第53話
それは恐怖だった。それは絶望だった。今まさに人類滅亡が向こうから歩いてくるのだ。
さっきまで“お近づき”になりたくてしょうがなかったあの人。どうやったら“お近づき”になれるか一生懸命に考えていたあの人。それが今や絶対に“お近づき”になってはならない人になったのだ。
ああ、どこで間違えたんだろう俺は。声を掛けるかどうかの選択肢で間違えたんじゃない。それははっきりしている。あのふたつの選択肢のどちらを選ぼうとも今のこの状態になってしまったことは確実なんだから。
ではその前か。どのデパートへ行こうか相談してた時か。確かにもしあの時別のデパートを選んでいたらあの人には会わずに済んだ可能性は高い。しかしあのときは確か俺が「ここがいいんじゃね」って提案したんだったよな。どこか別のデパートと比較して悩んだわけじゃなかったよな。だって俺、デパートのブランドってあんまり知らねえし。
じゃあその前か。デパートに行くって決めたことがそもそも間違いだったのか。
市の中心部の大型スーパーで済ませるべきだったのか。それとも最近できた国道沿いの大型ショッピングモールに行ったほうがよかったのか。
でもあの時も俺が「いい服を見たいのならやっぱデパートでしょ」って言ったんだよな。だって俺は自分で言うのもなんだけどファッションには
いや、もっと前だったのかも。もしかしたら今日どこに服を見に行こうが、そこにはあの人と同じように魅力的な人が現れて同じように窮地に陥っていたのかも。全知全能を誇る神様ならそういうお膳立てぐらい簡単でしょ。
そんなことを考えてる間にもあの人は一直線にこちらへと進んでくる。もはや俺が目当てだということに疑問の余地は寸分もない。
どうすべきなのか? どう行動すべきなのか?
しかし今の俺の前には肝心の選択肢がない。取るべき行動がわからない。あるのはただ人類滅亡への一本道のみ。
“逃げ出したい!”
本気でそう思った。その瞬間だった。
1.この場から逃げ出す
2.この場にとどまる
選択肢が頭に浮かんだ。いける! 助かる! 俺は助かるんだ!
俺は瞬時に“1”を選んだ。自身最速記録更新。“電光”のウサイン・ボルトも真っ青。そしてすかさず行動に移そうとした。俺はそそくさと壁から離れようとした。
「瀬納君! なんで逃げるの!」
声が俺の行動を押しとどめた。間違いなくあの人が発した声だった。しかしその声には確かに聞き覚えがあった。俺が最も好きな声。1日24時間ずっと聞いていたとしてもたぶん苦痛を覚えないだろうその声。そして存在すべてを受け入れたいその声。それは……。
「せ、先輩?」
俺は驚いてその人を見つめた。その人はゆっくりとサングラスを取った。
間違いなかった。髪こそまとめていなかったが、そこにあったのは紛れもない奥名先輩の顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます