第123話

 ハッと顔を上げた。メフィストフェレスを見た。そこには悪魔に似合わぬ優しげな顔があった。


「し、『真実を確かめる』って……」

「そうじゃ。この世界が何回目のループかを確かめる気はないか」

「そんなことができるんですか!」

「もしわしや神様が以前の記憶を持っていれば話が早いのだが。だが見たところ神様にも以前の記憶はなさそうじゃ。さすれば他の方法で確かめるしかあるまい」


 メフィストフェレスはニヤニヤしながら言った。どうやら含むところがあるらしい。


「神様にも残っとらんとするとあらゆる天使や悪魔にも記憶は残っとらん。しかしこの世には不思議な存在がおるでの。何度も生まれ変わりながらそのすべてのせいを記憶しておるような存在がの」


 そう言うとメフィストフェレスは空中に輪を描いた。たちまちその輪の中が黒くなると、まるでトンネルから出てくるようにそこからひとりの悪魔が現れた。メイド風の服を着た灰色の女悪魔だ。


「ご用でございましょうか、メフィストフェレス様」

「うむ、ゾルゲよ。ここにネロを連れてくるのじゃ」

「はっ? ここに、でございますか?」

「そうじゃ。ただちに連れてまいれ」


 たちまちのうちにゾルゲと呼ばれた女悪魔は輪の中に姿を消した。しばらくするとその姿は再び輪の中から現れた。ただし今度は腕に黒猫を抱いていた。ただの黒猫ではない。片目が青の、もう片方の目が緑の黒猫だ。


「連れてまいりました」

「結構。ではネロをここへ。お前は脇へ控えておれ」


 メフィストフェレスはそう言うと地面の一点を指さした。ゾルゲがネロと呼ばれた黒猫をそこに置く。そして自身はそこから数歩離れた地点にかしこまって座った。黒い輪はスッと消えた。


「よし。ではネロよ、この悪魔メフィストフェレスが命ずる。今この事態は繰り返されたものであるのか、いかに」


 メフィストフェレスは直立したままおごそかに宣言した。


 ネロは少しの間、キョロキョロとあたりを見回していた。そしてブルッと体を震わせると、ひと声「にゃあ」と鳴いた。


「うむ。どうやらもう既にループは何回か実行されておるようであるな」

 メフィストフェレスは満足そうにうなずいた。


 俺はそのようすをただただポカンと口を開けて見ているしかなかった。この猫が、この猫がそうなのか。この目の色以外はどこにでもいそうな黒猫が、メフィストフェレスが言った「何度も生まれ変わりながらそのすべての生を記憶しておるような存在」なのか。そしてさっきの「にゃあ」がこの猫のYesの意思表示なのか。


 しかし事態はそれで終わらなかった。メフィストフェレスはループの回数をも特定しようとしたのだ。メフィストフェレスとネロの間に不思議な問答もんどうが開始されたのだ。


 「回数は10より下か」。答えはNo。

 「回数は100より下か」。答えはNo。

 「回数は1000より下か」。答えはNo。

 「回数は1万より下か」。答えはNo。

 「回数は10万より下か」。答えはYes。


 初めて示された「Yes」の意思(実際は「にゃあ」)。これに対してメフィストフェレスは大きくうなずいた。そして彼は全身を武者震むしゃぶるいのように震わすと、それまでとは異なるパターンの問答を始めたのだ。


 「回数は5万5千より下か」。答えはYes。

 「回数は3万2500より下か」。答えはYes。

 「回数は2万1250より下か」。答えはYes。

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