第125話

 神の動きがピタリと止まった。


「そ、素数か。なるほど。確かにそうじゃ」


 神の光が急速に薄れていく。メフィストフェレスがさらに続ける。


「お分かりになりましたな。この対象者の人間はこともあろうに人間の分際ぶんざいで神様に勝った。さらには我らが気づけなんだ世界のループに気づいた。しかも素数回目でだ。ひとつだけならままある。ふたつってのも過去にないわけじゃない。でも3つだ。こいつはない。こいつは奇跡だ。我らの理解を超えている。あっしはここにこの世界の天界魔界を超えた西方さいほうのご意志を感じるんですが。いかがです」


 メフィストフェレスの言葉に神はすっかりしょぼんとしてしまう。神の光も消えてしまう。


「西方か。貴様まさか本気でこやつが仏に選ばれた存在だと言っておるのか」

「いやまさか。あっしもそこまでは申しません。あっしが申したいのはただひとつ。『もうここいらでループをやめにせんか』というご意志でさあ」


 メフィストフェレスの言葉に神はすっかり黙り込んでしまう。仏だって? 天界の手に負えなくなった存在に仏が手を下すといえばまるで西遊記の孫悟空じゃねえか。やめてよ、岩山に閉じ込められるのは。


 神はうつむき黙ったまま。なにかを考えていたのかもしれない。しばらくの沈黙の後、神はゆっくりと顔を上げた。


「よかろう。世界を前に戻すのは取りやめるとしよう」


 ついに神は宣言した。よかった。これで1万5498回目のループはなくなった。世界が先に進める。未来が再び広がる。


「だが誤解するでない。わしは断じて負けは認めん!」


 神のやつが怒鳴る。なんだこいつ。よっぽど俺に負けたのが悔しいのか。

 でもどうする気だ。メフィストフェレスが言っていたが俺との勝負は天界のインターネットみたいなもので天界中に中継されていたらしい。しかもそれがハックされて魔界でも見られていたとか。その“天界ネット”とやらのセキュリティはどうなっているんだ。どうせならちょっとのぞいてみたいもんだ。天女の水浴びを映したチャンネルとかねえのかな。


「負けをお認めになられたくねえのは分かるんですが、いったいどうされるんで。もう勝負を“なかったこと”にはできませんぜ」


 メフィストフェレスが意地悪げに尋ねる。当然だ。天界魔界の視聴者の前でおかしなことができるはずがない。


「なんだそんなことか。それなら決まっておろう。勝負を“おあずけ”にするまでよ」


 神のやつはそう言うと、白いころもひるがえしてスタスタと向こうへと歩き出してしまう。


「なんと!」

「そうじゃ。まだ勝敗は決しとらん。まだ1回戦が終わっただけじゃ。次は負けぬ。最後はわしが勝つ。そこの人間、最後は我がもとにひれ伏させてくれようぞ!」


 神のやつは地上に降り立つときに乗っていた雲に再び乗り込んだ。また音もなく雲は動いた。それにしても「1回戦」てなんだよ。ルール作りすぎじゃねえか。それにあいつあの雲がねえと飛べねえのか。まあ単に楽してるだけだとは思うが。


 あわててメフィストフェレスがその後を追う。雲が扇のかなめの位置に戻る。そして神のやつが振り向きざまに俺に向かって言いやがった。


「だが今日は疲れた。ベッドがわしを呼んでおる。次じゃ。次の機会を楽しみにしておれ。ではさらばじゃ!」


 こうして神と悪魔は姿を消した。黒雲がさあっと引いていった。陽光が再び世界を照らし出した。人類滅亡は避けられた。

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