第34話潜入!ロリータコルセティア14


ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!

ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!


プラチナとザッハトルテによる激しい攻撃の応酬が繰り広げられていた。

剣と斧が入り乱れ、交差する。


舞いを踊るように華麗に斧を振り回すザッハトルテ、

プラチナも負けずに剣を自在に操る。

スピード、パワー、現時点では互角の勝負だ。


攻撃を放ちながらも、プラチナに話しかけるザッハトルテ。


「あなた、先ほどから全く息をきらしませんのね。

 それに………魔法以外の技を一度もお使いになっておりませんわ。

 よもや手加減をなさっているのかしら?」


「………………」


プラチナは何も言わず攻撃を続ける。


「もう少し、速度を上げてみましょうかしら?」


ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!

ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!


打ち合いの速度はさらに上がる。お互いが目にも留まらぬ動き。

ザッハトルテもプラチナも一向に引く様子はない。




その様子を少し離れた場所から見る二つの人影があった。

レィルとウララだ。

レィルは大剣を置き芝に座り込み、

ウララはその場に立って二人の戦いの様子を見守っている。


「あーーー負けた負けた!また負けだ!!ったく、最近負けてばっかだぜ……」


打ち合う二人の様子を見ながら言葉をこぼすレィル。


「言っておくけどね、私はブラッドダッドでも結構強い方なのよ。

 それをあれだけ手こずらせておいて、その言い草はないでしょう」


「あー?………負けは負けだろ」


「あなた、TSO歴はどれくらいなの?」


「うーん、もうちょいで一年ってとこだ」


「………呆れた。

 一年もやっていない相手にまんまと一撃入れられたの?

 ………私もまだまだね」


「結局あの一撃だけだったじゃねえか………。

 チッ、こんな事じゃあ懐剣に勝つなんざいつになることやら……」


「懐剣ねえ…、そういえばアナタ、レィルって言ったっけ?

 その名前も彼を意識しているわけ?」


「………たまたまだ」


「あらそう…。ま、彼は別格だったわね。私が戦った中でも」


「お前、懐剣と戦ったのか?」


「ええ、だいぶ昔だけど。

 当時、有頂天で伸びきってた鼻を見事にへし折られたわ」


「あーあ、道のりはなげえなあ………。


 つーかお前いいのかよ、こんなとこでのんびり俺と話してて。

 べつに1対1の二番勝負をしてるわけじゃないんだぜ?

 あそこに加勢に行かねえのかよ?」


「………………………」


少し間をおいてウララは応えた。


「………あなたに言っても仕方ないかもしれないけど。

 あのプラチナって子、変な子なのよ」


「変?……なにが?」


「あの性格にべらぼうな強さ、その時点でもうちょっと変でしょ」


「………まあな」


「でもそれだけじゃない。上手く言い表せないけど

 へたれの甘ちゃんだけど、なぜかそれに影響されてしまう。

 つまり、その………とにかく調子狂うのよ、あの子といると。


 今回のギルド戦、このギルドを手助けするみたいに動いてしまったのも

 もしかしたらその影響があったのかもしれない」


「ふぅん………。

 で、それと加勢に行かないのとどういう関係があんだ?」


「このままこのギルドを辞めれば、きっとあの子とは別れる事になる。

 それなら、ここにあの子と残るのも…悪くない、

 ………なんて、ガラにもなくね」


「ふぅん………」


「でもブラッドダッドも気に入ってはいるから。

 ならいっそ、あの二人の勝敗に今後を委ねてみるのも面白いと思ってね。


 そういえばこれ、訊いていいのかしら?気になっていたのだけど」


「訊く…?俺に?………何を?」


「なんでアナタ女装しているの?男でしょう?」


「………………!!!!」


その言葉にレィルは目を見開いた。


「あら?これやっぱり言わない方がよかった?

 そういう趣味の人かしら?」


「いや!いいんだ!むしろなんで今まで言わなかった!?」


立ち上がり、ウララににじり寄るレィル。


「え!?どういう事!?

 いちおう女性限定のギルドでしょ?私なりに気を遣ったのだけど?」


「あーーっ!!説明するのも面倒だな!

