号をつけ、ブルーシートの上に几帳面に並べる姿を想像せずにはいられなかったのでございました。


「この中にあいみさんの物があると思いますので、探してみてください」


「本当にあるのでしょうか・・」


目の前には色もサイズもデザインも2つとして同じ物のないブラジャーが、実に几帳面に陳列されております。神聖な武道場の半分はブラジャーで埋め尽くされております。先程のキャミソール、スリップ区画を背に、あるかどうかもわからない私のブラジャーを探す為、ゆっくり、じっくり見て回る事に致しました。

 とは言え、どんな物を、いつ盗まれたのか、そもそも本当に盗まれているのか?も、わからずにいる私に、何を目標に探せと仰るのかしらん?

はぁぁ。心内では深いため息をつきながら、見覚えのある子はいないかしらん?と、ゆるり、ゆるり歩き始めたのでございました。

武道場のブルーシートは縦4区画にわけて敷かれており、うち、2区画がブラジャーの陳列に当てられておりました。800点中半分はブラジャーって事かしらん?400点・・??それ以上??

先程も申し上げましたが、本当に様々な色とデザインが並び、まるでお花畑のようでございました。

あまりにも多種多様なブラジャーを前に犯人の趣味の傾向がわからずにいたのですが、一つだけ気付いた事がございます。どれも綺麗で、生地も作りもしっかりとした良質な品々であったのです。犯人は間違いなく目利きでございます。


1区画を見て歩きましてから、


「やはり、ございません。仮にあったといたしましても、気付かないかもしれません」


そう、申し上げますと


「まだ、こちらにもありますので一通り見て下さい」


と、次の区画へと促してくださいました。

様々な物が陳列してあるとはいえ、人には『好み』というものがございます。犯人が選んでも、私は選ばないお品も多数ございました。

他人様のブラジャーにも飽きてきた頃、、


「あっっっ」


思わず声が漏れた私をイケメン刑事が見つめました。


「あなたの物ですか?」


「は・・ い。」


イケメン刑事はその薄紅色のレースをたっぷりとあしらったブラジャーを手に取ると


「こちらですね?」


と差し出したのでございます。


 私のブラジャーを今日お会いしたばかりのイケメン刑事佐々木さんが手に持っているのでございます。このなんとも恥ずかしい状況をご理解頂けると幸いでございます。私は、正に顔から火が出る思いでございます。

イケメン刑事佐々木さんが仰るには、犯人は私の自宅から3枚盗んだとの事でございました。つまり、あと2枚の盗られた事にすら気づかれず、忘れ去られた哀れな私のブラジャーがあるという事になります。

俄然やる気になった私が少し先に目をやりますと、ございました!これまた見覚えのあるブラジャー。水色に金のリボン。間違いございません!先程と同じやり取りをイケメン刑事佐々木さんと致しまして、先程と同じ様に恥ずかしくなったところで残る1枚を探さねばなりません。

ところが、この最後の1枚がわからないのでございます。なにせ、色とサイズは違えども、同じ目的の為に存在する品々でございますから、よく似たものも存在致します。悩む私にイケメン刑事佐々木さんが


「犯人はブラジャー3枚と自供していますが、あちらも見てはいかがですか」


と、おパンツ区画を見る事を提案してくださり、従う事にいたしました。


そして、案内されたおパンツコーナー。これまた綺麗に並べられたおパンツを見て、私は驚きを隠せませんでした。

ここに来て犯人の趣味嗜好が垣間見えたのでございます。

そこに並べられたおパンツの布の小さきことと言いましたら、もう、驚くばかりでございました。世の婦女子はこんなにも小さく破廉恥なおパンツを着用しているのでございますか?このような、ほぼ紐状のものを身につけ、何のご利益があるのでしょう!!ここにあるおパンツに私のものが紛れているとは到底思えません。


「ここにはやはりございません!」


そのようにお伝え致しますと、イケメン刑事佐々木さんは再びブラジャーの中から探して下さいとおっしゃいました。もう大分どうでも良い気持ちにはなりましたが、なんとか疑わしき残りの1枚を選び出したのでございます。

 その間、イケメン刑事佐々木さんの手には、盗まれ、その存在すら忘れ去られていた哀れなブラジャー2枚が優しく握られておりました。きっと、そのブラジャーも犯人の家から救い出され、イケメン刑事佐々木さんに握られ報われたことでありましょう。


