春は路上。

 


 春は路上。ゆるゆる漕ぎ行く自転車、少し笑いて見せたる股間の細くたなびきたる。


 夏はプール。人混みの頃はさらなり。波のプールなほ。多く出没したる。

 股、一人二人、ほのかに見せゆくも多し。いと、いまいまし。


 秋は夕暮れ。夕日の影にて、突然現れたるや、追いかけ来る。一つ二つ、三つ四つと振りたるさえ哀れなり。

 まいて仕事終わりなど疲労さらに高まりつ。日入り果てて、電灯の下、地下道の中など、はたいふべきにあらず。


 冬は、つとめて。満員の電車はいふべきにもあらず。空いた車内でも、またさらでも、不審に寄りけりて、いと、にくし。




 かの方々は禁断の果実を召し上がっていらっしゃらないのでございましょう。裸である事を恥ずかしいとは思わない、純真無垢な方々なのでございます。そうでなければ、公の場で見ず知らずの婦女子に、かくもお恥ずかしいお姿を晒すなど出来ないはずでございます。


 不思議なもので、桜の蕾が色付く季節になる頃、春のご陽気に誘われ蠢く虫の如く、突然現れるのでございます。

出会った時の心持ちを例えるならば…ゴキブリが突然目の前に現れ、此方に向かい飛んで来る!あの瞬間と同じ気持ちでございます。全身の血液が凍りつくような…あの感じでございます。


 さて、この様な嗜好の持ち主の方は人口の何割程いらっしゃるのでしょうか?婦女子ならば、一度や二度は必ず遭遇している事でしょう。国勢調査の項目に記入欄を追加して、管理していただきたいものです。花粉情報のように、『本日の露出狂出現確率』を出していただきたい。世のうら若き乙女たちの為に。




それは、いつもの通学路でございました。田舎の中学生らしく、紺のセーラー服に青いスカーフをなびかせ白いヘルメットを被り、お友達とお喋りしながら自転車を漕いでおりました。つい数週間前までランドセルを背負っていた、ほんの子供でございます。


山際を通る2台の車がなんとかすれ違う事の出来るくらいの幅の道を並んで走っているところに、白い小型のバンがこちらを向いて止まっておりました。車の後ろには、だいぶ地肌を晒していらっしゃる頭が見え隠れしておりました。その方は下を向いて何か作業をされている様で、もぞもぞと小刻みに揺れておいででした。


 右手には山、左手には田んぼ、その向こうに民家が数件見える程度でございます。人影はその方以外ありません。


 私は田んぼ側、お友達の友紀ちゃんは山側、2人並んで、ひざ下まである清楚なスカートを靡かせ進んでおります。


 車は田んぼ側に停車しております。当然、車を避ける為に友紀ちゃんと私は山側へ寄ります。


 車の横を通り過ぎようとした刹那!白藍色の作業服を着た薄らハゲで、赤ら顔の眼鏡のおじさまが、車の脇に突然飛び出して参りました。私たちは避ける為に更に山側に寄ります。するとおじさまは私たちの行く手を阻むように更に山側にカニさん歩きで、ジリリと移動するのです。


『自転車に轢かれたいのかしら?そうして差し上げてもよろしくてよ』


「ちっ!!」


友紀ちゃんが舌打ちをいたしました。


『友紀ちゃん、私たちの行く手を阻む薄らハゲを共になぎ倒してしまいますか??先ほどから、不審な動きをする上に、こちらをジロジロみておりますし、なんて気持ちの悪い方』


赤ら顔のおじさまは腰に手を当て、相変わらずのカニさん歩きで道を塞ぐかのような動きをなさいます。その動きがなんとも微妙な感じに腰を前後左右に回しながらという、それまで見た事がない不審な動きでございました。


「ねぇ、あのオッサン…」


そう言いかけて、顔色が変わった友紀ちゃんの視線の先にありましたのは、、、、皆さまが思ってる通りの光景でございます。


作業ズボンのファスナーの間から、


『ハイ!女学生!僕、イケてる??』


非常事態発生!

非常事態発生!

直ちに避難せよ!