 とにかく、俺はここのギルメンに女装がバレるまでっつう契約で、

 無理やりギルドに入らされてたんだよ!女装もあの変態女に無理やり!」


「………なにそれ?事情が複雑すぎてよくわからないけど………」


「とにかくだ、お前がそれをギルマスに伝えれば、

 俺はここから解放されるってわけだ!」


さらにウララに顔を近づけるレィル。


「いや、顔近いから………。

 でも待って、ギルメンにバレるまで、という事よね?」


「おう、そうだ」


「だとしたら………判定は限りなくグレーじゃない?

 だって私はもうギルメンじゃないのよ」


「いや、でもよ、ここでプラチナが負ければ残るんだろ?

 ……………………………。

 ………てことは………」


「ようは、アナタの今後もあの二人の決着次第という事じゃない?

 フフフ、なんだか面白いわね」


「いや、面白くねえし………。………まじかよ………………」


レィルは意気消沈した様子で再び座り込む。


「それにしても………

 さっきからあの二人、ずっと打ち合いしっぱなし。

 スタミナどうなってるのかしら?」


「…………………。

 あの変態女はスタミナと体力の権化みたいなやつだからな。

 それについていってるプラチナの方に驚くぜ」


ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!

ガキガキィ!!ガキガキガキ!ガギイイイィィィン!!!


二人の撃ち合いは依然続いていた。


「スタミナが尽きるどころか、さらにスピード上ってんじゃねーか。

 マジでどうなってんだよ……」


「目で追うのも一苦労。ここまでの打ち合いはなかなか見れないわね」



プラチナとザッハトルテ。二人の勢いも衰えるどころか徐々に増していき

周囲から目で追えないほどの速さに達していた。

しかし、二人の表情は涼しげ、息を切らしている様子もない。


「ブラッディ・ジュエル…!!!」


ガギイイイィィィン………!!!!


一瞬の隙をつき、ザッハトルテの必殺斧技が炸裂。

下から上へ、強く打ち上げる技だ。

剣でガードしたものの、プラチナは強く弾かれ後退する。

その距離のまま見合う二人。しばしの沈黙が訪れた。


「…………………………」


「…………………………」


ザッハトルテを見据えるプラチナ。


 (この人………。すごいギルドのギルマスだけあってすごく強い。

 攻撃も鋭くて重いし、それよりも驚くのは防御力。

 もうボクやウララさんの攻撃が何回も当たってるはずなのに、

 全く体力が減ってる様子がない。それに、

 切り掛かった手応えも重すぎる、浮かせることもできないよ……)


「プラチナさん。………そろそろ、

 手の内の探り合いは終わりにいたしませんこと?」


ザッハトルテが話掛ける。


「…………………………」


「このまま打ち合いを続けていても朝になってしまいますわ」


「………………そうだね。ボクも同感」


「ウフフフ。嬉しいですわ。やっとその気になってくれましたのね。

 では、わたくしも本来のスタイルでイかせて頂こうかしら?」


そう言って、ザッハトルテはおもむろに手に持った斧を下げた。

その様子に驚くプラチナ。


「って、え!?どういうこと!?」


少し離れた場所で見ているウララも怪訝な表情だ。


「あの子武器を下げたわよ………一体何を考えてるのかしら?」


「まーた始まった、あいつの悪い癖が。

 でもあれもある種、戦略の一つなのかもな。俺もまんまとやられたし」


「戦略?」


「まあ見てな」




「マーク・サチュレイション」


ザッハトルテが技を発動させた。


「その技………今使って何か意味があるのかな??

 ………え!?何?これ!?」


プラチナの体がザッハトルテと引き寄せられる。

ザッハトルテの技の効果だった。


「こ、この技ってこんな効果あったの!?」


「あら、さすがのあなたもご存じなくて?

