第4話
「なぜだあああぁぁぁ……!?」
腹の底から溢れ出る苛立ちを吐き出すつもりで叫ぶ。
あのとき、俺は死んだはずだ。
体力が残っている限り全力で動き続けられる自己暗示をかけた。
その上で、呼吸もままならないほど体力を使い果たし、死んだはずだった。
「……生きてる、んだよなぁ」
視察から王都への帰路の途中、魔物の大軍勢に襲われてから一ヶ月が経過している。
英雄ギル・ヒロイックの活躍により、姫の周りにいた魔物どもは全滅。
そのまま周辺一帯にいた魔物どもを掃討し、多くの将兵が救われた。
また、最大の脅威とみなしていた地竜も討伐。
その死体は王都へ運び込まれ、ギルの名声をアリーに高めることとなった。
散り散りに逃げた姫付きのメイドや執事は全員生存。
彼らを守護するために分散した近衛兵たちも半数は復帰することができる。
俺は体力をほぼ使い果たし、王都に運び込まれてから一週間寝込んでいたが、右腕と肋骨が三本折れていた他は大きな怪我はなかった。
起き上がれるようになると、事務方の人間とともに死が確定した近衛兵たちの家族に訃報を告げに行く。
それも終え、本日から再び近衛兵として王城に詰めていた。
「ここにいたのね、イーサン」
後ろから声をかけられ、弾かれたように振り向くと最敬礼をする。
ここは王城。
どこに耳目があるか分からないからな。
「はっ。それでは、私はこれで……」
「待って!」
姫の御前を失礼しようとするも、遮るように発せられた静止の言葉につい動きを止めてしまう。
つい癖で周囲を警戒する。
ふと、姫と一緒にいるのが姫付きでも古参のメイドのみであることに気づいた。
「もちろん、ここで姫とお会いしたことは内密にいたします。ご安心くださいませ」
付き従う者を最小限にしているのはギルと密会するからだろう。
あれだけ劇的に救われたのだ。
ゲームよりは早いが、姫とギルとの距離が縮むのも必然と思う。
ただ、ゲーム通りに進むとギルは各国の姫から好意を寄せられることになるのが目に見えている。
姫には幸せになってほしいのだ。
ギルの好みや好物を聞き出すくらいはしがない近衛兵の俺でもできるだろう。
「え……あ、違うの。違うのよ、イーサン」
一瞬何を言われたのかわからないという表情になったが、姫は首を横に振る。
予想と違う言葉を言われ、つい姫の顔をまじまじと見つめてしまう。
見つめてしまった結果、気づいたことがある。
姫の顔が赤いのだ。
それも耳まで真っ赤になるほどに。
夕日に照らされていたことと、周りから見て不敬と思われないようあまり姫の顔を見なかったことで気づけなかった。
「あなたが、好きなの」
目を合わせて告げられた言葉に理解が追いつかない。
つい左右を見回してしまったのは失敗だったかもしれない。
先ほどまで恥ずかしそうにも見えていた姫の顔がムッとする。
三歩、こちらに詰め寄るとパンッと音がするほど勢いよく両手で顔を挟まれる。
「私は、イーサンが、好きなの」
「ひゃ、ひゃい。わかりまし、た……」
姫の後ろに控えているメイドがクスクス笑っているのが見える。
妹分だと思っていたのはこちらだけで、アリーは違った想いを抱いていたと言うことか。
「わかっていただけて嬉しいですわ」
頷いた俺を見て満足したのか顔から手が離れる。
意識的に話し方を変えて言われた言葉に違和感を覚えたが、アリーは黙したまま動かない。
そして見つめ合ったまま、時間が流れていく。
アリーが何を期待しているのかはわかっているつもりだ。
わかっているが、様々なことを考えてしまうと口が重くなる。
「……俺もアリーが好きだ」
覚悟を決め、重くなった口を開く。
妹分ではあるが、妹ではない。
身分違いも甚だしいが、きちんと伝えておくのが誠意だと思った。
だが、俺の言葉を聞いたアリーは満面の笑みを浮かべる。
「イーサンがちゃんと言ってくれて嬉しい。あ、もちろんお父様の了承も得ているから安心してね」
「は!?な、何を……許可なんておりるわけがないだろう?」
言われたことの衝撃の大きさについ声が大きくなってしまったが致し方ないとしてほしい。
無理矢理心を落ち着け、アリーの言葉を否定する。
「アリーはギルに嫁ぐんだ。ギルがアリーを求めているし、ゲームでそうなってる。確定した未来が覆るわけがない」
「げえむ?何を言ってるの、イーサン?」
「あ、いや……ぎ、ギルがアリーを求めてるって城内ではもっぱら噂になってる。国王からも宰相からも何も言われていないけど、英雄ギルが頻繁に城にやってきてるんだから」
ギルが足繁くこの城に通って来ているのは、王都に住まう誰もが知っていた。
これまでは諸々の事情を回避するため、王城にはほとんど行かなかったギルが、である。
アレクサンドラ姫を救出してからのことなので、英雄ギルがアレクサンドラ姫を見初めたと誰もが思っている。
「ああ、ギル様はあなたに会いに来てるのよ。あの魔物の大群に追われて疲労困憊になっていただろうに、私の結界を魔物に囲ませないために半日も戦い続けた近衛兵イーサンに、ね」
アリーに言われて気づいた。
隊長が言っていた俺に会いたがってる方ってギルのことだったのか。
こちらから面会の予約は取れないって言われたから王族か公爵家あたりの貴族だと思い込んでいた。
「それに、私の降嫁はもともと決まっていたのよ。何人もの候補がいたんだけど、私はイーサンと一緒にいたいと思ったの」
飛びつくように抱きついてきたアリーを抱きしめてしまう。
アリーを抱きしめたことで気づいた。
「これからよろしくね。だ・ん・な・さ・ま」
安堵したような嬉しそうな笑顔。
アリーのその笑顔を見ていると、いろいろな手続きもやってやろうという気になってくる。
紆余曲折を経て、アリーを妻に迎えることができたのは、また別の話。
モブの俺が姫に告白された最後のきっかけ カユウ @kayuu
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