第35話来襲クエスト【ニューディライト】


ここは大陸の南に位置する大都市、ニューディライト。

外はまだ明るい、そろそろ夕暮れ時が迫ろうかといったところ。


ニューディライトは初心者も多いが、

他の都市に比べ、人口が突出して多いのも特徴。

街中、どの場所も比較的多くのプレイヤーで溢れている。


酒場などは特に人が多い、この酒場もまた同様。

皆、思い思いの時間を過ごし、店内はプレイヤーたちの声で満たされてた。


その酒場の一角カウンター、二人組のプレイヤーの姿がある。

一人は、鎧ではなく布の服を基本とした軽装。

剣を携えている事から、剣士と見られる。

赤いメガネをかけており、飄々とした印象の男性だ。

年頃は20代半ば頃と見られる。


もう一人はマントに身を包みフードを深くかぶった人物。

その顔は窺い知ることができないが、長身の男性。


二人はカウンターに腰をかけ、飲みながら話をしていた。


「……お前、教師なのか」


そう声を発したのはフードの人物。赤メガネが応える。


「ああ、そうなんだ。

 もともと生徒たちの間でこのTSOが流行っててなあ。小学校なんだが。

 勉強そっちのけでTSOの話ばかりするもんだから、頭ごなしに怒っていた。


 しかし、それでも止めるどころか、一向に生徒たちは夢中だろ。

 ならいっそ、こっちもゲームの中に入って説教してやろうと思ってな」


「それで、お前も始めたと」


「そういうわけよ。

 ………………………そしたらこの有様さ。

 あっという間に俺自身が見事にハマっちまってな。

 今では生徒達よりもヘビーユーザーだ。ハハハ………笑ってくれ」


「ミイラ取りがミイラ、というわけか」


「ハハ、自分でも情けないよ。

 ただ、自己フォローさせてもらうとな、

 教師としての役目を放棄してるわけじゃないんだ。


 TSOは良い意味でも悪い意味でも、自由すぎる場だろう。

 子どもたちに及ぶ危険も多い。変な輩も多いしな。

 だから俺はギルドを作って、クラスの生徒たちをそこへ入れてる。

 変なトラブルに巻き込まれないよう、ここでの保護者がわりってわけさ。

 勉強会なんかも開いてるしな」


「ログインしてまで勉強会か。子供達もいい迷惑だな」


「いやまあそういうなって。

 現実でもゲームでも大事な生徒達だ。俺が守らないとな」


そう話しているうち、カウンターの向こうから

バーのマスターらしき人物が会話に入ってくる。


「おうおう、カイセン。お前また現実世界の話をしてんのか。

 いたずらに情報を漏らしてもいいことないぞ」


「マスターの言うことも一理あるけどな。

 自慢じゃないが俺は、人を見る目には自信があるんだ。

 ヤバそうな奴には言わねえさ」


「で、今日のお連れさんは?」


「今日知り合った。北の森でな。

 俺がモンスターに囲まれてな、ピンチのところ救ってもらった恩人だ。

 だからこうやって一杯おごらせてもらってるってわけよ」


「ほぉう、そうなのか。

 ま、俺としちゃ店に客連れて来てくれればありがたいがな」


「そうだろそうだろ。それにこいつ、むちゃくちゃ強いんだぜ。

 俺が手こずってたモンスターなんか、あっという間、大剣で粉々よお!」


「ほぉう、そりゃあすげえ。

 その戦闘スタイル、さてはお前さんも懐剣を超えるとか息巻いてるクチかい?」


マスターがフードの男に尋ねる。


「懐剣を超えるか………。そうだな、そんなところだ。

 森では、俺の方も道に迷っていたところでな。丁度いい案内役で助かった」


「あの森、迷うようなポイントあったっけな……。

 ま、まあいい。

 それよりお前、森にいる時もそうだったがそのフードは取らないのか?」


赤メガネ、カイセンが尋ねる。


「悪いな。色々と面倒でな」


「……面倒?………ははーん、わかったぞ。

 どうぜ、たちの悪い連中に因縁でもつけられてるんだろう?」


「………………」


「いや、みなまで言うな。事情は分かった。

 ここニューディライトは人が多いからな、

 そらつまり必然的に、たちの悪い輩も多いって事だ。

 カーロッソ一家の連中なんてまさにそれだしなあ~」


「お、おい………」


マスターが少し引きつった表情でカイセンに声をかける。


「??どうしたんだマスター?」


「お前、う、後ろ………」


「ああ?………後ろ?」