 さあ、私は逃げも隠れもいたしませんわよ」


プラチナの体は少しずつ、ザッハトルテに引き寄せられていく。


「………ッッッ!?」


「どうぞ思う存分、あなたの技をわたくしにぶつけてくださいまし。

 期待で胸が張り裂けそう。これ以上焦らさないでいただきたいわ」


「………………………。

 わ、分かったよ。あなたが何をしたいのか分からないけど………

 そんなに言うならボクの技、見せてあげる………」


プラチナは体勢を低く、剣を構えた。


「ウフフフ。いいわいいわ。

 さあ!いらっしゃいな!わたくしが受け止めて差し上げましてよ!」


「いくよ!…ヘブンズ・フォール!!」


「………!!!」


ザッシャアァァッッ!!!!!


ついにプラチナの必殺剣技が発動。

プラチナが目にも留まらぬ速さで突進、

駆け抜けざまにザッハトルテを切り上げた。


「………このっ…わたくしが…!!!アハアッ!!!!」


ザッハトルテは真正面から被弾。高く宙に打ち上げられる。

しかし必殺剣技のモーションはまだ終わってはいなかった。

切り終わりの体勢から、プラチナは体をひねり素早くジャンプ。

空中でザッハトルテを剣で叩き落とした。


ズガアアアアアアアアァァァン………!!!!!


凄まじい勢いで地面へと叩きつけられたザッハトルテ。

地面にできたくぼみと亀裂が、技の威力を物語っている。

ザッハトルテはついにダウン、その場に倒れた。


その様子を見守るレィルとウララも目を見開く。


「マジか!?打ち上げやがった………!!

 俺が大剣でいくら切ろうが叩こうが、微動だにしなかったあの変態女を!

 なんだあの技は!?」


「打ち上げてから叩き落すモーション、あれはヘブンズ・フォールね」


「ヘブンズ・フォール………聞いた事ねえな」


「剣士の技の中でも相当上級に位置する技。

 そうそう使い手はいないわ。

 あれをまともにくらったら、もう立てないんじゃないかしら………」





「………………」


地面に突っ伏したザッハトルテを見下ろすプラチナ。


「………………!!」


その表情には驚きの色が浮かぶ。

ザッハトルテの手がわずかに動いたのだ。


「ウフフ………ウフフフフフ………。

 最高ですわ。

 このような刺激、このような高揚、久しく味わっていない甘美。

 ああッ!胸が熱い。あやうく昇天してしまいそう………!


 ですが、まだそういうわけにはいきませんわね。

 わたくしは、勝ってあなたを手に入れなければならないのですから」


おもむろに立ち上がったザッハトルテ。頬を赤らめ恍惚の表情だ。

その様子に目を丸くするプラチナ。


「う、嘘………この人、まだ立てるの………!?」


「さすがは竜の女。巷の噂もあながちオーバーではありませんわ。

 自分のHPバーがこんなに減っているのを見るのは、本当にいつぶりかしら。

 ………ですが、それでもわたくしは倒れませんわよ。

 もう全快致しましたので」


「え!?全快って………いつの間に!?」


「わたくしの神器級装備、このロザリオは

 防御力を上昇させると同時に、再生能力も付与するもの。

 それをわたくしは、私財を投じて極限までに強化してまいりました。

 その結果、わたくしの再生能力は常識のそれではなくなった。


 もし私を仕留めたいのでしたら、

 一撃のもと仕留める覚悟でいらっしゃることね。

 ウフフフフ………」


「す、すごい………この人………」


ザッハトルテは武器を構え、続きプラチナも武器を構えた。

再度、周囲には長い静寂が残る。



「………………………」


「………………。

 ………あらプラチナさん。

 もう少し驚いて頂けると思いましたのに。意外ですわね。

 笑っていらっしゃるの?」


「………うん。ボク嬉しいんだ。

 ボクはあんまり人と戦うのが好きじゃない」


「………おかしな話。好きじゃないのに嬉しいんですの?」


「それはね。

 人とやっても、大体ボクが本気を出す前に終わっちゃうから。

 あまり強くやりすぎると相手の装備を壊しておこられちゃうし。

 だから、すごくやりづらいんだ」


「………………」


「………ドラゴニック・レイヴ」


プラチナのその言葉と共に、プラチナの全身が青い炎をまとった。


「でもザッハトルテさん、あなただったら………

 ボクの本気………受け止めてくれそうだね」


その様子に目を見開くザッハトルテ。


 (ドラゴニック・レイヴ?………聞いた事がありませんわね。

 それに今、詠唱時間が全く存在しなかった………

 これはどういうことですの………あの青い炎、一体………)


「……本気でいくからね。次はちゃんとガードしたほうがいいと思うよ」


そう言って一歩踏み出すプラチナ。

それを見たザッハトルテが後ろに一歩引く。

自らの脚を不思議そうに見るザッハトルテ。


 (………あら?わたくし………後ずさりを?

 このわたくしが……一体…何を感じ取っていると………)


さらにザッハトルテに近づいていくプラチナ。おもむろに剣を構えた。


「じゃあ……………いくよ……!!」


ゴオオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!!


しかしその時だった、周囲がにわかに騒がしくなり、

星の薄明りだった周囲が、ひと際明るく照らし出された。


音は、炎の燃え盛る音。突然の事に周囲を見渡すプラチナとザッハトルテ。


「これは………何事ですの!?」


洋館の庭の木々が燃え上がっている。

それも、ザッハトルテたちを取り囲むように。その炎の色には見覚えがあった。

黒い炎だ。


「ははははははは!!!燃やせ燃やせェ………!!!」


突如、狂ったような笑い声が響き渡った。

その声は、火元付近から聞こえていた。

見ればそこには、黒い頭巾と黒いマントに身を包んだ人影。

それはまさにギルド戦の相手、ヴォイゲルグ教団のものだった。


ザッハトルテが声を投げる。


「あなたは………教祖さん。

 ギルド戦ならもう終わったはず。今更、一体何をされていますの?」


「はははははは………!!馬鹿を言っちゃあいけない!!!

 あんな茶番で俺たちを倒したと思っているのか!?

 ギルド戦やなんだ、そんな事はもうどうでもいい!気が済まないんだよ!

 お前たちにヴォイゲルグ神の恐ろしさを叩き込んでやらないとなあ……!」


その言葉を皮切りに周囲からは教団員たちが姿を現す。

その数40名余り。ザッハトルテたちを左右から取り囲むように現れた。

その間にも、炎はさらに黒々と燃え上がっている。


「あら残念。敵でありながら、

 面白い趣向をお持ちの方だと、一目を置いておりましたのに。

 ………これは少々、無粋ですわね」


「ああん!?無粋だろうがなんだろうが関係ないんだよ!!

 おいお前ら!全部燃やせ!!この女たちを黒焦げにしてやれぇ…!」


「ぐああああッッ……!!!」


不意に響いた叫び声、それは教団員のものだった。


「………!?なんだ!?どうした!?」


教祖が声の方を見ると、

そこには教団員が倒れている、その後ろにはレィル。攻撃したのはレィルだ。


「まずは一匹っと」


「ぎゃああああっ………!!!」


さらに別の方角より教団員の叫び声。


「………なっ!?」


見れば、倒れた教団員の傍らにウララ。


「あーあまったく。これからいいところだったのに………

 やってる事も最悪でおまけにタイミングも最悪。どうしようもない連中ね。


 ひとまず、"お遊び"は中断ということでいいかしら?」


離れたところにいるザッハトルテに声を投げた。


「……残念ながら、そういう事になりますわね」


「な、なんだ貴様ら!!ちょ、調子に乗るなよ!!たかだか4人!!

 その程度で俺らをどうにかできると思うな!!

 お前らァ!!やれやれ!全部燃やし尽くしてやれェ………!!!!」


教祖が高らかに声をあげた。





ロリータコルセティア洋館の前。あたりは朝になろうというところ。

地平線から昇った日が周囲をオレンジ色に照らし始めていた。

その場にいるのは、戦闘不能となり倒れた教団の面々、そして教祖。

立っているのは2人、ザッハトルテとレィルだ。


「ったくこいつら………。悔しさ紛れに闇討ちかよ。

 ほんとしょうもない奴らだな。

 ただ、俺と戦った巨漢の姿はどこにもなかったが」


「わたくしを魔方陣に閉じ込めた殿方もいらっしゃいませんでしたわ。

 彼、ご自分の事を"お手伝い"と称しておりましたからね。

 おそらく、あの方々は元々のギルメンではなかったのでしょう。


 リブルさんの正体もわかった今となっては

 なんとなく彼らの素性にも察しが付きますけれど」


「それよりも、よかったのか?

