狙われたおにぎり

 これは、後悔か懺悔か…。反省文と思い読んでいただきたく存じます。



 その日、私は仕事場の最寄駅にて先輩方と待ち合わせをしておりました。まだまだ見習いゆえ、少々早めに到着し、お行儀が悪いのですが、駅前のアーケードの柱の陰で朝ごはんのおにぎりを食べておりました。若い時分と言いますのは、とにかく眠いのでございます。朝ごはんより睡眠時間の方が勝ってしまうのでございました。

 一口食べて、もぐもぐとお米の甘みを楽しんでいたところ


「ええなぁ。ええなぁ。美味しそうやなぁ。」


 と、聞こえてまいりました。声のする方を見ますと、年齢不詳のぽっちゃりした女性と目が合ったのでございます。


「おはよう」


 その女性がご挨拶をなさるので、不審に思いつつも


「おはようございます…」


と、申しました。


「おねぇさん、おにぎり、美味しそうやなぁ〜。ええなぁ〜。美味しそうやなぁ〜」


「はい。美味しですよ」


そうお返事いたしますと、その女性はグイッと私との距離を詰めてまいりました。


『ええっ!?なんでございますか??近いっ!近過ぎますですっ』


思わず、女性が詰めた距離と同じぐらい後ずさりをいたしました。


「おにぎり、ええなぁ〜」


 また、その女性はグイッと私との距離を詰めてまいりました。そうして、また元の距離を保とうと後ずさりますと、


「おねぇさん、何してはるのん?」


「これから仕事です」


「ふーん。ええなぁ。おにぎり。美味しいそうやなぁ〜」


 と、今度は手をこちらに伸ばして来たのです。流石に、どうして良いかわからず、背後にある丸い大きな柱に沿うようにまた後ずさると、またまた、


「おにぎり、ええなぁ。食べたいなぁ」


 と、近寄って来るではございませんか!気づくと、私とその方は、その様なやり取りを続けながら、柱の周りを回る羽目になっておりました。

 私は、パリパリの海苔が巻かれた、シーチキンマヨネーズのおにぎりを狙われているのでございます。まだ一口しか食べておりませんのに…早朝より、おにぎり片手に追いかけっことは、、大人のやる事ではございません。


「ええなぁ。おにぎり」


 そう言いながら近づくぽっちゃりさんと、ジリジリと速度を上げつつ柱の周りを回っているところへ一つ上の先輩が


「ての〜おはよう。何してんのん??」


 と笑いながらやって来ました。先輩!良いところへ!なんと良いタイミングで!早朝から、見知らぬぽっちゃりさんと、柱の周りで追いかけっこをする私はどの様に映っていたのか…さぞや可笑しかった事でしょう。


「おはようございます!あの…」


 と言いかけた私の声にかぶせるように


「おはよう。お姉さん、おにぎり美味しそうやなぁ〜」


 と、ぽっちゃりさん。


 なんと、先輩の手にもおにぎりが!嗚呼。『朝ごはんはお家で食べましょう』と脳内で誰かが仰ったような気がいたしました。ぽっちゃりさんは私の時と同じように、先輩のおにぎりに手を伸ばします。


「え?なんなん?なに?」


 そう言いながら、やはり後ずさった先輩でしたが、ぽっちゃりさんの狙いに気付き、おにぎりを頬張ってしまわれました。そうしますと、もう先輩に用は無いとばかりに此方に向き返ったぽっちゃりさん。それを見た先輩は、


「何してんの?早食べてしまい!!」


 と一言。


「ふぁい!!」


と口におにぎりを押し込めてしまった時の、ぽっちゃりさんの悲しげな目。それはそれは悲哀に満ちた目でございました。おにぎりを持たない私たちには用はないとばかりに、立ち去って行かれました。


 今にして思えば、食べかけのおにぎりの一つや二つ差し上げれば良かったのでございます。次にお会いしたら差し上げよう!そう心に誓って十数年経ちますが、その機会は未だ巡っては来ておりません。

 何故あの時、おにぎりを差し上げると言う選択肢が頭に浮かんで来なかったのか!己の思慮の浅さに嫌気がさすのでございました。

 差し上げることが、その方にとって良いことなのか、悪いことなのかもわかりませんけれども。





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