第32話 天界にて その9

 ひとしきり笑い終えて、ようやくメフィストフェレスが立ち上がった。


「いやあ、実に面白いものを見せていただきました。これだからここへ来るのはやめられねえ」

 メフィストフェレスのこの言葉に神様はたいそう不満そうだ。


「なにがおかしい」

「いやですからね神様、『ひとりの人間の行動を観察して人類を滅亡させるかを決める』ってえ話だったのに、神様はベッドに入ったきりで実はまだたったひとつの課題も出していないってのが、もうおかしくって……」

 メフィストフェレスはこみ上げてくる笑いを抑えるのに必死だ。


「なにを言うか。対象の男はちゃんと課題をこなしているという報告だったではないか。お前も聞いておったであろう。それともお前のところの報告者は違うことを言っておると言うのか?」

「いや、あの報告の範囲に関しては、あっしの側の報告も一緒でして」

「ならなにもおかしい部分はあるまい。わしはあの男に課題を出しておる。それをあの男は順調に答えておる。どうだ?」

「はいはいわかりました。神様は課題を出している。それも相当な数をだ。ならもう賭けはそろそろあっしの勝ちでいいんじゃねえですかい? 今のところ人類を滅亡させるに足る行動はねえんでしょ?」


 先ほどまでの愉快そうな笑いから一転、メフィストフェレスはニヤリと笑った。その表情には勝利への自信にあふれていた。


 しかし神様の返事は彼のどの予想とも違っていた。押されっぱなしだった神様の表情が一変した。


「そうはいかん。ここはわしの領域じゃ。わしがすべてを決める。わしはあくまで人類を滅亡させる。そのためにはたった一手でよい。一手あればわしの勝ちじゃ。そう、あのお前とのチェスの勝負のようにな」


 神様のけわしい表情に、思わずゴクリとつばを飲み込むメフィストフェレス。

(悪魔につばがあるのかはこの際考えないことにする。)


「わかりましたよ神様。じゃあもうしばらく待つことにいたしやしょう」

 そう言い残すとメフィストフェレスは足早に天界を去って行った。


 ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


 ところ変わってここはメフィストフェレスの館の中。

 メフィストフェレスはとある一室で、目の前に映し出された立体映像の中のヴァルキュリヤに話しかけていた。


「よいかヴァルキュリヤよ。現状では一歩でも間違えれば事態は思わしくない方向へと進みかねぬ。それを防ぐにはひとえにおぬしに与えた真の任務が成功するかどうかにかかっておる」

「はっ、メフィストフェレス様。お任せください。このヴァルキュリヤ、この身に代えましてもメフィストフェレス様のご命令を果たす所存しょぞん

「うむ。では行け。頼りにしておるぞ」


 そして映像は夜の中に溶け込むように消えた。あとには闇しか残らなかった。

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