カイセンが後ろを振り返ると、そこには5人の男たちが立っていた。

5人とも戦士という風貌だが、その頭には全員紫色のバンダナを巻いていた。

皆、眉間にしわを寄せカイセンを睨み付けている。


「………!?」


そのバンダナが目に入るや、目を丸くし焦るカイセン。

5人組の1人が顔を近づけ話しかけてくる。


「俺の気のせいかぁ?お前の口からカーロッソ一家、

 ……俺らの名前が聞こえた気がするんだがぁ?」


「あ、いや、その……あの…」


カイセンは額に汗が滲み、目が泳ぎ始めた。


「………誰がタチの悪い連中だってェ………?」


「あ、いや、空耳っていうか、俺はそんな事は………」


必死で誤魔化そうとするカイセンだったが、

5人組には通用していない。鬼のような形相でカイセンに迫る。


「………いい度胸だ。ちょっと顔かしてもらおうか?」


「お、おいあんたら、そのへんにしといてやってくれ」


「マスターは引っ込んでな…!!

 そこで飲んでるお前。お前もコイツのツレだよな?一緒に来てもらうぜ…」


カーロッソ一家5人組のうちの1人が、フードの男の肩に手を当てる。


「…ぐっ!?」


その瞬間、肩にあてた手はフードの男の手によって押さえ付けられ、

ギリギリと締め上げられた。

痛みに、男は肩から手をはなす。


「てめぇ…!!ぶっ殺されてえのかコラ!?」


その大声は店中に響き渡り、周囲の視線を一手に集める事となった。

騒がしかった店内は途端に静まり返る。


「なんだ今の声?………ケンカか?」


「おい、あのバンダナ……カーロッソ一家じゃねえか………」


「おいおい、またあいつらかよ。毎日なんかやらかすな。ったく……」


「……しっ!聞こえるぞ!」



「おいフード野郎!!ナメた事してくれるじゃねえか!!

 別に俺らはいいんだぜ!ここでぶっ倒してやってもなあ…!!」


「………………」


「あわわわわわわわわわわ……!!!」


フードの男に因縁をつけるバンダナの5人組。

しかしフードの男はそれに背を向け無視。カウンターで飲み続ける。

その様子をあたふたしながら見ているのはカイセンだ。


「おい!聞こえてんだろ…!!シカトしてんじゃねえぞ!!

 なんとか言えやテメエ!!」


「……帰れ。お前らの安い喧嘩に付き合うつもりはない」


フードの男はカウンターに座ったまま、静かな声で応えた。


「ちょっ………!お、おいアンタ……!!

 なにもそんな火に油を注ぐようなこと言わんでも…!」


カイセンは相変わらず狼狽し、目を左へ右へ。


「あああ!?帰れだあ…!?俺らの事知らねえのか!?

 さてはお前初心者だろ!!

 もう駄目だ。頭きた。おいコイツ、ここでやっちまうぞ!!」


その言葉を合図に、5人組が一斉に武器を構え取り囲んだ。

その様子に周囲がざわつき、近くにいた客たちはその場から距離を取った。


「おいおいあんたら!やめろ!せめて店の外でやってくれ!」


マスターの声にもバンダナの男たちは耳を貸さない。

フードの男もフードの男で言葉を発さず。一向に動く気配がなかった。


一触即発のなか、男たちの剣が徐々にフードの男に迫っていく。




コッコッコッコ カチャカチャカチャ


静まり返ったその中、ふとひとつの足音が周囲に響いた。

足音と、カチャカチャというなんらかの金属音。


コッコッコッコ カチャカチャカチャ


足音は、徐々に5人組やフードの男がいるあたりへと近付き、

ついには武器を構える5人組の真後ろまで来て止まった。


「………!?」


カイセンが驚いて見ると、そこに立っているのはサングラスをかけた銀髪の男。

逆立てた髪、ピアスやタトゥーなども目立つ派手な風貌だ。

カチャカチャという音は、その男が手に持ったバタフライナイフを弄る音だった。


その男の存在に5人組も気づき、威嚇する。


「おいお前、この状況見て解らねえか?んなとこ突っ立ってたらケガすんぞ」


カチャカチャカチャカチャ


「………邪魔だ」


声を出したのは銀髪の男だ。


「はあ?………お前今、なんつった?」


「席に座んだよ。邪魔だてめえら」


「いいいいいいィィィ………!?」


カイセンはさらに驚愕の表情。

フードの男は相変わらず、カウンターで飲み続ける。


「…………ったくそこのバカといい、

 今日はいやにクソに見舞われる日だなぁ!そんな死にてえか!

