第3話
もしかしたら、これは悪手だったのかもしれない。
熱線の余波から立ち直った魔物たちが迫り、散り散りに逃げるしかなかった。
最優先護衛対象である姫の側には自分しか残らなかったくらい、混乱状態だったとも言えよう。
「姫、結界の魔法具は持っていますか?」
「え、ええ……持っているわ。でも……」
高く聳える崖で背後からの襲撃をなくし、自分の身体で前と左右の三方に睨みを効かす。
姫に確認した結界の魔法具とは、ヒロインだけが作動させられる一人用の防護結界を構築する魔法具である。
作動すると同時に、ヒーローへの救援要請を行うことができる便利アイテムなのだ。
「これをお持ちください。ここまで魔物が集まってしまうと効果はありませんが、姫の持つ結界の魔法具と合わせれば英雄ギル・ヒロイックが来るまでの気休めにはなるでしょう」
近衛兵に支給されている魔物除けのタリスマンを腰から外して姫に握らせる。
「ちょ、ちょっと、イーサン……?」
「姫は生き残らねばなりません。被害が増える魔物を抑えるためにも、市井で噂される魔王を打倒するためにも」
「な、何を、言って……」
背負っていた二本の曲刀を抜き、両手で構える。
英雄ギル・ヒロイックを模して始めた双剣術。
無数の魔物を相手取るためのこれ以上に有効な攻撃手段を俺は持たない。
「姫。今、このときほどあなたの近衛で良かったと感じることはありません。……何物にも代え難い、最愛の妹を守ることができる。これほど、これほど兄冥利に尽きることはない!」
魔物が数匹飛びかかってきたのを斬り伏せ、姫に視線を向ける。
思い起こせば、最初は姫の友人として出会ったんだった。
わずかばかり俺が年上だったこともあり、姫から兄と慕われるまでそんなに時間はかからなかったと思う。
しばらくして、俺は執事見習いになるか、近衛兵候補になるかを問われた。
魔物が跋扈するこの危険な世界。
前世でも下の兄弟のいなかった俺は、どうしても初めてできた妹を守りたかった。
だからこそ近衛兵となる道を選び、死に物狂いで訓練した。
「我らが身命を賭して!姫殿下の心身をお守りす!我ら近衛は攻めるに非ず! 護ることこそ我らが本懐!この身朽ち果ててもなお!姫殿下を護る者なり!!」
近衛兵最後の切り札。
命の最後の一滴を絞りきるまで、全力で動くことができるという自己暗示。(まほうのことば)
近衛兵に選ばれたとき、この自己暗示を徹底的にたたき込まれた。
それは、特別な力を持たない(ゆうしゃではない)者の意地。
ゲームを知るイーサンも知らなかったその自己暗示により、近衛兵たちは過去数多の危機から守りたいものを守り続けてきた。
「アリー、結界の起動を!…さぁいくぞ、くそったれども!大事な妹には指一本触れさせねぇぞっ!!」
言われるがままに姫が結界の魔法具を起動させたことを確認すると、魔物の群に向き直り、曲刀を打ち鳴らす。
打ち鳴らされた音に反応したのか、魔物どもが一斉に飛びかかってくる。
結界の魔法具に守られた姫を背後にし、向かってきた魔物を片っ端から斬っていく。
視界が魔物で埋まる。
いくら結界の魔法具で身を守れるとはいえ、こんな数の魔物に囲まれ続けたら姫の心が保たないだろう。
足は止めない、止められない。
生きの良い獲物であり続けることが、魔物どもの意識をこちらに集中させ続けることに繋がる。
だからこそ、向かってきた魔物を右の曲刀で斬る。
背後に回り込もうとした魔物を左の曲刀で斬る。
右の曲刀で斬る。
左の曲刀で斬る。
右で斬る。
左で斬る。
斬る。
斬る。
「ぅお……おおおぉぉぉぁぁぁ!!」
ただひたすらに斬り続ける。
じわりじわりと姫から離れるように立ち回りながら、魔物どもの意識を引きつけるよう全方位に攻撃の手を伸ばす。
諸手に持つ双曲刀で斬れる範囲に入ってきた魔物を斬り、鼻先を斬りつけられて怯んだ魔物を追いかけて斬る。
ただし、こちらも被弾している。
周囲を囲まれた状態で、途切れることのない魔物どもを相手して無傷でいられるのは、かの英雄くらいだろう。
身につけている鎧の上から殴打され、斬り終えた腕を爪で狙われる。
鎧に守られているおかげで致命傷に至るほどの傷はないが、怪我していない部位はないくらい攻撃を受けている。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁぁぁ……」
どれくらい斬り続けただろうか。
体力の最後の一滴まで全力で動けるとはいえ、息切れはどうにもならない。
斬り始めてからそんなに時間が経っていないとも、半日ほど経っているとも思える。
視界が狭まり、予測していない方向からの攻撃を受けることも増えてきた。
「がっ!」
魔物の突進をかわし、すれ違い様に斬りつけたタイミングと合わせたかのように背後から体当たりを受け、はじき飛ばされる。
起き上がることができない。
呼吸もままならない。
どうやら体力が尽きたようだ。
唯一魔物に囲まれていない上空。
姫が起動させた結界から立ち上る光の粒子が青空に映える。
「アリー……どう、か……っ!?」
立ち上る光から外れた位置に光点が一つ、見えてはいた。
その光点はみるみるうちに大きくなり、そして落ちてきた。
結界に守られた姫と倒れ伏す俺の間に、それは落ちた。
落下点周辺にいた魔物はすべからく吹き飛ばされ、力の入らない俺は巻き起こった風に吹き飛ばされるように地面を転がる。
「ギル・ヒロイック、参上!オレが来たからには安心だぜ!」
ビリビリと震えるような大声が響きわたる。
ああ、お調子者キャラが設定されているのか。
ゲーム開始時に選択肢をいくつか選ぶことにより、主人公ギルの性格が決定するシステムがあったのを思い出した。
プレイヤーが感情移入しやすくなることを期待したシステムだったはずだ。
「ギル様ぁ……イーサンを、イーサンを助けてっ!」
姫の悲痛な叫び声が聞こえる。
こちらは魔物の群れの真っただ中。
いかに英雄ギル・ヒロイックとは言え、俺の命の灯が消える前にたどり着くとは思えない。
ぼんやりと青空を見上げ、この世界に転生してからの出来事が蘇ってくる。
「オレに任せときな!」
ギルが姫の願いを承諾した声が聞こえ、続けざま魔物の悲鳴が響く。
ギルの着地の衝撃で倒れていた魔物どもが立ち上がり、動き出したようだ。
いくら英雄とはいえ、大地を埋め尽くすほどの魔物を相手取り、どこにいるかも分からない一人の人間を探し出すことはできないだろう。
「……アリー……お幸せ、に」
届かないと知りながらも言わずにはいられない。
この世界で最も大切な存在(いもうと)。
彼女の幸せを願い、意識を手放す。
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