「お疲れさまでした。では、下に戻りましょう」


と、『取調室3』に引き返したのでございますが、もちろん3枚の私のブラジャーはイケメン刑事佐々木さんの手により運ばれました。


「少々お待ちいただけますか?」


イケメン刑事佐々木さんははそう言いますと、私のブラジャーを手にしたまま出て行きました。


 しばらく後、ビニール袋に入れられたブラジャーとカメラを持ったイケメン刑事佐々木さん戻ってまいりました。扉の横の机にカメラを置き、私の前にビニール袋に入れられたブラジャーを置くと、何やら書類を並べゆっくりと椅子に腰掛けられました。

ここから本格的な事情聴取が始まったのでございます。

 

「いつ頃盗まれたかわかりますか?」


との問いに


「盗られた事にも気が付いておりませんのに、いつ盗られたかなど、わかる筈もございません。」


と、お答えいたしますと、イケメン刑事佐々木さんは警察公文書用語に翻訳後、用紙に記入しておいでのようでございました。

何処で盗られたのか、なぜ盗られたのかとお尋ねになるので、我が家の普段洗濯物を干している場所と状況を説明いたしますと、また警察公文書用語に翻訳しておいでのようでした。

 そしてここからでございます。質問は『何故この3枚が私の所有物であるといえるか?』と言うものになったのでございます。

何故?????

私は暫し、考えました。


「まず、色でございます。」


私はお答えいたしました。


「その色を説明していただけますか?」


説明も何も見たままではございませんか!!と内心思いましたが、これも警察公文書翻訳の為なのでしょうと思いなおし


「薄紅色にございます。」


とお答え致しますと


「特徴などもお願いいたします」


「花柄のレースがあしらわれております」


「では、次はこちらの説明をお願い致します」


「はい。水色に金色の大きめのリボンがついております」


「最後に、こちらも、、」


「茜色のサテンの無地でございますっ!」


「他には何か・・あの・・大変失礼ですが、例えば、サイズなど・・」


「・・・・。」


「・・・。失礼ですが・・」


 ・・・なんという事態でございましょう。私はこのイケメン刑事佐々木さんに・・・よりによって、婦女子の秘密であるバストサイズを尋ねられているのでございます。

どういたしましょう、、。

目の前のブラジャーの特徴を申し上げているだけでも、羞恥の極みでありましたのに、その上、、、

ですけれども、これがこのイケメン刑事佐々木さんの職務であり、義務であり、犯人を裁く為の警察公文書制作の為でもございます。


「コソコソ。コソコソコソ・・。でございます・・・。」


私は、それはそれは小さな声で、恥じらいつつもお答えいたしました。


「ご協力ありがとうございます!」


さわやかにお礼をしてくだっさった次の瞬間でございました。

イケメン刑事が大きな声で、警察公文書翻訳をしつつ復唱し始めたのでございます。


「え〜。あいみての宅の車庫に設置してある物干台より、薄紅色の花柄のレースがあしらわれたブラジャー1枚。水色に金色のリボンがついたブラジャー1枚。茜色の無地、素材はサテンのブラジャー1枚。計3枚、いずれもサイズはD70。が盗まれた。犯行日時はは不明。」


「と、言う事でよろしいですか?」


 先程の私の恥じらいを返して頂きたい心持ちになりましたが、黙って頷くことしか出来なかったのでございます。

 このようにして、警察公文書制作も概ね出来上がったと思われた頃、


「そう致しましたら、写真を何枚か撮らせていただきたいのです。」


イケメン刑事佐々木さんは、おもむろに先程置いたカメラを構えると私にポーズを要求してまいりました。イケメンに婦女子の秘密であるバストサイズを告白し、その上このようなポーズまで・・・。このような辱めを受けるとは・・・。

しかしながらこれも、犯人に罪を償わせ、二度と私の様な被害者を出さない為になさっているのでございますから、私は仰せの通りに致しました。


「では、手元から撮りますので下着を指差していただけますか? 」


パシャッ!パシャッ!


「では全体を撮らせていただきますね。こちらを向いて下さい。あ〜手はそのまま下着を指差して・・あ〜はい。いいですね〜。撮りまーす。」


このようにして私は証拠品である私のブラジャーと幾枚かの記念撮影をされたのでございました。

今、思えば、この取調室に入ってからのやりとりは、もはや、プレイのようでございました。その手の嗜好をお持ちの方ならば、大変お慶びになるのかもしれません。

あの記念撮影の写真の私は、いったい、どのような表情で写っているのでございましょうか、、想像するのも憚られますが、、。


その後


「犯人に処罰意識はおありですか?」


と訪ねられ


「いいえ、ございません。」


とお答えいたしました。口には出しませんでしたが、長い年月をかけ収集した色とりどりの品々を没収され、世間様にこのように破廉恥な趣味趣向を知られ、収監されている65歳の翁を思いますと、なんとも哀れな心持ちになったからでございます。


