第122話

 ……なかった。


 神の光は拡大を止めた。俺が大声で叫んだからだ。


「やい! へぼ神! 何度同じことを繰り返せば気が済むんだ!」


 賭けだった。根拠などない。ただなんとなくこんな場面を前にも見たことあるような気がしただけだ。


「な、なんじゃと? わしが『同じことを繰り返』してるじゃと……」


 神は目を大きく見開いてこっちを見た。こいつ、俺にループを当てられて驚いているのか。それともループなんか元々ないのか。


 するとメフィストフェレスが右手をあごに当てながらぼそぼそした声で言ったんだ。


「うむ、確かにその可能性はあるの。神様が『例の賭け』の前まで時間を巻き戻し、その後の一切のことが再度行われたとするならば、必然的結論として再び時間が巻き戻されることになろうて」


 メフィストフェレスは考え込んでいる。おい、いちばちかの俺の賭けはBINGOだったのか。時間がループしてるってのが事実だってことなのか。


「知らんぞ! わしは知らんぞ!」


 神が顔を必死に左右に振っている。まるで「自分は無関係だ」とでも言うように。おい! だいたいてめえが「前の時間に戻してくれよう」なんて言ったからこんなことになっちまったんじゃねえか。


 するとメフィストフェレスがすすっと俺の横にやってきた。そして肩に手を置いた。


「対象者の人間よ、よく考えるのじゃ。もし神様がすべての記憶を持ったまま時間を巻き戻したとしよう。するとどうなる。今回神様が負けるなどありえなかったはずではないか。自分が負けた原因を知っていたはずであるからな。しかし現実には神様は負けた。それはすなわち神様が時間を巻き戻す前の記憶を持っていなかった、そのなによりの証拠ではないか」


 そうだ。言われてみれば確かにそうだ。それにもし神が一切の記憶を持ったまま時間を巻き戻したとしてみよう。すると「例の賭け」自体を始めようとはしなかったんじゃないだろうか。俺が人類滅亡の可否を背負わされることはなかったんじゃないだろうか。


「で、でもメフィストフェレス、さん」


 しかし俺にはまだひとつ疑問が残ってた。


「なんじゃ」

「もしこれが1回目だったら。俺は『何度同じことを繰り返せば』って叫んだけど、まだ繰り返しはされていなかったとしたら……」


 俺はメフィストフェレスの目を不安げに見つめた。


「無論、その可能性はある。このわしにも繰り返しの記憶は残っとらんのでな」

「やっぱり……」

「どうした。不満があるようじゃが」

「いや。もしこれが1回目だったら、時間を巻き戻せば『例の賭け』自体がなくなるんじゃないかって思ったんで」


 声が次第に小さくなる。なんか俺、逃げようとしてないか。逃げちゃダメなんだろ? それとも逃げるは恥だが役に立つのか?


「ふうむ。貴様、賭けの対象者になったのがそんなに嫌か」

「ええ、まあ」

「しかし賭けがなければあの天使にも我が配下のヴァルキュリヤにも逢うことはなかったのだぞ。それでもか」


 ウッっと言葉が飲み込まれる。そうだ、美砂ちゃんや久梨亜に逢えたのは神と悪魔が人類滅亡の賭けを始めたからだ。そしてもしふたりに逢えなかったら奥名先輩との仲も今とは違っていただろう。あの日ビルの屋上で振られたまま、今のような気軽に話すことのできる関係に戻ることはなかっただろう。


 その時、メフィストフェレスが思わぬことを言い出した。


「対象者の人間よ、真実を確かめる勇気はあるかの」

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