第55話
とにかくちょっとでも疑われたらダメだ。“問題はなにもない”ことを先輩にわかってもらわないと。
「あーあ、ご心配なく。その件なら無事解決しましたから」
両の手のひらを先輩に向けて左右に振ってみせる。“なんでもない”ということを表す動作、これしか思いつかない。
「ふうん。たったあれだけの時間で?」
「はい。よく考えたら大したことじゃなかったんです」
“人類滅亡”は大したことじゃあるけど、実は“俺の勘違い”だったんだから大したことじゃなかった。うん、嘘はついてないぞ。
「嘘はついてないみたいね」
先輩は顔を俺の目の前に突き出した。大きな目で俺の目を探るようにのぞき込む。近い。めっちゃ近い。後ろに下がりたい。けど壁で無理。だ、だから俺は嘘はついてませんって、先輩。
「さっきの『私のことがわからなかった』っていうのは嘘っぽかったけどね」
先輩の目がこっちを疑うように細くなる。と同時に顔もさらに近くなる。俺が顔を
「違いますって。本当にわからなかったんですって。そ、それにまさかこんなところで先輩に会うなんて思いもしないじゃないですか。先輩だってここで俺に会うなんて思ってもいなかったでしょ。信じてくださいよー」
もうこうなったら泣き落としだ。多少カッコ悪くても構うもんか。先輩の誤解を解くためならなんだってやってやる。
先輩の顔がフッと離れた。
「まあいいわ。瀬納君は私がわからなかった。そういうことにしておいてあげる。でもなんでこんなとこにいるの? ここは女性ファッションのフロアよ。まさかここで“彼女”と待ち合わせしてた、とか。だから他の女の人とは係わりたくなかった、とか」
いったん離れた先輩の顔が再び近くなる。目線も鋭い。あーっと、これは先輩が俺のプログラムミスを見つけ出すときの目だ。まずい。俺、先輩の追及から逃れられる自信ない。
「ち、違いますよ。俺に彼女なんかいるわけないじゃないですか」
「ふうん。じゃあちょっと場所変えない?」
「えっ?」
「ちょうど良かった。私も瀬納君に聞きたいことあったし。立ち話もなんだから上のカフェでも行きましょ。昼時まではまだ間があるから、今なら
“奥名先輩とふたりっきりでカフェ”だって! 大歓迎すべきシチュエーションじゃねえか。行きます! 俺どこであろうと先輩について行きます!
おおっと、ちょっと待て。久梨亜に言われたじゃねえか。「あちこち出歩くんじゃないよ」って。ふたりが戻ってきて俺がいなかったらなんて言われるか。
「い、いや……、それは……」
「なに? なにか場所を変えられない理由でもあるわけ? どうなの? 白状しなさい!」
うわあ、急転直下。先輩の波状攻撃だ。まずいぞ。俺が場所変え渋ったので疑われてしまった。そうか、しまった! 先輩は俺が場所変えを渋るかどうかを見るためにああ言ったのか。どうする。場所変えないと先輩に疑われる……。
今、俺の前にはふたつの選択肢がある。
1.場所を変えるのに同意する
2.場所を変えるのは拒む
どっちを選ぶべきか? どう行動すべきなのか?
その瞬間、俺は再び頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃を……。
受けないっていうのはもう言ったよな。
それにしても、よりによってこんな場面で「神様のテスト」かよ。奥名先輩の目の前だぞ。最悪じゃねえかよ。
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