第68話 天界にて その15

「な、なにを言うか。そんなものがあるわけがなかろう」


 神様は目を見張った。それまでニコニコと応対していた表情が一変した。メフィストフェレスの言葉に心底驚いたようだった。メフィストフェレスは仕掛けを続ける。


「論より証拠。まずはこいつを見ていただきやしょう」


 メフィストフェレスはそう言うと神様が止めるのも聞かずにプレーヤーを停止させた。中のディスクを取りのける。

 次に彼は背中の袋から1枚のディスクを取り出すと代わりにそれをセットした。それからおもむろにリモコンの再生ボタンを押す。


 映像が映し出された。


「な、なんじゃ、これは……」


 神様はあんぐりと口を開けた。モニターには神様がそれまで一度も見たことがない種類の映像が映し出されていた。


 途端に神様は怒り出した。


「こ、これは“絵”ではないか! 実在の人間の女を映したものでなく、ただ“絵”が動いておるだけではないか!」


 そう、それは“アニメ”だったのだ。それもいわゆる“18禁”の。


「人間はこれを“エロアニメ”と呼んでおりまする。たいそう人気があるようで」

「なんじゃと。こんなもののいったいどこが……」

「確かにこれは“絵”です。でもこれを実在の人間のごとく、またはそれ以上に感じるためには高度な知性が必要なんで。いうなればこれは『バカには見ることができない映像』なんですな。まさか神様がこいつをお分かりにならない? これを“研究”のためのよき資料として理解できないわけはございますまい?」


 メフィストフェレスの“挑発”に、神様はウグッと言葉が詰まってしまう。


「な、なにを言うか。これがわしに分からぬわけがあるまい。すばらしい! 傑作じゃ。確かにわしのディスクからはこれらは抜けておった。礼を言うぞ。ではさっそくそれを……」


 神様はメフィストフェレスのほうへ手を伸ばした。しかしメフィストフェレスはなんとそれをこばんだのだ。


「いや神様、ただで差し上げるわけにはいかねえんで」

「なぜじゃ。いくらわしがじらしプレイが嫌いではないからといって、ここで“おあずけ”はなかろう」

「差し上げてもよろしいんですが、条件があるんで」

「なんじゃ。申してみよ」

「聞いたところによるとなんでも世界は今季節が遅れてるんだそうですな。あっしは日本の桜が大好きだ。季節を正常に戻してくだされさえすれば、すぐにでもこれらを差し上げましょう」

「なんだ、そんなことか。よし、見ておれ」


 神様は立ち上がると右手を大きく上げた。人差し指で真っ直ぐに上を指した。そしてその腕と指をおもむろに前へと下ろしていき地上へと向けた。

 瞬間、神様の指から柔らかな光が放たれた。光は大地へと向かい、地球をすっぽりと包み込んだ。


「これでよかろう」

 神様はどうだとばかりにメフィストフェレスのほうへと向き直った。


 メフィストフェレスは背後を振り返った。物陰からのぞく天使たちが“グッジョブ”のサインを送っていた。季節は正常に戻ったのだ。


「ではお約束通りこいつらは全部差し上げます。そんじゃ、あっしはこれで」


 メフィストフェレスはそう言うと、そそくさと天界から去って行った。


 天界を去りながらメフィストフェレスはつぶやいた。


「あれを加えたところでせいぜい数日、他と合わせても10日あまりしかつまい。大切なのはその後。その後に来る神様の“一手”をいかにしてしのぎきるか。どうやらそろそろ真剣に考えねばなるまいて」

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