第7話最強の剣士を目指して6


「エトさん…!?」


マカロンも驚き、口に手を当てる。


「…ククッ…クククククク!!楽しませてもらったよ!

 だが残念……

 余興はここで終わりだ!!」


エトの表情は今までのそれとは全く異なり、狂気に満ちている。

参加者たちを取り囲む、他のメンバーからも口々に声が上がる。


「がっかりだぜ!ギルドのやつらってのもこの程度か!」


「ヒッヒッヒ…参加してる連中も腑抜けばかり…

 これじゃあこのギルドの天下も長かないねえ!」


「そんな、先の知れたギルドに入りたいなんてねぇ…

 お前らがいかにバカだったか!ここでボクらが教えてあげるよ!」


エトがそう言い放ち、参加者たちへ向け杖を構える。

外を取り囲む他のメンバーたちも、次々に武器を構えていった。


「おい!なんだこれ!?」


「これも試験か!?説明してくれ!」


「なんなんだあいつら!?」


取り囲まれた参加者たちからは驚きや戸惑いの声が上がり、混乱が隠せない。

それとは対照的に、周りを取り囲んだメンバーは皆、手に手に武器を構え

不敵な笑みを浮かべている。


「おいお前ら!何の冗談だよ!こんなことして何が楽しいんだ!?」


ガルフが声を上げ、エトが応える。


「クククク…楽しいね、少なくとも

 お前らみたいに会社ごっこをしてぬるま湯に浸かってるよりずっと楽しい」


「まじかよあいつ…今までのは演技だったってのか…」


その近くでソグとタルタル。


「あ、あいつらマジっぽいぜ…なんかえらい事になったな…」


「何か起きるとは思ってござったが…まさか、こんなこととは…」



「一つ聞きます」


取り囲まれている参加者グループから声を上げたのは、アルだった。

見れば、エト以外の第9パーティーは全員内側のグループにいる。


「あなた方は、ブラッドダッドですね?」


アルのその言葉に、混乱していた参加者たちの視線は一斉にアルに注がれる。


「ブラッドダッド!?まじかよ!?」


「うそだろ…や、やべえ、やべえよ…」


その問いにエトが応える。


「へぇー、試験中からなんか気になってたけど、勘のいい奴だね。

 そうだよ、ボクらはブラッドダッド。

 じゃあ、今からボクらがやることは…説明しなくてもわかるよね?」


周囲が一瞬騒然となる。


「ええ、大体は。

 その上で最後にもう一つだけ、聞かせてください。」


アルは怯む様子もなく問いかける。クラインノクスのギルドメンバーは

声を出さず、取り囲んだブラッドダッドのメンバーを見据えていた。


「このようなことを計画した、その動機は?」


「……はは、ははははははははは…!」


エトが笑い出したのをきっかけに、

周囲のブラッドダッドのメンバーも一斉に笑い声をあげる。


「面白いからに決まってんだろ!!


 大手ギルドとか言って調子乗ってる奴ら、

 そんなもんに乗っかろうとする安易な奴ら!

 そんなクソらの出鼻をくじく!これ以上楽しいことなんてあるかなあ!!

 ここでギルドメンバーごと全滅させられたお前たちに、

 どんな評判が出るだろう?

 情けない、落ちぶれた、そんな評判があっという間に広まる!!

 志願者も減っていくだろうねえ!面白いことだらけじゃないか!

 はははははは…!!」


「イカレてやがる…」


「狂ってる…」


エトの狂気に満ちた表情に、参加者たちは震え上がるなか

アルはなおも話しかける。


「…了解しました。

 ではもう、あなた達に聞くことはありません。

 これ以上参加者の皆さんを不安にさせてもいけないので、

 すみやかにご退場いただく事にしましょうか」


「は?なに言ってんのお前

 時間稼ぎのつもり?それとも命乞い?

 まあどっちも無駄なあがきだけどねぇ!!」


「おい、逃げた方がよくないか?」


「ブラッドダッドといやあ、兵揃いって聞くぞ…俺たちじゃ敵わねえよ!」


取り囲まれた参加者グループには、依然として混乱と焦りの輪が広がっている。

その様子を見て、エトは恍惚の表情。


「いいねいいね、たまんないね!この感じ!

 もっともっと絶望と混乱が見たいんだよなあ!

 よし、お前ら、手始めにそのへんの二、三人血祭りだ!」


「ケッケッケ、まかせろ…!」


その言葉とともに、ブラッドダッドメンバー数人が参加者へ向け襲い掛かった。


ガキィン!!


剣と剣が激しくぶつかる音。

辺りは少しの静寂が訪れる。


襲いかかったブラッドダッドメンバーは怯み、またある者は尻もちをつき、

驚きの表情を浮かべている。

試験参加者側に被害はない、襲いかかった者たちは全員弾き返されていた。


「馬鹿な…!?

 ギルドメンバーに参加者、ここには大した手練れはいないはず!」


エトが、攻撃を退けた面々を見る。

それは皆、試験参加者。フードや仮面で顔を隠している者たちだ。

その中にはアルの姿もあった。


「おい、何がどうなってんだ…あいつら…」


他の試験参加者もその光景に戸惑いを隠せない、ソグ達も同様だった。


「おいタルタル、見たか今の!?弾き返したぞ?