「あの、質問してもよろしいでしょうか?」


私が申しますと、イケメン刑事佐々木さんは、微笑まれました。


「犯人は何故このようにたくさんの下着を盗み、何に利用してらしたのでしょうか?」


私がお尋ねいたしますと


「供述によりますと、どんな人が着用しているのかを想像するのが楽しかったそうです。」


イケメン刑事は神妙な面持ちで答えてくださいました。


 嗚呼。なんと哀れな翁。この可愛らしい下着を手にどんなに美しい婦女子を想像してらしたのでしょうか・・・。どうか更生していただき、盗まずとも想像できる術を身につけてくださいませ。と願わずにはおれませんでした。

 その後イケメン刑事佐々木さんから、大変丁寧なお礼のお言葉を頂き事情聴取は終了したのでございます。

それにいたしましても、いったいあと何人の被害女性の方々にブラジャーのサイズを質問されるのでしょうか?イケメンなのに・・・

 

 それから数日後のことでございます。

現場検証の為に、イケメン刑事と鑑識係のさして特徴のない、眼鏡の男性が私の自宅に訪ねてまいりました。一般常識ある大人の丁寧な挨拶をすませましてから、私はお二人を犯行現場となりました車庫にご案内いたしました。


「こちらでございます。ここに干してある物を盗って行かれたのだと思います。」


「なるほど、洗濯物はいつもこちらに?」


「はい。お天気の良き日には外に出しておりますが。」


「なるほど。」


イケメン刑事佐々木さんがまるで刑事ドラマのワンシーンのように手帳に何やら書き込む後ろで鑑識係の眼鏡さんは写真を撮っておいででした。

イケメン刑事が必要な質問を終えますと、


「申し訳ありませんが写真を撮らせていただけますか?」


と仰るので


「ええ。どうぞ。」


と場所を譲ろうとしたのでございますが


「いえ、一緒に写っていただきたいのです。先ず、引きの写真から撮らせていただきます。車庫を指差していだだけますか。」


 その言葉を合図にして鑑識係の眼鏡さんはカメラを抱えて車庫の全貌が撮れる場所へと走って行かれました。


 あの事情聴取の時と同じでございます。

私は自宅の車庫を指差し記念撮影されたのでございました。自宅の車庫を指差し、撮影されるという私の状況を客観的に考えましたところ、余りに可笑しくなりまして、思わず笑みが溢れたのでございます。ですけれども、これは現場検証と言う神聖な作業なのでございます。笑うなどという不謹慎な表情をしてはなりません。それは重々承知しておりますが、不思議なもので、笑ってはいけないと思えば思うほど可笑しくなってくるのでございました。

 そんな私の葛藤を知る由もなく鑑識係の眼鏡さんは、近くから、遠くから 私・車庫・物干竿を撮影されたのでございます。そして、現像された写真には満面の笑みの私が映っていることでしょう。嗚呼、いったいどれほどの期間あの写真は保管されるのでございましょうか。可能ならば撮り直していただきたい心持ちでございます。私の自制心の無さをつくづく恨めしく思うのでございました。


「ご協力ありがとうございました。今後このような事件に巻き込まれない為にも、洗濯物はあまり人の目に触れない場所に干すように気をつけて下さい。特に下着は。」


そう仰ってイケメン刑事は爽やかに帰っていかれました。鑑識係の眼鏡さんは最後までブレる事の無い薄い存在感でございました。


 そのような事件に巻き込まれた事などすっかり忘れ去った数ヶ月後のある日、イケメン刑事佐々木さんから自宅に電話がかかってまいりました。

あら?何事かあったかしらん?何かのお誘いかしらん?と不埒な期待をしながら、電話に出ますと、犯人の裁判が終わり、証拠品の返却をしたいという内容でございました。

 私は見知らぬ翁がどんな扱いをしたかわからないブラジャーを返されても困ります。本当に困ります。と頑なに拒んだのでございすが、


「お気持ちはわかりますが、それでは、私が困ります。返却する決まりですので。とにかく届けに行きます。その後、その品を破棄されるのは、あいみ様の自由ですので」


と、仰り、わざわざ自宅まで持って来てくださいました。小さな段ボールの中には1枚ずつビニールに入れられた私のブラジャーが入っておりました。受け取りのサインをいたしまして、お互いにお礼の言葉を交わし、イケメン刑事は数ヶ月前と同じ様に爽やかに帰って行かれたのでございました。

 その後ろ姿を見送りながら、あと何軒の被害女性の家に下着を届けるのかしら?イケメンなのに・・・。と思ったのでございました。


 かくして、私の下着泥棒事件にまつわる初体験は終わりを迎えたのでございます。

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