てーほーかー。

 人生で一番面倒くさいお年頃、中学生。

 まだまだお子様中学生。


『私、彼を愛しているの』


 と、お友達に告白され、全身に悪寒が走った中学生時代。


『あの子と口聞かないで!』


 と、たいして仲良くもない子に言われて、目が点になった中学生時代。


 一様に我が儘で、自制心もなく、よくわからないルールに縛られて生きる中学生。

 先輩に謎のかけ声を強要される中学生。

 ちっとも素敵ではない制服アレンジを崇拝する中学生。

 先輩から謎の呼び出しがある中学生。

 大人のつもりの動物中学生。


 嗚呼。面倒くさい生物ですこと。


 私自身も中学生でありながら、中学生という生物が大嫌いでございました。

 今では、すっかり可愛らしいお子様に思えるのですけれども。


 博愛主義の私は、なるべく面倒事を避けなんとか中学という、魔の三年間をやり過ごしたかったのですけれども、世の中そんなに甘くないのでございました、、、


 偶然、ご近所の先輩に声をかけられ入った部活が恐ろしく我の強い子供の集まりでございまして、毎日、泣くは、喚くは、喧嘩するはと、それはもう賑やかでございました。(本当に心底面倒臭い動物園でございました)遠くで静観していたにも関わらず巻き込まれる日々、私の我慢強さはこの時代に培われたのでございましょうね。


 ちょうどその日も、我が儘なお友達2人と部活動のあと、ソフトクリームなど食べながらおしゃべりしておりました。

 その間も、お二人は笑っていたかと思えば、怒り始め、喧嘩して帰るのかと思えば、笑い始める、私の感情は常に無の境地なのでございました。


 人様の迷惑顧みず我が道を行く中学生でございますから、広めの歩道にある花壇のブロックなどに腰掛けながら、ワーワー奇声をあげていたように思います。


その花壇の側には車椅子でも入れる大きめの電話ボックスが設置されておりました。


 お話に夢中になっている二人越の電話ボックスの中で、二人に勝るとも劣らぬ大声で、身振り手振りしながら話してらっしゃるお姉様が見えました。電話ボックスの側には、その方のお友達と見受けられるお姉様が髪を指に巻き付けながら退屈そうに立っておりました。しばらく見ていると、


『Ohhh~』


 と、大きな声を上げながら受話器を置き、頭を抱えて電話ボックスの外のお友達に聞き覚えのない言葉で話しておりました。東南アジア辺りの外国のお姉様のようでした。待っていらした方はジーンズのホットパンツにピチピチの黄色いTシャツ(以下イエローさん)、電話をしてらした方は、目の覚めるようなショッキングピンクのミニスカートに胸元がザックリ開いたオフショルダーの白いブラウスという(以下ピンクさん)、なんとも露出の多い刺激的なお姿でございました。惜しげもなくご披露されている足は、お二人ともすらりと細く、小麦色の肌がキラキラしておりました。


 ピンクさんは、相変わらず見ぶり手振り、捲し立てるように話しては、頭を両手で抱えておりました。何やらお困りの様子が伝わってまいりました。


『このような田舎に似つかわしくないお美しい女性が、、』


 と、見惚れておりますと、ピンクさんがこちらに近づいて来たのでございます。


『どどどど、どういたしましょう!』


 なに見てんの??あん??

 と言われるのでしょうか!!しかし、ピンクさんが発したお言葉は全く想像と違っておりました。


「テーホーカー!テーホーカー!」


 そのお声に私のお友達二人も、当然ピンクさんの方に顔を向けました。


「テーホーカー!」


 ピンクさんはとても必死に仰ってます。


「てーほーかー、、、」


 私たちはそれぞれ、中学生のややこしい頭をフル回転させ『てーほーかー』について考えていました。


「てーほーかー、、」


「YES!!」


 それでも首を傾げる三人に痺れを切らしたピンクさんは、鞄からテレフォンカードを取り出し、私たちに見せながら


「テーホーカー!!」


 勘の悪い私たちもようやく理解出来たのでございます。


「コイン、ノー。テーホーカー、ノー。ママ、デンワ、シタイ。ココ、ダケ、デンワ。オネガイネ〜」


 どうやら、お国のお母様に電話をなさりたいと言う事のようでございます。けれども、テレフォンカードも、小銭も使い切ったということなのでしょう。


「テレカ持ってる?」


「持ってない」


「私、ございます」


 お財布から、未使用のテレフォンカードを出し、ピンクさんに差し出しますと


「アリガート!アリガート!チョト、マテテ」


 と、電話ボックスの中に戻って行ったのでございます。横にいたイエローさんは


「Thanks」


 そう言いつつウインクをくれるものですから、こっ恥ずかしくなり赤面しておりました。


 ピンクさんはと言いますと、先程と同じように捲し立てる様なマシンガントーク中でございました。


 どちらのお国に繋がっているのか存じ上げませんが、その当時の500円のテレフォンカードで何分話せたのでございましょうか。おそらく5分も経たずにピンクさんがお母様にお別れの言葉を言うのが聞こえてまいりました。先程とは違い、お母様に思いの丈を最後までお話出来たようで、静かに受話器を置いてから清々しい笑顔でこちらに戻ってまいりました。