 あの二人、プラチナとウララを行かせちまって。

 結局、勝負はつかずじまいだったじゃねえか」


少し間をおいて、ザッハトルテが口を開く。


「………世界は広いですわ。

 このわたくしの手にすら余る方がいらっしゃるんですからね。


 ですが、だからこそ面白い。

 おそらくいつか、また会う事になるでしょう。

 その時は必ず、手に入れてみせますわよ。

 ………………それがわたくしの信条ですもの」



「あ、そうだ。お前に報告することがあったんだよ」


「報告?なんですのレィルさん」


「ついさっきだ、あのウララって女にバレたんだよ、俺が男だって」


「あら、このクオリティを見抜くだなんて、

 そういう意味でもただ者ではありませんわね。


 ………………………で?」


「いやいやいや!で じゃねえだろ!で じゃ!

 俺もこれで晴れて放免ってわけだ」


「あらでも………証拠はありまして?

 本人がいないのを良い事に、お話を作っているのではないかしら?」


「……ッッ!!だから言ってんだろ俺は嘘が嫌いだって!

 あーークソ!こんなんだったら録音でもしとくんだったな!」


「仮に、それが本当だとしても、

 あの時点ではもう彼女はギルメンではありませんわ。

 どう転んでもアウトですわよ」


「ッッ~~!!!!」


苦々しい顔でザッハトルテを睨むレィル。


「………もう、そんな顔をしたらせっかくのお可愛らしさが台無し。

 わかりましたわ。わたくしも鬼ではありません。

 今晩付き合わせてしまった事もありますしね」


「!!!……それじゃあ!!」


「辞めていい、わけではありませんわ。

 一度、チャンスを差し上げましてよ」


「は?チャンス……??」


「そう。条件は今まで通り。ですがあなたに一度だけ、

 ギルメンの前でご自分が殿方だ、と打ち明ける機会を差し上げますわ。

 …いかがかしら?」


「………ハアア!?

 一度だろうがなんだろうが、俺が男だと明かしたらそれで終わりだろうが!

