第31話 天界にて その8

 神様のこの言葉にメフィストフェレスはただ「フフン」と鼻を鳴らしただけだった。ごまかしが通じぬと見て取った神様はあせった。


「う、嘘ではないぞ。その証拠にちょうど今からあのミサエルの報告を受けるところじゃ」

「ほう、あの例の賭けのことですな。こいつはいいことを聞いた。あっしも一緒に見せてもらってよろしいですかい?」

「もちろんじゃ。ほれ!」


 神様はそう言うと宙に手をかざした。するとその先の空間が揺らぎ、たちまちのうちに立体映像が浮かび上がる。


「もう、ぬし様。どうして報告を受けてくださらないのですか」


 いきなり飛び込んでくるミサエルの言葉。頬をふくらませてプンプン怒っている。神様はばつが悪そうに隣のメフィストフェレスのほうをチラ見する。


「な、なにを言うかミサエル。おぬしも知っておるではないか。このわしがいつも忙しくしておるということを、な」


 神様はあわてて片目をつぶってみせた。「話を合わせろ」というサインだ。しかし残念なことに生まれて2週間(いや今ではもう少し経ってはいるが)の彼女にそのサインは伝わらない。


「はあ? あれで“忙しい”んですか? 私はてっきり主様はお暇を……」

「待て待てミサエル。余計なことはよい。それより報告のほうはどうした」


 慌てて神様はミサエルの言葉をさえぎった。隣ではメフィストフェレスが必死に笑いをかみ殺している。


「はい。あれから対象者は順調に主様の課題をこなしています」

「は? “課題”、じゃと?」


 神様のセリフのおかしな点が意味するところをミサエルは気づかない。


「はい。最初の報告の翌朝、『道に落ちている財布』の課題をこなしました。回答は『警察へ届ける』。次にあることについて私が助力を申し出たのですが、回答は『助力は受けない』。そしてその次に『昼食のメニュー』の課題でしたが、回答は『日替わり定食』。そして……」

「ちょ、ちょっと待て」

「そして『アリの行列を踏みつけるか』についての回答は『踏みつけない』。『赤信号で渡るか』については『青まで待つ』。さらに『翌日の朝食用に買う食パンのブランドは』については……」

「待て待て、もうよい。もう充分じゃ!」


 神様は両の腕を素早く何度も振ってミサエルの報告をさえぎった。


「ミサエルよ、お前はいったいなんの話を……」

「さすがです、主様!」


 神様が問いただそうとするところを、今度はミサエルがさえぎる。


「はあ?」

「さすがは主様です。まだ用意した報告の十分の一も申し上げていないのに、もうすべてを理解なさったんですね!」


 キラキラ目のミサエルの姿を見ると、さすがの神様も“本当のこと”が言えない。


「もちろんじゃ。わしはこの天界の主であるぞ。その程度ですべてのことが理解できなくてどうする」


 神様は自身の威厳を見せつけるかのように大げさに胸を張ってみせた。さらには顔に最大限のドヤ顔を作ってだ。


「ではミサエルよ、引き続きその者の監視を続行するのじゃ。期待しておるぞ。あっ、報告はそちらの暦で週に1度、いや月に1度でよい。わしにはそれで充分じゃ」

「はいっ、わかりました。引き続き監視を続行いたします」


 そして映像はフッと消えた。

 神様の脇ではメフィストフェレスが声を殺して笑い転げていた。

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