「アリガート。ママ、ウレシイ。ワタシ、ウレシイ。アリガート。テーホーカー ナイ、ハナシ デキナイ、コマルネ。ママ、デンワデキル、ココダケネ。ママ、パパ、カゾク、アイタイネ。デンワ タカイネ。テーホーカー スグ オワリネ。タクサン ハナシ アル。スグ オワリネ。」


 ピンクさんの勢いに圧倒されつつも、見知らぬ土地で頑張るお姉様に、良い事をした満足感に酔いしれておりました。


「お母さんと、話せて良かったね〜」


 と、一人が言い、皆んなが同調して和気あいあいとした空気に包まれておりました。


「ニホン シゴト スル。ワタシ ガンバル 。ケド サビシイネ。ママ アイタイネ。シンパイヨ」


 片言で話す外国の方に興味深々で、お話を伺っておりました。


『ご家族から離れて、異国で働くご苦労はいかばかりか。なんて偉い方々なのでしょう。』


「ニホンゴ ジョーズ デスネ」


 不思議なもので、つられて片言になってしまうのでございました。


「アナタタチ ナンサイ?」


「ワタシ オトウト オナジ カナ」


「アナタ ナマエ ナニ」


「てのでごさまいます」


「テノ!」


 と一人づつにお尋ねになり、復唱しておいででした。


「アナタ ナマエ ナニ?」


「真美子!」


 そうお友達が言うや否や


「Ohhh!!ま〜○こ〜!」


 !!!!!!!!!!

 な、な、な、ぬわっ!!

!!!!!!!!!


 ピンクさんと、イエローさんは声を揃えて公衆の面前で発するべきではない、奥ゆかしい婦女子ならば口が裂けても言わない、そのお言葉を、大声で仰ったのでございます!!


 私は、明後日の方向を見てどう対応すべきか思案しましたが、答えなど見つかる訳もなく、、、


 呆気にとられる女子中学生を置いてけぼりのままに、何故かイエローさんとピンクさんの盛り上がりは最高潮になっておりました。


「アッハッハ〜、ピーー(自主規制)!アッハッハ!Pーー(自主規制)Pーー(自主規制)!アーッハッハッ!!」


 と、お二人揃って大爆笑なのでございます。その様な破廉恥なお言葉を連呼ながら、何がそんなに可笑しいのでございましょうか?恥じらう場面であって、大爆笑する場面ではございませんよ!


 いやいやいやいや、一文字違いではございますが、酷い間違いです!!『真に美しい子』と書いて真美子でございます!真美子さんのご両親が一生懸命考え、幸せを願って付けた、それはそれは大切なお名前をその様なお言葉と同列になさらないでいただきたいっ!


「ちがう、ちがう、マ・ミ・コ!!」


「Pーーー」(自主規制)


「ちがうってば!マ•ミ•コ!!」


「O.K!O.K!アナタ、ナマエ

 Pーーー(自主規制)ネ」


「マ•ミ•コ!!!!」


 いい加減、怒りが込み上げて来たのがご理解頂けたのか、


「Ohhh〜sorry…マ•ミ•コ。ハッハッハー」


 笑いは止まらない様でございましたが、漸く、正しく美しいお名前を呼んでいただけたのでございました。この事に起因し、また、このお友達間で一悶着あるのかしらん。と心配していたのは私くらいでしょう、、。

 結果的には要らぬ心労だったのですけれども。


 ピンクさんもイエローさんも、非常にご陽気な方で、終始笑いながら、先ほどとは違う、破廉恥で卑猥なお言葉を、次々と仰っていました。まるで、休み時間の男子のように。何故だかわからないのですけれども。


 この様なお言葉を何方が教えたのでしょうか?不思議でなりませんでした。

 私たちが腰掛けていた花壇の周りでピンクさんとイエローさんのお話を伺っておりますと


「テンチョー スケベ スケベ テンチョー!テンチョー ケチネ。、、、、、」


 聞き取れた言葉から推測いたしますと


『ちょっと聞いてよ〜、ウチの店長、マジエロいんだけど!エロ店長、しかも、キモいんだけど!

 エロキモな上にケチなんだけど、酷くなーい??しかもブサイクだしい〜。ウケるぅ〜。ハゲてるしぃ〜。すぐお尻触ってくるしぃ〜。マジ、何なの〜?ウケるぅ〜。ピーーー(自主規制)は、ちょーピーーー(自主規制)だしぃ。ウケるぅ〜。ブサハゲ、エロキモ、ピーーー(書けません)!!』


『私なんて、この前ピーーーーー(ご想像にお任せいたします)されて、頭に生えてる残りの毛、燃やそうかと思った〜ファイヤ〜!

 あーマジキモい〜』


 と、お二人がお勤めになってらっしゃるお店の店長の悪口でございました。(このお二人に卑猥なお言葉を叩き込んだのも、この店長なのでしょう)余程酷い人なのでしょう。立場の弱い外国の方をこき使う、エロキモ、ハゲブサ悪徳店長だという事が良く良く伝わってまいりました。そんな悪環境の中でも、笑顔を絶やさず、お勤めされているあなた方は本当に素晴らしい!!!


