第50話

 普段縁のない場所ってとこにたまに来るのはいい。

 見るものは新鮮だし、場の空気だって違う。

 しかもそれが世間一般に“楽しい場所”と認識されているならなおさらだ。


 今日は日曜。俺たち3人は美砂ちゃんと久梨亜のたっての願いで都市部のデパートへと遠征してきていた。

 主な目的はふたりの服を見るためだ。


 ふたりは天使と悪魔。服なんか買わなくても彼女らの力で生み出せちまう。なのにどうしてわざわざ都市部のデパートなんかに出かけてきたのか。

 理由は簡単。「現代日本の最新のファッションを直接見てさわってみたい」ってふたりが言い出したからだ。


 「最新のファッション」だから近場の大型スーパーじゃ物足りない。

 「直接見て触って」だからネットの画像じゃ満足できない。


 そんなわけだから、わざわざ電車に1時間弱ばかり揺られてここに来た。俺ひとりならまず縁のない高そうなデパート。


「じゃあ、あたしらはこのフロアをぐるっとまわってくるから。英介はここでおとなしく待ってること」


 彼女らお目当てのフロアのエレベーターホールにて、俺は久梨亜にきつく言い渡される。


「ああ、わかった」

「いいか、あたしらがいないからってあちこち出歩くんじゃないよ。どんなところに『テスト』が待ち構えてるか、あたしらだってわかんないんだから」


 そいつは残念。俺だってのぞいてみたい場所があるんだけどな。特にこの時期の世の男性連中にとっては。ちなみに今はもうすぐ3月の中日なかびになる、って言ったらわかるよな。

 ちなみにその対象は奥名先輩。だって義理でとはいえ貰ったから。なお美砂ちゃんと久梨亜は対象外。だって貰ってないから。


「英介、聞いてんのか」

「ああ聞いてるよ。ホールの壁にもたれて待ってりゃいいんだろ」


 俺は多少げんなりしながら答えた。俺はこれまで「なんで女の子の買い物に付き合わされる男連中は揃いも揃ってげんなりしてんのか」っていうのが謎だった。だって俺には経験なかったから。でもようやく理解できた。なるほど、こういうことか。


 ただ俺には幸いな点がひとつある。彼女らは服を「見て触る」ことが目的。買うことじゃない。俺が荷物持ちになる恐れはない。


 うれしそうにはしゃぐ美砂ちゃんとその保護者然とした久梨亜を見送って、俺はホールの壁に適当にもたれかかった。ホール前を行き交う男女を眺める以外することがない。なるほど、ここなら「テスト」が発生する恐れはなさそうだ。


 レベル高めのデパートだからか、行き交う男女のファッションもレベル高めだ。俺の服装が浮いて見える。頼むからこっち見んなよ。気分が沈んじまうじゃねえか。


 そんなレベル高めの行き交う男女を眺めていた俺の目は、あるひとりの女性に吸い寄せられた。薄く色づいたサングラスを掛けて、ビシッとした姿勢で歩いているその人。肩にまで掛かる髪が揺れる。歳は俺とそんなに離れていないっぽい。別に高そうなファッションに身を包んでいるわけじゃない。でもひとりで歩いているその人からは、なんだか別格のオーラが出ているように見えた。

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