第48話 天界にて その11

 神様に一瞬“しまった!”という表情が走った。モニター画面を見られまいとするあまり、タワーのほうまで気が回っていなかった。

 しかしそこは神様。すかさず何事もなかったかのような表情を取り戻す。


「いやいや、これは資料じゃ。わしが今おこなっておる研究の資料じゃ。わしにはともかく、お前には面白くもなんともなかろう」


 神様はスッと横移動してさりげなくタワーを隠そうとする。


「ほう、そうなんですかい」

「そうじゃ。だからお前には関係ない。わかったらさっさと消え失せよ」

「あっしにはちょっと信じられねえですな。その後ろの画面に映っているものを見てしまうと」


 神様はハッとした。メフィストフェレスの両の目はモニター画面をばっちりとらえていた。神様が横移動したので“タワー隠してモニター隠さず”になってしまったのだ。ヘッドホンのおかげで音こそ外に漏れないものの、セクシーなお姉さんの妖艶ようえんなお姿が丸見えだ。


「こらっ! 勝手に見るでない。ようやく苦労して手に入れた大切な“資料”じゃぞ。見るな見るな! シッシ!」


 神様は大慌おおあわてでメフィストフェレスを追い払いにかかった。至福しふくの時を邪魔されたという感情が次第にいてきていた。


「別にいいじゃねえですかい。減るようなもんでもないし。あっしだって女は大好きだ」

「だめだだめだだめだ。ここにある“資料”はただの女ではない。世界中から厳選した第一等の女たちのものじゃ。お前などに見せるわけにはいかん!」

「そんなこと言わねえでくだせえよ。そうだ、そこのディスク、何枚か貸してくださいよ。これだけありゃ、いくつか減っても別に構やしないでしょ?」

「いいかげんにしろ。ダメだと言ったらダメなのじゃ。とっとと帰れ! 天界を出入り禁止になってもよいのか!」


 神様の“あわてる”という感情を“怒り”の感情が上回った。メフィストフェレスは神様の表情でそれを悟った。


「わかりましたよ。出入り禁止にされたんじゃかなわねえ。おいとますることにいたしやしょう。でもお暇する前にひとつだけ、ひとつだけいいですかい? それをうかがったら退散いたしやすんで」

「なんじゃ? ひとつだけだぞ」

「へい。見たところ神様は、たいそう人間の女がお好きなようで」

「ま、まあな。嫌いではないな」

「つまり大好きだと。もし今ここにあるディスクが金輪際こんりんざい見られないなんてことになったら神様はどう思われるので? やっぱり悲しいですかい?」


 メフィストフェレスはかたわらのタワーを指差しながら聞いた。


「そ、そうじゃな……。“悲しい”というより“残念”じゃ。なんせこれらを集めるのには並々ならぬ努力を要したからのう」

「なるほど。じゃあさらに新作も二度と見られないなんてことにでもなったら……」

「おお! 考えただけでも恐ろしいことを言うもんでない。そんなことにでもなったら、わしは天の架け橋から飛び降りて豆腐のかどで頭打って死ぬわ!」

(もちろん神様だから死ぬことはできないのだけど。)


 これを聞いてメフィストフェレスはニヤリと笑った。


「じゃあもう、例の賭けはあっしの勝ちでいいんでねえですかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る