第44話

 美砂ちゃんの目がつり上がってる。頬もふくれてる。怒ってる顔もかわいいけれど、他のお客さんもいることだし落ち着いてもらおう。


「悪い悪い。ほら、美砂ちゃんがあんまりかわいいから思わず見とれてたんだよ」

 苦笑しながら彼女をなだめにかかる。いや、もう少しなら怒られててもいいんだけど。


「ダメです。おだてたってダメです。触らせてなんかあげません!」

「いや俺、『触らせて』なんて言ってないけど……」

「言ってなくてもわかるんです。そういう目をしてました。いったい今日はなんでここで夕食にするって決めたかわかってるんですか! そんなんだから奥名先輩に嫌われてるんじゃないですか」


 美砂ちゃんの目から見たら、俺は「奥名先輩に嫌われてる」で決定しているらしい。


「ま、まあ、胸はダメだけど……」

 美砂ちゃんの声のトーンが急に低く小さくなる。


「こっちはダメだけど、(ゴニュゴニョ)なら、触っても……、いいかな」


 美砂ちゃんの声が一段と小さくなる。えっ? 途中がなんか「ゴニョゴニョ」といった感じでよく聞こえなかったんですけど?


「えっ、今なんて言ったの?」

「き、聞かないでください! ただの独り言です! それより英介さん、なに頼むんですか? ふたりとももう決めちゃいましたよ」


 美砂ちゃんが目をギュッとつぶって顔をのけぞらせて手をブンブン振って嫌がるようすもかわいいなあ。


 おおそうだ。注文を決めないと。以前ならここでいくつか選択肢を思い浮かべて後頭部を鈍器で殴られた云々うんぬん、って感じになるんだろうけど、少なくともメニュー決めに関してはそれはなくなった。

 昼食や夕食のメニューをどれにするかで人類滅亡が決められてたまるもんか。


 だから俺は安心して食べたいものが選べる。おっ! これ旨そうじゃんか。


「じゃあ俺はこの『こってりバターたっぷりのジューシーハンバーグ』ってやつを……」

「ダメです!」

 突然の美砂ちゃんの大声。思わずびびってしまう。


「えっ? なんでダメなの」

「だって英介さん最近肉料理が多いじゃないですか。お昼は肉メニューばっかり注文するし。夕食も英介さんが作るときはお肉が多いし。おまけにアパートではカロリー高そうなお菓子もたくさん食べてるでしょ。栄養はバランス良く採らないといけないんですよ」

「『肉料理が多い』って久梨亜はどうなんだよ? 肉メニュー頼んでいいのかよ」

「久梨亜はいいんです。悪魔なんですから。英介さんはこっちの『春の海鮮づくし』というのを頼んでください。魚は体にいいんですよ」


 ちょ! 俺の選んだメニューにダメ出しするだけじゃなく、メニューも指定すんのかよ。


「な、なんでそれにしなくちゃいけないんだよ」

「私が食べたいからです! その代わり英介さんには私の『特選サーモンマリネと山菜天ぷら盛り合わせ』を半分あげますから。ふたりでふたつを半分こずつにしましょうね」


 ニッコリ微笑む美砂ちゃん。でもそこにはなにか有無を言わせぬ迫力が潜んでいるような気がした。やばい。この“女神さま”にはとてもじゃないけど逆らえない。


「わかったよ、しゃあねえなあ。そうするよ」


 逆らうのは無謀としか言いようがないのであっさり降参。美砂ちゃんは店員を呼び出し、テキパキと3人分の注文を伝えてる。


 ふと視線を感じた。顔を上げる。久梨亜のやつだ。やつがニヤニヤしながら俺と美砂ちゃんを見比べてた。

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