 お前……。会った時からおかしかったが、

 今度こそついに完全に頭がおかしくなったようだな。

 その言葉に嘘はないな!後ですっとぼけんじゃねえぞコラ!」


ザッハトルテに睨みを利かすレィル。


「………ええ。ごきげんよう」


そう言うとザッハトルテは館の方へと歩いていった。

後ろ姿を見つめながら、レィルが呟く。


「………はあー、ったく。

 これでやっとこの格好からも、このギルドからも解放されるぜ。


 まあ色々あったが、井の中にいた俺にはいい機会だったのかもな。

 俺は嘘が嫌いだ。

 言ったからには"懐剣"、いつか必ずお前を倒してやるからな……」






セントティアラの街中。まだ朝も早く、人通りも少ない。

十字に分かれたその道にいるのは2人、プラチナとウララだった。


「あ、そうそう。

 そういえばこないだ会ってもらった私達のギルマス、覚えてる?」


ウララが話掛ける。


「あ、うん。あの仮面被った人でしょ?」


「あの後ギルドコールがあってね。

 ギルマスからあなたの事を、根掘り葉掘り聞かれたの」


「え?ボクのこと………?」


「そう。あの場ではそんな素振り見せなかったけどね、

 なにか、あなたのことすごく気に入ったみたいよ」


「そ、そうなんだ……ハハハ…ハ……」


プラチナは引きつった笑顔を浮かべる。


「あの人も、よくわからない人だけど、ただ

 自分の気に入っているギルメンに対する執着心はすごいわよ。

 アナタ、ウチのギルド抜けられないんじゃない?」


「ええっ!?ちょ、ちょっとそれは………!!」


慌てふためくプラチナ。


「フフフ………冗談よ。私から上手く言っておく」


「………も、もうウララさん、脅かさないでよ~」


プラチナは胸をなでおろした。


「あまり引っ張り回しても悪いから。ここでの用事も終わり、

 このあたりで、そろそろお別れかしらね」


「もう十分引っ張り回されたけど………」


「何か言った?」


「ううん。なにも」


「それにしてもアナタ、そんな強いのにギルドも入ってないし、

 私の記憶の限りだと大会とかにも出てないわよね。

 変わったプレイスタイル。………なにか理由があるわけ?」


「う、うん………そういう場は苦手っていうのもあるし、

 それに…そういう決まりっていうか約束っていうか……」


「………決まり?なにそれ?」


「ま、まあ、一人でブラブラしてるのが好きだから」


「ふーん………ま、あまり深く立ち入ってもあれだからいいけど。

 それで、これからどうするの?」


「うーん、わかんない。まだ決めてないや」


「あ、そう。私はニューディライトへ行くわ。

 もしニューディライトへ来たら、顔見せなさいよね」


「うん」


「じゃあ、あなたの全財産ぶんのカリはナシね。

 ………………あと一つのお願いで」


「ええっ!?ちょ、まだあるの~!?」


「そう身構えなくてもいいじゃないの。簡単な事よ。

 フレンドになりましょう」


「え!?」


「なによ………嫌なの?」


「い、いや、なんか意外というか……」


「なにそれ………失礼ね………」


そうして二人は、十字路を別々の方向へと歩き出すのだった。







------------


後日、ロリータコルセティアの拠点となる洋館ではお茶会が開かれていた。

普段と変わらぬ賑わい、ゴスロリの乙女たちが華やかに場を彩っている。


皆、それぞれに和気あいあいと談笑する中、

一人のプレイヤーが声をあげた。


「皆さん、ちょっとよろしくて?」


ザッハトルテだ。

その声に場のメンバーたちは談笑を止め、注目が集まる。


「先日ギルド入りをされました、このレィルさんから、

 皆さんにぜひお伝えしたい事があるとのこと。

 しばし、お耳をお借りいたしますわ」


「え?何かしら?」


「レィルさん、今日も可愛いですね~」


「もしかして………センター昇格?」


「しっ!何か話されますよ」


レィルに全員の注目が集まる。


「さ、どうぞ、レィルさん」


「………ああ」


ザッハトルテに促されたレィルは一歩前へ出て、腰に手を当て話し始める。


「今日はお前たちに報告がある!それは、他でもない!俺についてだ!

 気付いている奴はもう気付いているかもしれないが、

 この場でハッキリ言わせてもらう!二度は言えねえからよく聞いてくれよ!


 俺は……」


大きく息を吸い、腹の底から大声を出した。


「男だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


「だーーーーーーーっ………………」


「だーーーーーっ……………」


「だーーーーっ……………」


「だーーーっ…………」


「……………………」




やまびこがこだますかと思われるほどに周囲は静まり返った。

長い静寂が辺りを支配する。

その様子を見たレィルはしてやったり顔だ。



「フッ………そういう事だ。じゃあ俺はこれで………」


去ろうとしたレィルの手を一人のギルメンが両手で掴んだ。


「………!?」


「その手がありましたね………!!!」


「………は、はい?」


「自称男の娘……!!新ジャンルですね!」


「男の娘ブームですもんね!!」


「貪欲ですねえ~」


「……やはり……天才か………」


「キャラ設定が秀逸ですね………見習わなければ………」


「ぐぬぬ…とんでもない新人が来ましたね…!」


ギルドメンバーはレィルを取り囲み、しきりに称賛している。

唖然とするレイル。


「………………。

 って、いやいやいやいやいや!!おかしいだろ!!」


このお茶会配信での自称男の娘発現をきっかけとして、

レィルは更なる人気を獲得していくこととなるのだが、

その話はまた、いずれの機会に。


「他に言う事があるだろ………!!違うだろ!!!

 しっかりしろお前らーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」




「ウフフフフ。長いお付き合いになりそうですわね、レィルさん」


「あ、頭が痛い………」


キルシュは額に手を当てた。


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