第52話

 ここで俺の前あるふたつの選択肢をもう一度挙げておこう。


 1.あの人に声を掛ける

 2.声は掛けずに見てるだけにする


 どっちだ? どっちを選べばいいんだ?


「うわあ、一体どうすりゃいいんだ」


 俺はその場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。


 なんで今回に限って美砂ちゃんと久梨亜がそばにいないんだ。相談はできないけど居てくれるだけで心強いのに。使い魔ぐらいはなっておいてくれよ。そして俺がピンチになったら戻ってきてくれよ。


 とにかく考えよう。考えるんだ。


 “1”の利点はあれだな。“あの人とお近づきになれる可能性がある”ってことだな。0.01%は“0”じゃない。でも男にとっちゃあ、それだけありゃ充分。


 逆に悪い点はなんだろう? “99.99%あの人に振られる”ってことか? でもそんなの当たり前すぎて悪い点って感じがしない。では他にあるのか?

 あっそうか。“あの人とお近づきになったことを奥名先輩に知られる”ってことじゃないのか。それは大変だ。なんせあの人とお近づきになれる確率は0.01%かも知れないけど、お近づきになった後でそいつを奥名先輩に知られる確率はたぶん100%。四捨五入とかじゃなく正真正銘の100%。濃縮果汁還元じゃない混じりっけなしの純度100%。


 こりゃあ“2”を検討するまでもなく決まったな。


 俺はホッと息をついた。案外あっさり決まった。俺の回答は“2”。すなわち“声は掛けずに見てるだけにする”ってこと。これ以上奥名先輩に誤解されたらたまらない。


 ようやく俺は顔を上げた。そしてゆっくり立ち上がりながら視界の中にあの人の姿を探した。ジロジロ見たらまずい。さりげなく、自然に。「あなたのことなんか気にしてませんよ」って感じで見なくては。それが紳士のたしなみってもんだろ? 俺が紳士かどうかはこの際問わないでほしい。


 あの人の姿はすぐに見つかった。そしてその姿を見つけた瞬間、俺の体は震え上がった。


 あの人が真っ直ぐにこっちを見ていた。


 正確にはサングラスにフロアの照明が写り込んであの人の目線はよくわからない。しかしあの人は真っ直ぐこっちを向いていた。それまでの服を見ている動きとは明らかに違っていた。

 そしてあの人はこっちへ向かって一直線に歩き始めたのだ。


 えっ? もしかして俺、あの人になんかした?


 見てたのがばれたのか? それで「失礼なやつ!」と怒っているのか? それともなにか他に原因があるのか? ただ単に俺の顔が気にくわないとか? いずれにしても大ピンチだ。


 だって俺はあの人とお近づきに“ならない”ことを選択したんだ。それが正解のはずだから。なのにあの人のほうからお近づきになろうとしている。それじゃあ、あのふたつの選択肢はなんだったんだ? どっちを選ぼうとお近づきになるんじゃ意味ねえじゃねえか。


 このままじゃあの人とお近づきになっちまう。そしてお近づきになったことは遅かれ早かれ奥名先輩に知られてしまう。俺は先輩に嫌われる。ショックを受けた俺はその後の「テスト」をいい加減に答えてしまう。当然マイナスポイントが積み上がる。そしてついに人類滅亡が決定されてしまう。もう終わりだ! おしまいだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る