第49話 天界にて その12

 神様はポカンとした表情になった。話の流れがつかめていなかった。


「きゅ、急になにを申す。なぜ“例の賭け”がこんなところで出てくるのじゃ」


 あたふたしだした神様のようすを見ながら、メフィストフェレスはゆっくりとさとすように話し出す。


「いや、神様は人類を滅亡させたいわけでしょう? なら当然人類の“女”も滅亡するわけだ。どういう手段を採るかは知らねえですが、前のように大洪水を起こしたりしちゃあ世の中のプレーヤー機器は全部おじゃん。ディスクも大半は無事では済みますまい。今天界にあるやつもいつまでつか分かりゃしない。つまり人類を滅亡させると、神様は二度と人間の女の“資料”とやらを見られなくなる。それでもいいんですかい?」


 最後にグッと力を込めたメフィストフェレスの言葉に、神様は“ぐぬぬ”という表情になる。ゆっくりとメフィストフェレスは続ける。


「人類を滅亡させる前になんとかたくさんのディスクとプレーヤーを確保したとしましょう。でもその場合も“新作”はもう見られない。どれだけたくさんのディスクを確保しても、やがて全部見飽きる時がくる。神様は女に手を出すのも早いが、飽きるのもそれ以上に早いってことをこのあっしが知らねえとでも?」


 メフィストフェレスの更なる口撃こうげきに神様の心はグラリと揺れた。心の天秤が“人類を滅亡させない”へと大きく傾いた。人類を滅亡させていったい自分にどんな得があるというのか。


 メフィストフェレスは神様の変心を見て取った。あとひと押しだ。あとひと押しで神様は降参する。賭けは自分の勝ちだ。


「それに神様、人類は最近たいそう興味深い装置を創ったんですよ。ご存じですかい? 『VRゴーグル』ってやつを」

「なに? なんじゃと? ぶいあーる……なんじゃ?」

「『VRゴーグル』ですよ。そいつを頭にかぶると、今まで画面に平面でうつっていた被写体が立体で見えるんでさあ。しかもただの立体じゃねえ。その立体を好きな角度からながめることができるんで。右から左から、上からも。さらには下からのぞき込むなんてことも」

「な、なんじゃと! 『下からのぞき込む』じゃと!」


 神様の鼻息が急に荒くなった。頭に血がのぼってしまいそうだった。

(3度目になるが、神様に血があるかどうかはこの際考えないことにする。)


 しかし次の瞬間、神様はある重大なことに気がついてしまったのだ。


「なんということか! 映像を立体ででるなどということはこの神だけの特権じゃ! それを人類ごときがやろうなどとは千年早いわ!」

「いや神様、あっしもできますが……」


 しかし神様はメフィストフェレスの言葉を聞いてない。


傲慢ごうまんじゃ! 不遜ふそんじゃ! この神への冒涜ぼうとくじゃ! こんなことはあってはならぬ。やはり人類は滅亡すべきなのじゃ! よいかメフィストフェレスよ。わしは必ず賭けに勝つ。必ずじゃ!」


 そして一転してまた普段の声に戻ると言った。

「まあ、このディスクを全部見終わってから、じゃがのう」


 そして再びモニターの前に陣取って画面をニタニタと見つめ始めた。


 メフィストフェレスは天界を退散しながらつぶやいていた。


「チッ! 勝ちを急ぎすぎたか。しかし状況は悪くなる一方。ヴァルキュリヤにはより一層励んでもらわねば……」

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