第69話

 あのデパートでのことがあってからちょうど一週間。俺はひとりで自宅アパート最寄りのバス停に立っていた。

 今日は日曜。そう、今日はあの奥名先輩が俺のところへ訪ねてくる日なのだ。


 先輩からは「これからバスに乗る」って連絡がさっきあった。なので俺は最寄りのバス停で先輩を出迎え、アパートまで案内する手はずになっていた。


 俺は他の客には聞こえぬよう、手のひらを口にかざして声を潜めて脇のなにもない空間に向かって問いかける。


「大丈夫なんだろうな。ちゃんと隠したんだろうな」

「もう何回聞くんだい。大丈夫だって。あたしや美砂のものには全部不可視属性をつけといたから」

 答えたのは久梨亜。しかしその姿は俺以外の人間からは見えはしない。


「大丈夫ですよ、英介さん。私も一緒に確認しましたから。奥名先輩から見えることは絶対にありません」

 美砂ちゃんも答える。もちろん彼女の姿も俺以外の人間から見えることはない。


 俺の一世一代の大博打おおばくちはまだ続いていた。しかしそれはいまだに勝ちが見えていなかった。


 奥名先輩が「じゃあ今度行ってみようかな」って言わないかもしれない、は×。

 言っても実際には来ないかもしれない、は今のところ×の公算大。


 残るのは「来てもアパートは外観を見るだけで中には入らないかもしれない」と「中に入っても(俺と美砂ちゃんや久梨亜が同居しているという)決定的な証拠を見つけないかもしれない」だ。前者は期待薄。後者はこっちがなにもしなければ絶望的。


 なので俺はふたりに頼んで彼女らの持ち物を隠してもらっていた。さっきの会話はそのことについての確認だ。ふたりの姿を俺以外からは見えなくしているのは、一緒にいるところを先輩に見られないようにするため。


 先週の日曜、あのデパートで俺が“奥名先輩に住んでいるところを教える”ことを決めたとき、俺はある重大なミスを犯していたことに後になって気づいた。あの時俺は完璧な論理でそれを決めたと思っていたのだが、「神様のテスト」特有の重要な点を考慮するのをすっかり忘れていたのだ。“その回答が人類滅亡を招く恐れがないのか”という点を。


 先輩を迎えるとなると、どうしても美砂ちゃんと久梨亜に協力を依頼する必要がある。“協力を依頼”と書くとなんか仰々ぎょうぎようしいが、要するに俺の私利私欲のためにふたりを利用するってことだ。

 これがすなわち神様からしてみたら『たかが人間のくせして天使を利用するなど不届き千万!』ってことになって人類滅亡を招きかねない。この点をどうしてもクリアしておかなくては、俺の選択は間違いだったということになってしまう。


 なので俺は「同居がバレたらふたりの俺の監視にも支障が出かねない」という理屈をひねり出していた。つまりふたりが俺に協力するのは俺の私利私欲からなんかじゃなく、ふたりにも利があるってことにしたのだ。これでたぶん神様からの追及はかわせるんじゃないかと思ってる。


「あっ英介さん、あのバスじゃないですか?」


 美砂ちゃんの声にその指差すほうを見る。バスが近づいて来ていた。系統番号を確認する。間違いない、奥名先輩が乗っているはずのバスだ。俺の命運を左右することになるバスだ。そいつがまもなくこのバス停へと滑り込もうとしていた。

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