コノコツレテカエル



 私が美術系の学校に通う、うら若き女学生の頃でございます。

その頃の私は、京の都で一人暮らしを始めたばかりでございました。若い本能の赴くままにお食事を頂き、お酒を頂きしていた私は、それはもう、はち切れんばかりのぷっりぷりの身体を有しておりました。


学食の何のひねりもない、揚げたてのチキンにたっぷりとマヨネーズを乗せて挟んだバーガーを毎日のようにオヤツの時間にいただき、学校の側にあります喫茶店のお砂糖をタップリと掛けたトーストとカフェラテでお友達と話し込み、アルバイト先の鰻屋さんの絶品まかないでは大将が丁寧に取ったお出汁がふんだんに使われた親子丼、大好物の鰻重、スッポンスープ、と精の付くものをこれでもか!と出していただき、何を頂いても美味しく、何を見ても可笑しく、何を聞いても楽しい、そんな時分でございます。

 

うら若き女学生でございますから、恋の一つや二つしても良いのですが、その頃の私は、花より団子、イケメンより気の合う風変わりなお友達、という今にして思えば勿体ない日々を送っていたのでございます。それは、それで、とても楽しゅうございましたが。


 とは言いましても、ぴっちぴちのぷっりぷりの女学生でございます。それなりに、殿方からの宴席へのお誘いなどもございました。

元来、美味しいお食事とお酒、楽しい事が大好きな私ですので臆する事無く出向いておりました。宴席から恋が始まる事は、終ぞございませんでしたが。


 そんな訳で、その日も仲の良い風変わりなお友達と木屋町辺りの庶民的な居酒屋で宴をしていたのでございます。程よく酔いも廻り、お料理も食べ尽くし、皆さんそれなりにご機嫌さんになっておりましたが、そろそろ終電、終バスも気になるお時間でございましたので、解散する事となりました。

 そうして、ほろ酔いでわいわいと三条大橋を歩いていた時でございます。もちろん一人ではございません。皆さんとご一緒にでございます。後ろから、2台の自転車がやってまいりまして、私たちの集団を追い越した刹那でございました。あの、古い自転車特有の高いブレーキ音を出して、1台の自転車が私の横で急に止まったのでございます。


『にゃにかしらぁぁぁ〜?』


と酔っぱらいの私も足を止め、その自転車の方を見ると同時に、自転車の人物は私の左腕を掴んだのでございます。


『隊長!私、捕獲されました〜!』


と、お友達にご報告をし、腕を掴んだ人物を見ますと、自転車に乗ってらっしゃるのは中東系の外国の方でございました。


『はて?はて?』


その方は大きな瞳を細めて、愛おしそうに私に微笑むと、私のお友達にこう仰ったのでございます。


「ボク、コノコツレテカエル。イイネ?コノコ、ゼッタイ、ツレテカエル」


『はい?なんと?この自転車でどこに連れて帰るのでございますか?ご自宅でございますか?ま、まさか!お国ではございませんよね?』


少し先では、この自転車さんのお連れの自転車さんが困り顔でこちらを見ておりましたが、特に止めに入る訳でもなく、ただ静観しておいででした。


まわりのお友達と言えば、呆気に取られていたのでございます。


「ツレテカエルネ。イイデショ。」


肉厚なその方の手は、相変わらず私の手首を掴んだまま、もう片方の手で私の手の甲をスリスリ弧を描くように撫でながら熱い視線を送ってくるではございませんか。お待ち下さいまし、私はまだうら若き女学生でございます。そんな風に見つめられましても、困るのでございます。


その時でございました、後ろにいました殿方が


「ダメダメ、連れて帰れないよ。ほら、手、離して」


と仰ってくれました。相当ご機嫌さんになっていたため、どなたが仰ったのか覚えていなのが残念でなりません。何故、その殿方をキチンと確認し、お礼を述べ、キチンと恋に落ちなかったのでございますかぁぁ。その時の私のハッチハチの両頬をぺちぺちしたい心持ちでございます。まったくでございます。

あれ、お話を戻します。


「ナゼ?ナゼダメ?」


「コノコ ツレテカエルー!!」


などと食い下がっていた外国の方でございますが、優しいお友達と、殿方が、身を呈して、肉厚の手から私を引き離してくださり、ようやくツレテカエル事を諦めてくださいました。


 お連れの方に優しく肩をポンポンされつつ去って行かれたその方の後ろ姿は今でも良く覚えております。しばらく進むと振り返り


「コノコ〜ツレテ〜カエル〜!!」


と、仰ったのでございました。


 ぷりっぷりの私が余程、魅力的だったのでございましょうね。わかりますとも。そのお気持ち。けれども、私は、偽造テレフォンカード(この様な言葉を出してしまっては、年齢かバレてしまうのでは…)でポッケがパンパンになってらっしゃる方のお家に行くわけにはまいりませんの。

それならば、先日、私のインド綿をたっぷりと使ったスカートを引っ張りながら、求婚してくださった、インドの殿方の方がまだ良ろしくてよ。


ごめんあそばせ。


甘酸っぱい宴席の帰りでございました、、、

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