 ブラッドダッドメンバーは相当な使い手だって聞いてたが…」


「いや、おそらくそれは間違いないでござるよ、

 奴らはかなりの腕、しかし、その上をいく力で返された…

 やはり拙者の勘違いではござらん、あのアルという御人、何者か!?」


アルは剣を高らかにかざし、声をあげた。


「もう顔を見せてもいいでしょう皆さん、彼らを拘束します」


その声と同時に、フードや仮面の者達が次々に顔をあらわにしていく。


「あいつ見たことあるぞ!」


「ま、まじかよ!」


参加者からはそんな声もあがっていた。

エトも、その面々を見て驚きを隠せない。


「き、貴様ら……っ!

 クラインノクスの幹部ども…!?なんで試験参加者に貴様らが!?」


「まあ我々としても、試験とはいえ皆さんの身を預かる以上

 一応、こういった保険は掛けておいたのですよ。

 今回のように、

 身元がはっきりしない方々が大勢応募してきた時は、余計にね」


そう言いながらアルは自らのフードを取り去った。

その素顔は、キツネ目の好青年。


「!!!」


「貴様は、…アルフォート!!!」


エトの言った名前を聞いた時、その場にいる誰もが息をのんだ。

なぜならばそれは、クラインノクスギルドマスターの名前であったからだ。


周囲が騒然とする中、

アルフォートはその場にいる試験参加者に向け声をかける。


「事情は後でご説明いたしましょう!

 とりあえず今は、我々の後ろに!

 …そうですね、

 まだ体力のある方は、我々の取りこぼしを相手して頂けると助かります!」


「ブラッドダッドが出たと思えば、今度はクラインノクスのギルマス!?」


「どうなってんだ!?わけわかんねえ!」


試験参加者の混乱は収まらず、皆うろたえる中、

その中から剣を構えた一人の参加者が前に出る。ソグだった。


「自慢じゃないが、俺は理解力のある方じゃねえ!詳しい事情はわかんねぇ

 けど今、やるべき事はなんとなくわかるぜ!」


「……」


すると、ソグの横から剣がもう一本、ガルフだった。


「余力のあるやつはギルドメンバーに助太刀!!

 そうじゃねえやつらは、身を守ることに専念するんだ!!」


「そ、そうだよな…わかった!」


「よっしゃ、そうだ!」


それを皮切りに、参加者たちの混乱はたちまちに収束していった。


「相変わらず、言う事だけは一丁前だなあ、お?ソグ」


横で剣を構え、ガルフが話掛ける。


「けっ、言ってろ」


その様子に目を見開くエト。


「…おいおいおい、なんだこれ!?なんなんだよ!!

 いいよいいよ!やってやるよ!!

 ここでボクらが奴らをぶち殺した暁には、それこそやつらの名は地に落ちる!

 あいつらの時代は終わる!!

 ボクらブラッドダッドの時代が来る!!お前ら、…ぶち殺せぇ!」


取り囲んでいたブラッドダッドメンバーが一斉に襲い掛かった。


凄まじい剣と魔法の攻防。周囲は大規模な激しい戦闘の渦にのまれる。


ブラッドダッドの攻撃も非常に鋭いものだったが、

その上をいくクラインノクスの幹部たち。

さらに、アルフォートの圧倒的な剣技は目を見張るものだった。

目にも留まらぬスピードで、敵を次々と無力化していく。

試験参加者、そしてソグ達も、残る力を振り絞り加勢した。

しだいに、戦いの形勢は明らかなものとなっていった。



しばらくすると、戦いの決着はついていた。

ブラッドダッドメンバーは皆戦闘力を失い、拘束魔法によって

身動きを封じられた状態。

一方でクラインノクスメンバーや試験者参加者たち、

負傷者は多いものの、戦闘不能になった者はいなかった。


この試験中、各々のパーティーで培われたチームワークも

少なからず事を良い方向に後押ししたようだった。


しかし、一瞬の油断を突き、

拘束魔法を破った一人のブラッドダッドメンバーが、距離をとった。


「なんだ!?まだ余力がある奴がいたのか!?」


エトだった。


「お前らいい気になってんじゃないぞ!!

 この落とし前は絶対、どこかでつけてもらう!!

 こんな程度でボクらが引き下がると思ったら大間違いだ…!」


その言葉にもアルフォートは一切動じない。

エトを強い視線を送り、その言葉に応える。


「それはこちらのセリフです。

 このような悪戯をして…

 喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまった。

 あなた方のほうこそ、それをお分かりですか?」


非常に丁寧な言葉遣いだが、その言葉にはある種異様な迫力があった。

しかしエトも話を続ける。


「ボクらもねえ、基本的にとりあえず楽しく戦えればいいんだよ

 だけど…何にも考えてないわけじゃない。

 あの時、全員が"こっち側"にきたと思ってるのか!?」


「……!!」


「おい出番だぞ!全員吹っ飛ばしてやれ!!」


エトのその言葉と同時に、試験参加者たちの輪の中心付近にいた

一人の冒険者が突如光出す。


「伏兵がいたか!!…あれは…!爆発系の呪文!?

