第2話

「ん?」


初日の野宿を終え、王都までの道のりを半分ほど過ぎた頃。

索敵のため周囲の見回りに出ていた軽騎兵が馬をつぶさんばかりの勢いで走ってくるのが見えた。


「お、おい!あれ…」


それは誰の声だったか。

その走る軽騎兵の背後から、もうもうと土煙が上がっている。

三桁でも足りないだろうと言わんばかりの魔物の大軍勢だった。


「姫を守れ!このまま王都方面へ向かうぞ!」


声の限り叫ぶと持ち場を離れ、姫が乗る馬車へと向かう。

魔物への恐怖にバラバラに暴れそうになる8頭の馬を制御している御者と並ぶよう自らの馬を併走させる。


「王都へ!横に着く!」


側面から雪崩れ込むように迫る魔物の大群から避けるように隊列の速度を上げる。

鬱蒼とした森の奥から現れたとはいえ、気づくのが遅すぎた。

運悪く姫の乗る馬車が魔物の大群が通るであろう場所のほぼ中央にいたのも姫の安全確保が厳しくなる要因だ。

最悪は姫たちをそれぞれの馬に乗せて馬車は放棄するか。

だが、そんな考えは甘かったのかもしれない。

逃げる隊列を追うように魔物の大群が進路を変え始めた。


「重騎士隊、 構えッ!」


後方で重騎士隊隊長の声が響き渡る。


「姫様を追わせるな!我ら重騎士、何のためにゴツい鎧を着てる!?」


「「「守りたいたいものを!守るためにッ!!」」」


重騎士隊隊長と後に続く重騎士たちの声が背中を叩く。

重たい塊が地面と激突する音が鳴る。

重騎士の象徴とも言える盾を構えたのだろう。

魔物の勢いに少しでも耐えられるように、地面に突き刺して。


「我ら重騎士、その手に持つものは何だ!?」


「「「守りたいものを!守るための盾ッ!」」」


「いつも通り、守るための戦いだ!往くぞ、野郎ども!」


「「「おおッ!!」」」


重騎士隊のかけ声はこれ以上ないほどにいつも通りだった。


「姫、彼らに魔法を!」


馬車と併走しながら、中にいる姫に願う。


「守護を司る女神アイギスよ、我が願いをきき、彼らを護る盾となれ!」


姫の詠唱により、盾を構えた重騎士隊の足元が光り、輝く粒子が立ち上る。

ファースレット王国が奉る女神アイギスの力を借り、防御力を上げる魔法だ。

ゲームでの効果は、防御力を上げると同時にノックバック耐性が付き、行動中に敵の攻撃を受けてもキャンセルされずに動き続けられるようになるというもの。

ノックバック耐性があると続けて技を出すことができるようになるので、終盤まで比較的よく使われた魔法だ。


「急げ!重騎士隊が稼いでくれる時間を無駄にするな!」


重騎士隊の声を背に、姫の乗る馬車を近衛兵で囲むようにして王都への道をひた走る。

重騎士隊の守りを迂回したと思われる足の速い四足獣系の魔物が迫ってくるが、それぞれの持てる力で排除していく。

どんなにうまく立ち回ったつもりでも、走る馬の上。

普段なら何でもない些細なことが大きなミスに繋がる。

また、後方から迫る魔物に意識を割きすぎると、 側面から飛びかかってくる魔物への対処が遅れる。

魔物に追われるという極度の緊張状態と、多すぎる魔物への対処に疲労が蓄積し、一人、また一人と近衛兵が減っていく。


「くそったれ、ドラゴンがいるぞ!」


その声に反応し、側面から飛びかかってきた 四足獣系の魔物を斬り伏せてから後方を確認する。

そこには、山と見紛うような大きさの地竜がいた。

翼はなく、移動手段は地を這うだけではある。

だが、その巨体が歩く速度は馬の全速力に匹敵する。

外皮は岩のように硬く、生半可な攻撃は効かない。

そして、地竜最大の脅威は口から放たれる熱線である。

ゲームの解説によると、体内で精製した溶岩に圧力をかけ、光線状に吐き出すというもの。

主人公である英雄であれば、1、2発被弾したところで 体力ゲージが減るだけで済むだろう。

ただの一般人がそんなものを受けてしまえば、一瞬にして消滅する。


「急げ、熱線を受けたら…っ!」


注意の声をかけていると、地竜の咆哮が物理的な衝撃となって全身に叩きつけられる。

危うく馬から落ちるそうになるのを立て直し、振り返ったときには地竜が熱線を放つ直前だった。


「熱線来るぞ!」


声を上げるのと同時に地竜が熱線を放つ。

高温により近くにいた魔物は燃え上がり、衝撃波により燃えるほどは近くなかった魔物が吹き飛ばされていく。

吹き飛ばされていく魔物の行く末を見届けることなく、こちらにも熱線が到達する。

熱に焼かれる距離ではなかったものの、衝撃波を受けて馬ともども吹き飛ばされる。

吹き飛ばされながらも守るべき馬車だけは視界に捉え続けられるよう全神経を集中。


「ぐっ……」


運良く地面に落ちた体勢も悪くなく、なんとか受け身をとる。

真面目に訓練していた成果とも言えよう。


「姫たちは無事か!?」


「姫様は無事です。大きな怪我をした者もいません!」


馬車の中から侍女を引っ張り上げている同僚からの返答に一安心する。


「……馬車起こせるか?」


「だめだ、手が足りない!


先に起き上がり、横転している馬車の周りを確認していた同僚に問うが、返ってきた答えは否。

地竜のブレスとその余波により、間近に迫っていた魔物がいなくなってはいるが、あまり長居はしていられない。

姫、侍女などの保護対象を中心に、体が動く近衛兵で周囲を護衛。

そのまま街道を進むことにした。

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