 まずこいつからやっちまうか!!」


「おう、そうするか」


フードの男に向けられていた5人組の武器は一転、

後ろからやってきた銀髪の男へと向けられた。


「………………………」


カチャカチャカチャカチャ


銀髪の男は声を発しない。

しかし次の瞬間、5人組のうちの一人の顔色が急変した。


「………お、おい!?ちょ、ちょっと待て!?」


「なんだあ?なに情けねえ声あげてんだよ」


「コイツ…ブラッドダッドの………キセだ!」


「………!!!!」


「ッッ!?キセだと!?」


その言葉に5人組全員の表情が一変、明らかに動揺が走り、

場はしばし膠着する。



カチャカチャカチャカチャ


銀髪の男はひるむ様子もなくナイフをいじり続けている。


「ブラッドダッド…!?」


「ま、まじかよ………」


「間違いねえって………!!!」


「お、おい、どうする!?」


「どうせ空似だろ!!」


「でもホンモンだったら……!!」



「ゴチャゴチャうるせえよ。……どけっつってんだろ」


「ッッッ!!!!」


銀髪の男の一声、5人組はたじろいだ。


「………………………。わ、わかった」


5人組はそれぞれに武器をしまい、道を空ける。


「………………。

 フード野郎に赤メガネ、命拾いしたのは今だけだ。

 ………テメエらの事は覚えたからな」


その一言を残し、5人組は酒場を後にしていった。

銀髪の男はカウンター、フードの男の横の席に座る。


「………………」


「………………」


場には長い沈黙が残ったが、次第にそれも過ぎ去り

酒場内には徐々に普段通りの喧騒が戻ってきた。


「………お、おい、アンタ。なんかすまないな。助けられたみたいで」


カイセンがカウンターの2つ離れた席から、恐る恐る銀髪の男に話しかける。


「………………」


しかし男からの返答はなかった。


「…………お、お客さん、何かのみます?」


カウンターの銀髪の男に話しかけるマスター。


「コーラ」


「あ、あいよ」


ダン!!!


「!!!!!」


銀髪の男は、手に持ったナイフをテーブルへと叩き置いた。


「………………ヒッヒッヒ。珍しいところで珍しいヤロウに会う。

 前に会ったのはいつだったかあ?」


今度は銀髪の男からフードの男へと言葉が投げられる。


「………………」


しかし男からの返答はない。

それでも銀髪の男は話を続けた。


「悪目立ちしねえで済んだんだ。こりゃあひとつ借しだなあ?」


そう言って出されたコーラを飲む。


「お、おい、アンタ。知り合いなのか?」


カイセンがフードの男に小声で話しかける。


「………知らん」


「ヒッヒッヒッヒ。つれねえなあ」


銀髪の男には一瞥もくれず、フードの男がカイセンに話しかける。


「………気を付けろ。あの連中、また現れるぞ」


「お、おう、まあ自分で蒔いた種さ、仕方がない。

 なんかまきこんじまって悪い。あんたこそ気を付けろよ」


「………俺はかまわん。

 ここの勘定はいいのか?」


「ああ、勿論だ」


「悪いな」


ガタッ


フードの男はおもむろに席を立った。


「も、もう帰るのか?」


「ああ、今日は世話になった」


言葉を残し、フードの男は酒場を後にした。


「ちょっ!あ、マスター、勘定置いとくぜ!」


その後を追いカイセンも店を出る。

店の外、帰りがけのフードの男の背に声を投げた。


「お、おい!しばらくはここにいるんだろ?

 また会ったら、そんときはよろしくな!

 そういえば、名前をまだ聞いてなかった。俺の名はカイセン。

 ………お前は?」


「………俺はゼロだ」


そう言ってフードの男は去っていった。見送りながらカイセンはつぶやく。


「………ゼロか。

 カーロッソ一家にも全然動じなかったし、なんか渋い奴だな。

 なんとなく、ヤツとはまた会いそうな気がするぜ」


ニューディライトはまだいつもと変わらない、

夕暮れが訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る