 チッ!詠唱を見逃してた!」


咄嗟に動こうとしたクラインノクスメンバーだったが、

発光している冒険者の呪文詠唱は、もう終わりといったところ

既に間に合う距離ではなかった。


「皆さん!すぐにそこを離れて!!」


アルフォートの言葉が終わるか否か、爆発呪文が発動。


「エアル・エル」


次の瞬間、発光したブラッドダッドメンバーは冒険者の輪を離れ、

空高くに舞い上がっていた。

そして、空中で大爆発を起こす。


ドゴオオオオオォォォォォォン…!!!


「たーまや~」


その様子を唖然と見つめる参加者たち。被害はない。

クラインノクスメンバー達は安堵した様子だった。


「あーあ、……

 今日はとことんついてないや。

 捕まえたそいつらはどうせ下っ端、煮るなり焼くなり好きにしな!

 じゃあな!」


その言葉を残し、

エトは移動アイテムを発動させその場から消え去った。




---------------



あたりは夕暮れが深まろうという頃、

クラインノクスの拠点、城の前に架かる大きな釣り橋。

そこに、試験参加者とクラインノクスメンバー、

そしてギルマスであるアルフォートの姿があった。

参加者へ向け話しかける。


「今回、予期せぬ事態とはいえ、

 我々の危機管理にも問題があったかもしれません。

 その結果、あなた方試験参加者を危険に巻き込んでしまった。

 ここにお詫びをさせて頂きます」


参加者たちはわざめくものの、大きな被害もない。

ギルド側を責め立てるような声は起きなかった。


「なので、その代わりと言ってはなんですが

 せめてもの事として、今回の試験は全員合格とさせていただきます。

 もし今回の件で懲りていなければ、

 どうぞこのまま拠点内で、メンバー登録の手続きをお願いできればと思います」


「ま、まじか!」


「ど、どうするよ…」


「俺は登録するぜ!」


参加者からざわめきと歓声が上がる。

その様子を参加者最後尾付近から見ているのはソグたち。

ガルフが口を開く。


「なんだよ、ついてんだかついてねーんだかわかんねぇな、

 ま、別に俺はこんなのなくても普通に合格したがな。

 ソグ、お前、怖くなったか?」


「馬鹿言うなっての、あんな連中、

 次会ったら俺が一人で全員ぶった切ってやるよ」


「ヘッ、言ってろガキが」


そこにマカロンも話しかけてくる。


「皆さん、いかがですかぁ?

 よろしければ…ご一緒に、頑張りませんかぁ?」


「ああ、もちろんだ」


「そのために来たんだからな。


 タルタル、お前はさすがに嫌んなったか?」


3人は後ろにいるタルタルを見る。


「………正直、

 あんな恐ろしい連中とは一生関わりたくないでござる。

 ……

 でも、拙者はわかり申した。

 ここの方々と一緒にいれば、非常にいい動画が作れそうでござる!


 あーちなみに、先ほどの一連の流れも録画させていただいたでござる」


「ちょ…おま…いつの間に」


「アップの許可を頂きたいのでござるが」


「え、ええとぉ~、

 それはぁ、ギルマスさんに確認してみないとぉ~」


「御意でござる」


こうしてソグたちは、晴れて最大手ギルドクラインノクスの

正式ギルドメンバーとなったのである。

このギルドにおいて、彼らにはさらなる困難と冒険が待ち受けているのだが

その話はまたいずれに。





ほとんどの参加者とギルドメンバーが立ち去った橋の上。

そこにいるのは二人だった。


ギルドマスターであるアルフォートと、

ギルド拠点とは反対側に立ち去ろうとしている、野うさマンだった。


アルフォートが、少し離れた野うさマンに声をかける。


「ブラッドダッドもたちが悪いですが、

 あなたも同様にたちが悪い。…冷やかしですか?」


その言葉に、野うさマンの足が止まる。


「い、一度見に来いって、前に言ってたから…」


「…で、入る気はないのですか?」


「うん…まあね。

 ボクにはやっぱり、そういうの合ってないっていうか」


「それを冷やかしと言うのですよ、世間一般ではね」


「ははは、ごめんごめん」


「最後、あなたですね?」


「………」


「大爆発から参加者たちを守ったのは。

 あの瞬く間に魔法を詠唱できるの人間が、果たして何人いるでしょう?

 ……

 一応、お礼を言わせてもらいますよ」


「いえいえ、なんのこれしき」


「私も正体を現したのです、

 あなたも最後くらい、顔を見せたらいかがです?」


少しの沈黙の後

野うさマンは、着ぐるみの頭をとる。

そこには大きな紫の瞳、白く長い髪の、女性の姿があった。


「これ首超痛いんだ。こんなとこまでリアルにする必要あるかな


 今日は楽しかったよ。じゃあまた今度」


大きなうさぎの頭を脇に抱えながら、女性は橋から去っていった。


「……やれやれ。

 相変わらず自由な人ですね、まったく」



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