脳内のサイレンとパトランプが猛烈に発動致しました。


今となれば大変な非常事態なのでございますが、初遭遇の上、お子様の私には作業着のおじ様の行動の意図する事がわからずにおりました。


「チッ。最悪…」


友紀ちゃんはそう言うと、氷のような目をオッサンに向け、自転車の速度を上げたのでございます。


全く意味はわかりませんでしたが、作業着のおじ様の行動と表情、眼鏡の奥にあります眼光が異常である事と、見てはならないものであると察した私も、速度を上げました。

朝から膝が壊れそうなほどペダルを漕いだのでございました。必死でございました。


そうして、学校の駐輪場に無事着きますとヘルメットを脱ぎながら友紀ちゃんが仰いました。


「先生に言った方がいいよね?誰に言う?」


「女の先生の方が言いやすいですよね」


「そうね」


「山崎先生などいかがでしょう」


「そうね。そうしよう」


山崎先生といいますのは、生活指導をなさっている家庭科の先生でございました。


 ※ツムジから前にある髪は全て前髪!


 ※前髪は眉毛にかかってはならぬ!


 ※ジャガイモの芽は毒!!


 ※膝を閉じて座りなさい!!


 

と言いますのが主な指導方針の殿方の様な立ち振る舞いをなさる50代のご婦人でございます。前髪は、ご自身が仰る通り、これでもか!!というほどに、もっさり、ずっしり、おデコにのせていらっしゃいましたが、女らしさのかけらもない美しくない言葉使いと、荒々しい行動をなさる先生でございました。動物と大差ない中学生と言う生物を管理する為には致し方なかったのでしょうが。


 とにもかくにも、友紀ちゃんと私はその時間の校内で山崎先生がいそうな場所を推測し、生徒用玄関と、職員室の中間にある廊下でそのお姿を発見し、駆け寄りました。


「先生!聞いてください!」


「どうした?」


「来る途中で変なおじさんがいて」


山崎先生の表情が険しくなるのが見てわかりました。


「どこでや?」


「山際の通学路で、おじさんが股間を出して飛び出して来て、カニさん歩きで通せんぼされました」


「どんな奴や?」


「作業着でした」


「ふーん。気ぃつけや」


「はい」


「・・・・。」


「・・・・。」


「なんや?まだなんかあるんか?教室行け!」


!!!!!!!!


落胆致しました、、。


 早朝から、幼気な可愛い女子中学生2人が、見知らぬおじ様の衝撃的な秘部を見せつけられ、恐ろしい思いをしたとご報告しているのに、この先生は、この程度の事情聴取で終わらせたのです。普段の振る舞いからこの先生ならば、あのおじさんを成敗していただけると思っておりましたのに。本当に落胆致しました。


 本来ならば、即刻、警察に通報し、ヘタウマな似顔絵を制作していただき、近隣の街へ続く道路を封鎖し、検問を行い、即座に犯人を逮捕する事件でございます。そして、全校集会を開き、校内はもちろん市内の婦女子にも不審人物情報の共有と注意喚起を行うべきでございます。犯人が検挙された曉には、これまた、全校集会を開き、事件の経緯と、背景を犯人に語らせ謝罪させ、その模様をケーブルテレビネットワークで生放送すべきでございます。決して、大袈裟ではございません。この様な破廉恥で卑猥な人物に出会ったが為に殿方不信に陥ったり、殿方恐怖症を発病してしまったら一大事でございます。この少子化の時代に拍車をかける事になります。婦女子の幸せはお国の幸せに値するのでございます!


 しかしながら、山崎先生の対応は、この様なお話は他人様にしてはいけないお話なのだと思い込ませる程でございました。

その後、この件に関しまして追加の事情聴取があるでもなく、なんとなく両親にもお友達にも告白できずに時は流れたのでございました。


実は、山崎先生は即日、私たちには秘密裏に即刻犯人を捕らえ、生活指導室で反省文を書かせていたのかもしれませんが。




春は路上。


このような方との遭遇や、お友達と共有する出現情報により、世の婦女子は春の訪れを感じるのでございます。それほど世の中に溢れているのでございます。

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