 そんな訳で、3人の中学生と、2人の外国人は片言の日本語と英語を駆使して、真意が伝わっているかどうかも謎である会話を楽しくしておりました。5人の空気もだいぶ和んで来た頃でございました。


 ニヤリとピンクさんが笑うと、唐突に


「ワタシ オカマーヨ」


『オカマ??またまたご冗談を!どう見ても、可愛らしい女性です。お下品ではありますけれども。スタイルの良い、綺麗なお姉様です。はい。お下品ではありますけれども。』


「嘘だぁ!」


 と真美子ちゃんが言うと


「ホント、ワタシ オカマーヨ」


「ワタシモ、オカマーヨ!」


『ピンクさんのみならず、イエローさんまで!?!?』


 人生で初めてお会いした、オカマと名乗るお二人に益々興味深々の中学生達は、未知への好奇心でその眼を輝かせていた事でありましょう。


「ワタシ オカマーヨ、ホント オトコ、ケド オッパイ アルネェ」


 ピンクさんはそう仰ると、クイクイと人差し指で近づくように指示すると、おもむろに、ブラウスを捲り上げ、その双丘を惜しげもなく晒したのでございました!!


 お、お、お、おっぱいでございました。至って、普通の、若干小ぶりの、おっぱいでございました。その上、ノーブラでございます。なんと大胆なっ!!益々混乱するばかりの我々に向かい、イエローさんまで


「ワタシノ ミルカ?」


 と。


 当然、丁重にお断り申し上げました。日に2人の見知らぬ方の双丘を、この様な公の場で見るなど、刺激が強すぎますです。はい。しかも自称オカマさんの双丘でございます。


 私達、中学生がお断り申し上げますと、何を思ったのか、ピンクさんが眩しいショッキングピンクのミニスカートの裾を片手で掴み、もう片方の手で、股間を指差しながら、


「ココモ ミルカ??マダ ピー(書きたくありません)ツイテルネ。ココ、トル、タカイネ」


「…………………………………。」

「…………………………………。」

 「キャーーーーーー!!」


 流石に一人のお友達が声を上げました。


 イエローさんはピンクさんの肩を叩きながらまたもや大爆笑でございます。空いてる方の手をお腹に当て、


『あんた、何やってんの?ちょー、ウケるんだけど〜。あんたのPーーなんて、見たくないわよ〜』


 的な様子でございました。


 美人のお姉様の皮を被った元殿方のお二人は、幼気イタイケで小生意気な中学生をからかって楽しんでいるとしか、思えません!顔を赤くしたり、青くしたり、そんな中学生を見て本当に、可笑しかったのでございましょう。


「ミナイ?ザンネンネ。」


 流石に、ミニスカートを捲る事まではなさらなかったのでございますが、もう一度、長い髪を掬い上げて片側に寄せ、前かがみになると、ブラウスの胸元を、それはそれは妖艶な仕草で広げ


「オッパイ アルネ ワタシ、オカマーヨ」


 と、念押しされたのでございました。


 後に思えば、確かに。細く美しい御御足ではございましたが、些か骨っぽく、綺麗なお顔ではありましたが、口元は青かったのです。日本人ならば、気付いたやもしれませんが、生憎、普段滅多にお目に切らない他国の方々故、そんなものなのだろうと、女性である事に何の疑いも持たなかったのでございます。

そして、本物の女性ならば公の場で双丘を晒すなど決してなさらないことでありましょう。


 散々、弄ばれてしまいましたが、


「テーホーカー アリガト!!」

「ニホンジン ヤサシイネ!」

「ピーー!!アーッハッハッ」



 と、お礼と賛辞を何度もいただきました。異国のエロキモ、ブサハゲ悪徳店長の元働くお二人に、日本人はそんな酷い輩ばかりではない!と思って頂けたならば、幸いにございます。

いえ、きっとそう思って頂けたことでしょう。私達、中学生は日本人の素晴らしさを知らしめ、円滑な他国との交流に貢献したのでございます。実に良い行いをいたしました。

 別れ際には抱擁とムチムチほっぺに接吻などされて、益々、正しい立ち居振る舞いがわからなくなりました。英語の文法など学ぶ前に、日本のご挨拶との違いを教えて頂けたならば、、、。

 正しい、ほっぺに接吻するご挨拶の作法など、田舎の中学生が知る由もなく、

 頰と頰をくっつける??

 チュッって、音をどのやうに出しているのでございますか??

 頰を合わせながら、お互いの頰に唇を付けるとなると、ひょっとこの、様になりますが、それは正しいのかしらん?かなり無理があります上に、その様な滑稽なお顔を人前でいたしたくはございません。


 そんな困惑の中、初めての抱擁とお礼の接吻をいただき別れたのでございました。


 数年後、あのお姉様方の影響なのか、Drag queenの催しに足繁く通う事になるのですが、そのお話はまた今度にいたしとうございます。

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