第51話
「素敵だな、あの人」
ぼんやりと俺は思った。ファッションがそんなに高そうじゃないっていうのも気に入った。見ていて俺が悲しい気分にならずに済む。
その人はいくつかの服を手に取っていろいろ調べているようだった。スマホかなにかにメモを取っているらしい。手には他には小さなハンドバッグのみ。まだなにも買ってないようだ。そうやって通路を左右に行き来しながら、次第にエレベーターホールへと近づいて来ていた。
「いいな。お近づきになりたいな」
またぼんやりと俺は思った。浮気じゃないぞ。脳内で思うだけなら奥名先輩も許してくれるはず。だって実際にお近づきになれるわけないじゃないか。
第一、どうやったらお近づきになれるというんだ。例えば俺がなにかをあの人の足元に落として拾ってもらったとする。ひと言ふた言なら言葉を交わせるかもしれない。でもそこでおしまい。あんな
いやちょっと待て。“万が一”って言葉もある。1万回アタックすれば1回ぐらい成功することもあるかもしれない。確率0.01%。小数点以下第1位を四捨五入して0%。第2位でも0%。でも本当の“0”じゃない。可能性が“ない”とは言えない。いや、“ある”。
今、俺の前にはふたつの選択肢がある。
1.あの人に声を掛ける
2.声は掛けずに見てるだけにする
どっちを選ぶべきか? どう行動すべきなのか?
その瞬間、俺は再び頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃を……
受けなかった。
だいたいこの「神様のテスト」というやつ、俺がこれまで何回受けてきたと思ってる?
「百回から先は覚えていない」などと、どこかの暗殺拳の伝承者っぽいセリフを吐きたくなる回数なのは間違いない。
で、その
なので最近はその“衝撃”は受けない。でもわかるんだよな。これが「神様のテスト」だってことは。たぶん神様が天界から俺に向かってビビビッと電波かなにかを発するんだろうな。偉いな神様。天の主でめちゃくちゃ忙しいだろうに。
たぶん今頃は天の部屋で俺のようすをモニターかなんかで見てんだろうな。外からの音をシャットアウトさせるためにヘッドホンなんかつけて。一心不乱に画面にかじりついてんだろうな。
まあ“神様”のことは脇へ置いておこう。それよりさっさと答えを出さないと。
なんせあの人はもうすぐしたら俺の前を通り過ぎちまうんだ。いろいろ考えた結果“1”を選んでいざ声を掛けようとしたらあの女の人はもうはるか向こう、なんてことにでもなったらバカ丸出し。
タイムリミットまでもうあまりない。
そういえば最初の“財布”のときも“電車の出る時間”というタイムリミットがあった。でも今回はそのタイムリミットが“見える”んだ。俺の目に、具体的に、位置という形で。
焦る、超焦る。
しかし焦れば焦るほどただでさえ足りない俺の脳みその働きは悪くなる。脳みその働きが悪くなればそれだけ俺の焦りも大きくなる。悪循環だ……、ってこれ前にも言ったっけ?
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