第45話

 久梨亜の目には明らかに冷やかしの色があった。


「なんだよ久梨亜。なんか言いたそうだな」

「別に。ただちょっと『新婚のカップルみてえだな』って思ったもんでね」


 久梨亜の冷やかしにも俺は動じない。こいつはいつもそう。こいつは結構頼りになる助言もしてくれるけど、問題が大したことないときはすぐに皮肉を言いやがる。そいつにいちいち反応してたら疲れてしまってしょうがない。


 ところが美砂ちゃんは違った。またしても顔をかあーっと赤らめて下を向く。


「久梨亜! な、なんてことを言うんですか! 私はそんなつもりは……」

「はは、ちょっと言い過ぎちまったかな。でもふたりともこれでわかったんじゃねえのか」


 えっ、なにが? なにがわかったって言うんだ?


「えーっと、久梨亜さん? 俺、話の流れがいまひとつつかめないんですけど……」

「なんだ、肝心の英介がわかんねえのか。しょうがないね。“原因”だよ。げ・ん・い・ん」


 えっ? 「原因」って、なんの?


 俺のキョトンとした表情で久梨亜も悟ったらしい。


「わかったよ、略さずに説明するよ。“原因”ってのはつまりあれだ。『英介が奥名先輩に避けられてる原因』だよ」


 えっ、なんだって! 奥名先輩が最近俺につれなくする、その「原因」がわかったっていうのか!


「ほ、本当にわかったのか、久梨亜!」

「ああ。たぶん間違いないね。そしてその“原因”てのは美砂、お前だよ」


 思いもかけない名前。まさかと思う名前。久梨亜の口から突然そんなものが飛び出したもんだから、俺も、そして当の美砂ちゃんも思わず椅子から飛びあがる。


「えっ? 私、ですか……」

「そう。まあ正確に言えばあたしも多少は混じってると思うんだけどねえ」

「ど、どういうこと、ですか?」

「だからあたしと美砂が英介のそばにいつもいるってことがあの女の嫉妬しっとを買ってんのさ。まあたぶん本人は自覚してないだろうけどね」


 そうだったのか。気づかなかった。

 実を言うと俺は美砂ちゃんと久梨亜は一種の“背後霊”かなんかぐらいに思ってた。だから先輩のところに行くときに後ろにふたりがついてきても先輩がなんと思うかなんて全然考えてもいなかった。

 でも考えてみればそうだよな。俺が昼飯を誘いに行ったときに、俺の後ろにナイスバディの美女と見た目中高生の美少女がいたんじゃ気に入らないよな。嫉妬しっともするわな。

 ちきしょう! 俺はなんてバカなんだ。いや、本当のバカか。こんなんだから“彼女いない歴=年齢”なんじゃねえか。


「じゃあ、奥名先輩と話をしようと思ったら……」

「そう。あたしらがいないほうがいいね。もっともあたしらには英介の監視ってやつがあるから、目立たないように離れたところから見ることになるけどね」


 おおっ。なんだか知らないけれど心の中に希望がいてくるのを感じるぞ。なんだかわからないけど久梨亜の背中から後光が差しているように見えるぞ。あれはなんだ? 観音様か? 女神さまに観音様。もう俺に恐れるものはなにもない!

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